花は艶やかで火のように
「陽翔!方向ちげぇよ!12時方向!ピンクアラート!!」
慎之助が陽翔の袖をグイっと引っ張り、焦った声を上げた。
「……は??」
陽翔はイラついた顔で慎之助を睨みつける。
「ブラックホークより大事なもんがあるわけ?
U-Tubeでも模型屋でもない、
ナマでブラックホーク見れる唯一のチャンスだぞ?」
慎之助は何も言わず、
視線だけを人混みの中に泳がせると、
ボソッとつぶやいた——
「……赤髪、白ワンピ、ピンクの傘……
って、おぉぉ!?
リアル恋愛イベントじゃねぇの!?」
「デブ之助、現実見ろ。」
遊人が鼻で笑いながら腕を組む。
「戦績19連敗だろ?
そろそろ結菜に頼んで陵光楼の後輩でも紹介してもらったら?
街角ナンパ?お前のレベルじゃ、
街灯すら振り向かねぇぞ?」
「見るくらい自由だろ……」
慎之助はムスッとしながら、
なおも未練たらしくチラチラ赤髪の少女を見ている。
「もし目黑蓮レベルのイケメンなら、好きにしろ。」
陽翔が冷めた目で言い放つ。
「——だが、お前は違う。」
その時、遊人の視線が火事の向こうの駐車場に向いた。
「……おい、あの軽トラ……なんか、いや、え、カバ……?」
「は?」
陽翔も思わず視線を移す。
確かに、運転席にはデカい何かがギュウギュウに詰まって、
身動きすら取れなくなっている。
ドアも押し開けられそうにない。
「まさか……変身ミスって車内に詰まったとか……?」
遊人が顎をさすりながら呟く。
その顔には「これ、助けるしかねぇな」的な空気が漂っていた。
三人はポケットに手を突っ込みながら、
のんびりと軽トラの前に回り込み、
どうやって助けるかを考え始めた——その時。
「——あ?」
慎之助が声を上げた瞬間——
「ドゴォォォォン!!!」
轟音と共に、建物が崩れた!
黄色い炎が壁を突き破り、
煙と砂塵が爆発的に吹き荒れる——!!
「逃げろ!!」
遊人が叫んだ。
3人は反射的に軽トラの影に飛び込み、
車体を盾にして熱波と爆風を凌いだ。だが——
「げほっ、げほっ!!うお、死ぬって……」
慎之助は咳き込みながら手をバタつかせる。
全身、煤まみれ。顔まで真っ黒。
「慎之助、大丈夫か!?」
遊人が彼の顔をバンバン叩き、
煤を払おうとする。
「だ、大丈夫……げほっ……ただ、
口の中が砂利だらけ……」
慎之助は涙目になりながら、
ボロ雑巾のようにうずくまる。
「お前、よく炭にならなかったな……」
陽翔が安堵の息を漏らす。
「……いや、慎之助、お前……マジで運良すぎじゃね?」
遊人がニヤリと笑う。「ほら、自分の隣、見てみ?」
「え?」
慎之助は不思議そうに首を傾げ——
——その瞬間、頬にふわりと柔らかい感触が触れた。
「……ん?」
慎之助はゆっくりと横を見る。
そこには——
さっきの「ピンクアラート」の赤髪少女。
軽トラの狭い隙間に押し込まれる形で、
彼女の胸が……慎之助の顔に密着していた。
「……ごめんなさい、狭くて……
ちょっと、我慢してね?」
彼女の声は柔らかく、少し照れながらも、
まったく慌てた様子はない。
「…………」
慎之助の脳がフリーズした。
いや、「感じる」とかじゃなく、
ただただ思考が停止。
隣では、遊人が「こいつ、完全に勝ち組じゃん」って顔をしている。
陽翔は陽翔で、「俺、絶対逆方向に避けるべきじゃなかった……」と後悔の表情。
「……高校生だよね? あんまりウロウロしちゃダメよ?」
赤髪の女性は、ニコッと微笑んだ。
「大丈夫、怖がらなくていいの。お姉さん、
もっとヤバいの見てきたから。」
その声は、耳にふわっと絡みつくような甘さで——
まるで、戦場の中でも微塵も乱れない「余裕」のある大人の女。
遊人は思った。
「……これ、もう俺らの手に負えるレベルじゃねぇわ。」
「ふん……こういうシチュエーション……」
陽翔の目がキラリと光る。
「お姉さんが足をガクッと崩して、
ウルウルした瞳で俺を見上げ……
『陽翔くん……お願い、あなたの怪力で私を抱えて、
この炎の海を飛び越えて……!』」
「へへっ、こういう時こそ、
俺の男気を見せる時だぜ!」
ニヤリと笑う陽翔の脳内では、
すでに自分が美女をお姫様抱っこし、
燃え盛るアスファルトを華麗に越え、
ギャラリーの歓声を浴びる完璧なヒーローの姿が映し出されていた。
お姉さんの瞳にはキラキラとした愛の光……!
「……ん?」
「しかし、現実はというと……」
火の粉が散る中、
彼女は軽トラの屋根にひょいっと飛び乗る。
そして、バッグから防犯ブザーを取り出し、
消防隊員に向かってピピッと合図を送った。
「おにーさーん! こっち、お願いしまーす♡」
両手でハートを作りながら、愛
嬌たっぷりに呼びかける。
消防隊員が彼女に気付き、ニコッと微笑んだ。
次の瞬間、放水ノズルの向きを変更——
「ドバァァァァァァッ!!」
水柱が一気に火の海を押し流し、
目の前の道が一瞬で「涼しい歩道」に変わる。
「ほら、こっちの方が楽でしょ?」
赤髪の彼女が振り返り、にっこりと微笑む。
「…………」
陽翔の顔が、固まる。
「……くそっ、また妄想暴走した……」
ボソッと呟きながら、遠慮なく自分の頬を殴る。
陽翔? そんなのどうでもいい!
って感じで、
二人の視線は完全にお姉さんロックオン!!
雲の隙間から差し込む陽光——
濡れた白ワンピースが透け、
しなやかな曲線を描く。
軽トラの上に立つ彼女は、
まるで光と水の女神のように輝いていた。
そんな中——
軽トラの中の「カバ」が低く唸り、
現実に引き戻される。
「……さて、助けるか。」
遊人の一声で、3人は再び行動開始。
ようやく車のドアをこじ開け、
巨大な「元人間」を解放した。
「それじゃあ、子供たち、帰るべきだよ。
今、地球はとても危険だからね!
私もびしょ濡れだし!」
女性は恥ずかしそうに笑う。
「ああ、そうだね。でも、
俺たちは友達の家に行くんだ。」
「それもいいね。
君たちと君たちの友達が無事であることを願ってるよ。
少なくとも、
君たちがまだ“人間”の姿をしているのを見て、
みんなが幸運な人だと感じるはず。
感謝しなきゃね。」
女性は身をかがめ、
先ほど持ち上げていたスカートの裾をそっと解いた。
細い太もものラインが、
胸元とともにほのかに滑り出す。
春の光が、そこに宿る。
「そうだね、君の助けのおかげだよ。」
遊人は結菜とのやり取りの経験があるので、
冷静に話すことができた。
しかし、慎之助と陽翔は——
「…………」
少し、見とれた。
「家族が料理を待ってるんだ。
君たちも気をつけてね。」
女性は別れ際にふっと微笑み——
「特に小太りの子、
今は病院に医者がいるかどうかもわからないから、
気をつけてね!」
その美しいほくろが、彼女の笑顔をより魅力的に見せた。
彼女が遠ざかるまで——
彼ら三人は、言葉を発しなかった。
「……ああ、これが女性の魅力か。」
慎之助は、しみじみとつぶやく。
「大学の連盟と高校の種子チームはやっぱり違うね。
姉が出てくると、
陵光楼のダンス科の人たちも圧倒されるよ。」
「しかも彼女、香水つけてた。」
陽翔が肩をすくめる。
「香水じゃない、花の香りだよ。」
遊人がさらりと言う。
「それに、
こんな火事場と砂塵の臭いにも負けない持続する花の香りだ。」
「俺は……」
慎之助は、天を仰ぎながら、ゆっくりと息を吸い込む。
「女性の香りだと思う。」
その瞬間——
彼の鼻の前に、
ピンクの泡がふわりと浮かんだような気がした。
「慎之助、変な顔しないでよ……」
陽翔は、軽く彼の頬を叩いた。
真昼の陽射しが照りつけ、遠くの街道に陽炎が揺れる。
——そして、その先に「花家」の門が静かに姿を現した。
――燃ゆる髪と、香る秘密と、少年たちの無防備。
――だが、あの香りはまだ、すべてを語っていなかった。