執筆の神と喧嘩した
「うーむ…」
海川小吉は正直悩んでいた。
『#RP毎に500文字書いてやんよwwwwwwwwwwwwww
俺を字書き地獄にしてみろよwwwwwwwwwwwwwwwwww
どうせ無理だろうがなwwwwwwwwwwwwwww
空気空気通りますwwwww 』
というトレンドが妙に気になり、よせばいいものを自分も試してみるかとポストしてみた。
まぁ、大方2RPか3RPでもくればいい方で、エッセイか何かでも書けば御の字だろうと高を括っていたら11RPという、思いの外小吉にとっては多い結果が出た。
何だかんだ有難い話ではあるが、文字数にすると5,500文字。普段書く短編小説となると2,000文字強が基本で、一度だけ1万文字を超えた短編があるにはあるが、それは既に出来上がった設定を間借りして書いた作品であって、無から有を創り出すとなると小吉に5,500文字は当然の事ながら難しいものがあった。
「うーむ…」
さて、一体何をどう書こうか。
ジャンルはどうするか。
ファンタジー物は飽和状態に近いから読み手も飽きてないだろうか?
じゃぁ、バトル物はどうだ?…って、今まさに長編でバトル物書いてる最中だろうが。
ハーレム物は? …残念ながら自分に置き換えられないジャンルだから絶対に不可能だ。
アクション物は、バトル物が終わった後の次回作に考えているから出来るだけ避けたい。
煙草を咥えて火を点け、天井に向かって煙を吐き出す。これといった締め切りは設けていないが、26日には今住んでるアパートを引っ越すので、次にインターネットが開通するのは11月になる。その間にネタを考えるという手もなくはないが、小吉にしてみれば『1日でも早く作品を読者に提供したい』という考えが頭を埋め、どれだけ遅くとも25日迄には執筆を終えたいという考えがあった。
「うーむ…全く、こういう時に限って執筆の神が降臨しないときたもんだ」
「呼んだ?」
寝ていた妻が起きたのだろう、貴女の事じゃねーよと言おうとして振り返ると──眩しい光の中に人影があった。
「眩しっ!」
余りの眩しさに思わず小吉は声に出すと、光の主は「あ、ごめんごめん」と謝罪したかと思うと光を弱めた。
「いやー、後光をLEDライトにしたら光の加減難しいね…あ、も少し弱くする?」
「最近の後光ってLEDなのかよ…って、あんた誰だよ? それに、後光はもういらないし」
「あ、そう? じゃぁ、後光OFFで」
軽いノリで後光を消すと、はっきりと見えたその人物は今時にしては珍しい古の和装の男性だった。
「んじゃ、改めて。儂、執筆の神ね」
「…は?」
「『…は?』じゃないよ。お前さんが儂を呼んだんじゃろが」
いや、確かに執筆の神が降臨しないと嘆いてはいたが実際に現れるとは思ってもみなかったし、こうも軽いノリで来られると本当に神かどうかも怪しくさえ感じてしまう。
「警察でも呼んでおくか」
「何でそうなるかいの。せっかく執筆の神本人が登場したというのに、歓迎もない所か警察騒ぎに持っていこうとしおって」
「当たり前だろ。和装はおいといたとしても、後光はLEDだわノリが売れない芸人っぽいわ、どう考えても不審者その物だろうが」
そう言われて、執筆の神はがっくりと膝を落とす。そして一言、
「『売れない芸人』はあんまりじゃないかの?」
「ツッコミ処がそこかよ!」
何だこのコントは、と小吉は思う。しかし、執筆の神は不貞腐れたのか「降臨寿命教えてやらないもんねーだ」と、子供の様に駄々をこねた。
「ちょっと待て。その『降臨寿命』って何だ?」
「だから、教えてやんない」
「あー、判ったよ、俺が悪かったです。ごめんなさい」
そう言われると、執筆の神は気分を良くしたのか立ち上がる事なくその場で胡坐をかくと右手の人差し指と中指を立てて無言で小吉に見せる。煙草を寄こせという合図だ。
渋々煙草を一本差し出し火を点けてみせる。執筆の神は美味そうに煙草を吸うと、勢いよく煙を吐き出し説明を始めた。
「『降臨寿命』とは、その名の通り執筆協力に降臨する寿命を差す。その寿命は民によって違うが、例えば売れっ子作家と呼ばれておる民は当然の事ながら寿命は長い」
成程。確かに自分が執筆の神が降臨せずにうんともすんともいかない間、売れっ子作家は次々とヒット作を生み出していく。それだけ彼等には降臨寿命があるという事か。
「因みになんだが、俺の降臨寿命ってどれ位あるんだ?」
執筆の神は煙草の煙を吐き出すと「300文字」とだけ答えた。
「…え?」
何かの聞き間違いだろうか、桁が間違っている気がしてもう一度聞き返した。
「俺の降臨寿命は何文字だって?」
「だから、言うとるではないか。お前さんに与えられた降臨寿命は残り300文字。それ以外は自力で頑張るんじゃの」
「はぁ⁉」
3,000でもなく3万でもなく、たった300だと⁉ ただでさえ執筆に悪戦苦闘して、それでも3,000文字いけばいい方なのに、執筆の神が降臨してくれるのが残り300文字って有り得ないだろ。
「300文字なんて嘘だよな? 他にもっとあるんだろ?」
「例えばじゃ、今お前さんが書いている作品にどれだけ降臨したと思う?」
そう言われて改めて考えてみるが、確かに「執筆の神降臨キター!」と思う瞬間はあったにしてもどの位の頻度か迄は思い浮かばない。
「…ふむ、しゃーないのぉ。説明したるわい」
痺れを切らしたのか、小吉が答えるよりも早く執筆の神が口を開いた。
「よいか? お前さんが書いた作品は連載中も含めて全部で5作。その文字総数が19万6,481文字」
文字総数を聞いて、小吉は改めて自分でもよく書いたもんだと我ながら感心した。とはいえ、5作品で20万文字行ってないのは執筆者としてはどうなんだろうとも思えてしまった。これは、今後も執筆の神に降臨して貰いながら──そうだ、残り300文字だったか。
「ちょっと待ってくれ。俺の降臨寿命の総数って何文字だったんだ?」
その質問に、執筆の神は「人が説明をしている最中だと言うのに」と、半ば呆れながらも「15万文字」と答えた。それを聞いた小吉は慌てて電卓を手にすると大急ぎで計算を始めた。だが、
「おいおいおいおい、ちょっと待て。自力で頑張って書いた文字数が、たった4万6,781文字だって? どう考えたっておかしいだろ」
自分なりに一生懸命設定やキャラクターを考え、それを頑張って文字に起こしたというのに自力で頑張れたのはわずか2割だと気付かされて、小吉はがっくりと肩を落とした。
「そうではないぞ、焦るでない。確かに実力のみで書いたのはその程度かもしれんが、儂は飽く迄背中を押しただけじゃ。だから、先程述べた数字は全てお前さんの実力じゃて」
そう言われて少しだけ安心した小吉だったが、やはり残り300文字という数字に囚われてしまう。
例えば、今連載しているヒーロー物も実際の所一番最初に書き始めたのは2013年の事だった。しかし、志半ばにして執筆の神が全く降臨せず6年間休筆をした。そして2019年、一から出直そうと活動場所を変え執筆活動を再開させたものの、PCの不調から始まり執筆の神が降臨しない事も相まって5年もの間休筆をしてしまった。そんな状態で残り300文字しか降臨しないとなると、休筆はおろか筆を折ってしまう可能性だってある。
「なぁ、もう少し何とかならないか?」
駄目元で小吉は懇願してみる。それに対し、執筆の神は「いや、ない事もないけど」とちょっとお茶を濁す言い回しをした。
「あるのか! だったら、早速やってくれよ!」
「しゃーないのぉ。ほれ、スマホを貸さんか」
スマホ? 何故ここでスマホなんだ? と思いつつも、大人しく言う事を聞いてスマホを執筆の神に渡す。
「うーむ…どれにしようかのぉ…」
執筆の神は、スマホをスライドさせながら何か思い悩んでいる。その動作が気になった小吉は思い切って執筆の神に尋ねてみる。
「一体、何をやってるんだ?」
「いや、Ⅹのユーザーで降臨寿命の多い者から幾分か寿命を頂こうと思っての」
「やめんか馬鹿垂れ!」
小吉はスマホを取り上げると、奪われない様に尻ポケットにスマホをしまった。
「えー、いい方法だと思ったんじゃがのぉ」
「『えー』じゃない! 奪われた人が苦労するだろが!」
何考えてるんだ、全くと小吉は思った。もっとも、多少魅力的であったのは否めないが、もし自分の残り300文字を他の誰かに奪われた事を考えると、とてもじゃないがその方法は賛同出来かねる。
「他の方法はないのかよ?」
「人間の寿命を数次に変える方法もあるが、余りお勧め出来んのぉ」
何だ、他に方法はあるじゃないか。人様に迷惑をかけずに寿命を延ばせるなら、むしろその方がいいに決まってる。
「因みに寿命を変えると1日何文字だ?」
「1日1文字」
「…は?」
その計算だと1年でたった365文字しか降臨寿命は増えない。仮に5年と計算した所で閏年を加えたとしても1,826文字しか増えないではないか。
「だから、余りお勧めはせんと言うたじゃろが」
「確かにお勧め事項ではないわな」
小吉は執筆の神に煙草を渡すと、自分も煙草を咥え火を点ける。
「こういうのはどうじゃ? 筆を折った民から寿命を頂くのは」
「却下。もしかしたら、俺みたいに再出発する可能性もなくはない」
万策尽きたか、と小吉は半ばやけくそになっていた。まぁ、実力のみでも50,000文字弱かけたんだから、仮に執筆の神が降臨してこなかったとしても時間をかけて悪戦苦闘すれば何とか書けるんだろうからまだマシなのかもしれない。そんな中、執筆の神は1台のスマホを取り出すと何処かに電話をかけ始めた。
「スマホ持ってんじゃねーかよ!」
「あ、これ? 神様専用だから外界のインターネットには繋がらないのよ…あー、しもしもー。儂じゃよ、儂」
何じゃそりゃ、と小吉は呆れた。しかし、電話の内容が気になってつい聞き耳を立ててしまう。
「こないだ話した高橋さんの件あるじゃろ? あれ、どうなった?…そっかー、別の民に渡っちゃったかー」
どんな内容かは判らないが、人物名が出た事で小吉は興味をそそられた。
「じゃぁ、鈴木さんはどうじゃの? ほれ、長野県の…あちゃー、それも遅かったかー」
執筆の神は、次々と名前を出しては「駄目かー」「無理じゃったかー」と連呼する。やがて5名程の人物名で相手側から駄目出しを受けたであろう時点で、
「まぁ、しゃーないわ。今回は諦めるとしよう…すまんかったな、突然に。それじゃーの」
と、電話を切った。
「なぁ、今の電話って一体何だったんだ?」
「ん? ああ、降臨寿命を持て余している民の事か?」
執筆の神の説明では、執筆に全く興味がない人達でも降臨寿命を持っているらしい。それを吸い出して、執筆者の寿命に付け足す事もあるというのだ。
「なんだよ、それが一番手っ取り早いじゃねーかよ!」
「じゃがな、それにはリスクをともなうんじゃよ」
確かに降臨寿命を延ばす事は出来る。しかし、それは執筆の神々にとって「コイツは人の降臨寿命を奪った落伍者」という烙印を押され、今後何らかの賞に応募しようとも箸にも棒にも引っかからなくなってしまう。
「じゃぁ、さっきのⅩの件だってそうじゃねーのかよ」
「ありゃ、数字を大量に持ってる者から間借りするだけの事だから、それとこれとは話は別物じゃ」
そう言われて、小吉は思い悩んだ。
正直な所、寿命は延ばしたい。だが、実を言えば1本とある賞に応募している作品もあるのだ。無論、今の実力ではどの道箸にも棒にも引っかからないだろうとは自覚している。それでも、何処迄やれるのかチャレンジしたいのも事実だ。
寿命を取るか賞を取るか。
「所で、お前さんさっきからかなり焦っておる様じゃが、一体何文字欲しいんじゃ?」
「…最低でも、5,200文字。どうしても5,500文字必要なんだ」
「5,500文字くらい、お前さんの実力なら書けるじゃろうて」
「それが、全く思い浮かばないからこうして悩んでるんだよ。それ位執筆の神なら判るだろーが」
煙草の煙を思い切り吐き出すと、つい当たり散らしてしまう。それに対して、執筆の神は「ぬぅ」と一言だけ漏らすと、腕組みをしてその場で悩んでしまう。
しばしの沈黙が流れる。小吉にとっては非常に気まずく感じたが、やがて執筆の神が「どうしても5,200文字欲しいか?」と尋ねてきた。
「お前さんの実力なら、時間がかかってもいい作品を創り上げる事は十分可能なのにのぉ」
「その時間がないから焦ってるんだって。何とか数日中には1本仕上げなきゃなんねーんだよ」
小吉は事情を説明した。それに対して執筆の神は軽く唸ったが、小吉の『読者の為』という言葉に何かが動かされた様子でますます唸っている。
「本当に『読者の為』なんじゃな? 嘘偽りはないか?」
「確かに自己満足の領域もあるっちゃある、それは認める。でも、少なくとも一人でも待ってる読者がいるなら俺は1日でも早く執筆を終えて公表したい」
そう言い切られてしまっては、執筆の神も白旗を揚げるしかなかった。
「判った、儂の完敗じゃ。特別にお前さんに力を貸してやろうではないか」
「え? マジで?」
「その代わり、5,200文字ピッタリじゃぞ。それ以降は、お前さんが頑張って実力で勝ち取っていかねばならん」
そう言うと、執筆の神は再びLEDの後光のスイッチを入れた。
「だから、眩しいって!」
「馬鹿垂れ、これから神の儀式を行うのに後光は必須事項やろがい」
そう怒鳴ると、執筆の神は何やら呪文の様なものを唱え始めた。神聖な空気が漂っている様に思えたが、小吉が耳を澄ませて呪文を聞くと「5,200~5,200~」と数字を呟いているだけだったせいで、小吉は肩透かしを喰らってしまった。
「ええい!」
「うわっ!」
突如、執筆の神が大声を上げた事で小吉は驚いて尻餅を突いた。
「これで確かに5,500文字になったぞい。後は、お前さん次第じゃて」
そう言われてみても、別段エネルギーが湧いてきたきたとかはなかった。本当に降臨寿命が増えたのか? と疑問に思い問い質そうとした刹那、執筆の神のスマホが鳴った。
「あー、しもしもー? えー、これから降臨作業すんのー? 判ったー」
スマホを切ると、執筆の神は小吉に向かって「これから仕事だから。それじゃっ!」とだけ告げてあっさりと姿を消してしまった。
「…何じゃ、そりゃ」
小吉は呆れつつ、それでも執筆の神の言っていた事は真実だろうと信じてPCを立ち上げた。
さぁて、5,500文字確保できたが、なるべく使わずに頑張ってみるか。それでいよいよ駄目だったら、降臨寿命を使ってあの馬鹿を呼び出せばいい。
もう題材は決まっている。今起こったことを自伝として書き起こせばいい。それなら降臨寿命を使わなくとも書けそうだ。
そうして、小吉は少し悩んだ末にタイトルを決めた。
《執筆の神と喧嘩した》