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シャンプーとコンディショナーの未来

作者: 上田ミル

秋の歴史2024公式企画初挑戦!

現代の女子高生が授業中に眠ったら粟津の戦いで落ち延びる最中の巴御前になってました!

タイトルのシャンプーとコンディショナーは本来混ざり合うことのない物同士ですが、それをきっかけに存在しなかった分岐が木曽義仲と巴御前に現れました。彼らが選んだ道ははてさて――

「ねえ、2人とも聞いてよ!あたしったらシャンプーのボトルに間違えてコンディショナー入れちゃったよお!」


「うへー、そんなことやる人おる?」

「おやまあ、友香(ともか)ったらあ、やっちまいましたね!」


「やっちまいましたよ!でね、けっこうお高いやつだからもったいなくてそのまま使ってん。そしたら髪のコンディションが最悪!!」

「どれどれ……うわっ、キシキシいってる!」


すごく元気そうだけど、あたし友香・現在高校2年生は本当はかなり落ち込んでたんだ。

シャンプーはまだ半分くらいボトルに残ってたし、コンディショナーはYoutubeで大流行のヘアサロンのやつだったから、家族にもすっごい怒られた。


こういうときは友達に話して笑い話にするのが一番!

予想通りゲラゲラ笑ってくれて、あたしもすこーし気が晴れた。まあ、こうなったらシャンプーインコンディショナーは捨てるっきゃないよね。(しょぼーん)


次は日本史の授業だ。教科書を机上に出して用意していたら。

「ねえ、さっき言ってたやつ、捨てるのならくれない?」

小声で話しかけてきたのは隣の席の平田義孝(よしたか)君だ。ちょっと長めのくせっ毛とメガネが特徴の地味な子。


「えっ?」

あたしはびっくりした。普段あんまり話しない子なんだもん。


平田君は、あたしが驚いたせいか顔を赤くして

「あ、ごめん、使うならいいんだ……」

そう言って顔を背けてしまった。


そんな使い道のなさそうなものもらってどうするんだろう……もしもそれを平田君が使うとしたら、うちにはシャンプーもコンディショナーも同じものの予備があるし、あたしたち同じ香りがするってことじゃない?

そこまで考えて恥ずかしさが一気に来た。

(うわー!)


彼氏いない歴17年の筋金入りの男慣れしていないあたし。男子、ってだけで緊張してうまく話せないくらいなのに同じ髪の香り?無理無理ぃいいいいいい!人に気が付かれたら恥ずかしい!

周囲にやいやい言われたくない!


って思ったけど、実はそれだけじゃなくて、本当は――

(実は、平田君、ちょっといいな、って思ってたんだよね……)

他の男子みたいにうるさくないし、頭いいし。背も高いの。

(だから、もし平田君に迷惑がかかったらどうしよう……そんなのやだー!!わーわー!やっぱり断ろう……)


1人で赤くなったり青くなったりしてるうちに先生が来て授業が始まった。

なんとか心を落ち着かせた。


「じゃあ56ぺージ開いて。今日は平家物語の源平合戦から。祇園精舎の鐘の声、というのはみんな知っているように……」

お年を召したおじいさん先生の声はポソポソしててすごく眠くなるのよねえ……うーん、本当に……すごく……ねむ――――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「巴!!気をしっかり持て!!」

「はっ!?」

あたしは気が付くと馬に乗って爆走中だった。周囲には2人の鎧武者が同じように馬に乗って並走している。なにこれ?あたしも鎧着てるし、なんかあちこちケガしてていったーい!


「巴!次の集落で馬を休ませるぞ!そこまで気を抜くな!」

「……は、はい!」

すごい気迫で言われてつい返事してしまった。――これ、夢だよね?

それに、あたしに声を掛けた人、始めて見たのになぜか知ってる……


源義仲(みなもとのよしなか)さん享年31歳だーーーーーーーーーーー!!!!


どうやら夢の中であたしは巴御前になって、義仲さんといっしょに落ち延びている最中らしい。

なんで!!???


この夢、すごいリアルだけど、あたしの中に状況がどんどん浮かんでくるからやっぱり夢だよなー。


今日は寿永3年(1184年)1月21日。というと、義仲さんが討たれる日だ……あたしはぞっとする。

遠くに見えるのはたぶん琵琶湖。

宇治川の戦いで敗北したあと、少数で敗走している真っ最中。

ということは、いっしょに走っているのは今井兼平さんかな?あと3騎いたはずだけどいない。すでに鎌倉武者に討ち取られてしまったらしい。

いよいよ最期の時なのだ。


源義仲さん、または木曽義仲さんは、あの有名な源頼朝や源義経の従兄弟にあたるんだけど、横田河原の戦い(今の長野市)で6万の平氏を半分以下の軍勢で打ち破ったことで頼朝に危険視されて、平氏との繋がりがあるとの讒言による疑いを晴らすために自分の長男を人質に差し出して事を収めたりしてた。


有能すぎるのも大変よね。

歴史を勉強して始めて知ったけど、実は、源氏で初の征夷大将軍に就任したのは源義仲さんなのだ。歴史では頼朝なんだけど、史実では義仲が先。

このあと、後白河法皇の政権争いに巻き込まれて結局は頼朝に追われることとなり、粟津(あわづ)の戦いで鎌倉軍に討ち取られた、というところは歴史の授業で習った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


あちこちから追手の声が聞こえてくる。こわいよお。まじでこの夢、感覚がはっきりしすぎ。

木々が生い茂って薄暗い山道の途中で義仲さんが

「鎧が重うなったわ」

と馬を停めた。

あたしも、兼平さんも停めた。ずっと馬で走りっぱなしでヨレヨレだー。


義仲さんは、兜は付けていてあんまり顔は見えないけど、目元がキリリとした美男だ。

教科書で紹介されてたとおり。でも「見目は良いけど頭おかしい(意訳)」とか書かれてなかったっけな。そんな風には見えない、立派なお人だと思う。


兼平さんが指をさした。

「もはや我らに軍勢はなく、気が落ちてしまわれたのでしょう。あちらは粟津の松原と申します。それがしがしばし弓で敵を防ぎます。その間に殿はあの松林の中に入られ静かに御自害なさいませ」


(あー、歴史通りだ……もはやこれまで、というやつだ)


「わかった。巴!そなたはここで去れ」

「えっ?」

義仲さんがあたしに向かって言った。そういえば、巴御前は途中で離脱して生き残るんだった。


「木曽殿は最期まで女を連れていたなどと知られるのは御免である。敵方の馬が近づいておる。さあ、早く!」

満身創痍の主君がそう言ってる。鎧にはいくつも矢が突き立って、全身草と泥にまみれ、顔からは汗と血が縞模様みたいになって流れてる。


言葉はきついけど、あたしを見る表情は優しい。『生きよ』と心では願ってくれているのが不思議とわかった。

その姿を見ていたら、胸が詰まりそうになって、あたしの中で本物の巴御前の感情が沸き上がった。


『嫌だ、最期までいっしょにいたい。貴方様を残して1人で生き延びたくはない。

小さなころからずっと好きだった貴方様と共に地獄の果てまでも――』


(そうか、巴御前はこういうこと思ってたんだ――)

彼女は主君の温情も理解していた。生きて自分の菩提を弔ってほしい、と言う主君の意図を汲んで、最後のご奉公と言って敵将の首をねじきって落ち延びる。それが平家物語『木曽最期』の段だ。


だけど――――


「これは夢!」

「「……なんと?」」

義仲さんと兼平さんがびっくりした。


あたしはきっぱりと言った。

「夢なんだから、別の道を選んでもいいよね、そうしましょう!義仲様、兄様、あの松林は行ってはいけません。深田に足を取られ、馬が動けなくなってしまいます。それよりも3人で追手の少ない方を突破いたしましょう!!」


そう、夢だから、死なないルートだってあるかもしれない。

あたしの中の巴御前も”よく言った!”って思ってる!気のせいかもだけど。


「何を言っておる?気でも狂ったか?」

「夢?神仏のお告げか?」

おっ、兼平さん、いいこと言った!


「そうです!今、お諏訪様のお告げが降りました。ここから少しでも離れましょう。そうすれば生きる道が開きます!」

そう、このへんは現在の滋賀県大津市晴嵐。ここが没地になってるから、ここから離れれば死亡ルート回避できるんじゃない?


義仲さんと兼平さんはお互いに顔を見合わせた。死ぬときは共に、と誓い合った主従は苦笑していた。

「まるで巴とは思えぬことを言う」

これは義仲さん。笑ってる。

「そなたの気持ちはよくわからぬが。なにか考えがあるのだな?」

そう言ったのは兼平さん。


「はい、わたくしに付いて来てくださいませ!露払いいたしまする!」

そして、これを言ったのはあたしの中の巴御前だった。あたしの意識はそこで途切れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「今川ー、今川友香ー!」


(おい、今川さん、あてられてるよ!)

「はっ!」

平田君がこっそりブレザーの裾を引っ張って起こしてくれた。


(すっごい夢見てたわー!)

現実にもどってこれた。いそいでよだれを手の甲でぬぐった。


(なんて質問だった?)

(木曽義仲が敗走するきっかけになった合戦は?)

(ありがと!)


「はい!宇治川の戦いでっす!」

「しぇいかい!(正解)」

おじいちゃん先生は呂律があまりよくない。ふう、知ってる質問でよかった。


宇治川の戦いは、義仲さんが幽閉した後白河法皇を頼朝が助けようと6万騎(!)の軍隊で京都の宇治川で攻め、対する義仲側はたったの200騎。勝てるわけない。

どんどん味方が討たれて、とうとう5騎になって敗走した戦いだ。


(……歴史、変わってないよね?)

あたしは急いで教科書をペラペラとめくった。木曾最期の内容はまったく変わってなかった。

義仲さんは松林の深田が凍っていて気が付かずに馬で入り込んで身動きが取れなくなり、顔に矢を受けて亡くなった。それを知った兼平さんは自害した、ってなってる。


2人ともすごい武将だったけど、結局あの後どちらも助からなかったんだな……

そうよねえ、夢だったんだもの、現実が変わるわけないか――――


いや、現実に変わったことがひとつある。

あたしの気持ちだ。

あんなに激しい恋愛感情に()てられて、今まで恥ずかしいとか人目がどうのとか気にしていたことが小さく思えたんだ。命を懸けて人を愛するなんて、あたしにはとうていできそうにないけど、そんな恋愛ができるような人に巡り合えたらいいな、って。


そして決心した。

あたしはメモ帳を取り出してサラサラって書いて、破って丸めて平田君にポイした。

ドキドキするけど、自分の気持ちには素直になりたい。一度っきりの人生なんだもの。

平田君は机の上に転がったそれを先生から見えないように開いて読んでびっくりしてた。


『さっき言ってたシャンプーインコンディショナー、明日持って来るね。下駄箱の中に入れておくから受け取って』


くしゃくしゃになったメモを見て、こっちを見て、平田君は笑ってうなずいた。

(あれ?)

その笑顔に義仲さんの笑顔が重なって、あたしは目をゴシゴシこすった。

(まさかね……)


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


――数日後――


「で、あの混ざったやつ、本当に使ったの?」

「使ったよ。実は俺、肌が弱くてさ。シャンプーにコンディショナー混ぜると洗浄力落ちるだろ?だからボディーシャンプーとして使えばいいんじゃないかって思った」

「へー、そういう使い道あったんだ」

「洗いあがりがちょっとぬるぬるしたけど、普通に使えたよ」

「くすくす」


そんな感じで普通に平田君としゃべれるようになってさ。平田君は初めての男友達になった。

後から聞いたけど、彼もあたしにシャンプーほしい、っていうのすごくドキドキしてたんだって。

勇気出してよかった……。

高校を卒業しお互いに別の会社に就職してからもずっと連絡取るようになって……。


今は同じ家で同じシャンプーとコンディショナーを使ってるのでした。(照)


残業で遅くなりがちな彼のためにカレーを作りながら、ふと思う。

あたしの夢の中に出て来たあの3人が、うまく落ち延びた世界線が別にあるのかもしれない。

そして生き残って子孫がずっと続いて。

そう考えた方が素敵だよね?


――終わり――

読んでいただき、ありがとうございます!

巴御前と木曽義仲の歴史を調べているうちにどんどん感情移入してきて……歴史ものってこんなに味わい深かったのか、と再認識しました。

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― 新着の感想 ―
タイトルからは想像に至らない歴史物語 ラストが特に素敵です すごく良い気分に浸らせて頂きました 秋晴れの如く清々しいお話を有難う御座いました
[一言] 推定 31歳前後の巴御前も現代の女子高生もやっぱり好きな人を思う気持ちに大きな差は無いのかもしれませんね。 ほんわかと楽しませてもらいました。
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