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よろずやひばりの守部奇譚  作者: るびん
奇譚2:生物室の怪と狐のたそがれ
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チャプター4:狐のくしゃみ

生物室の怪の犯人は、被害者本人である影科薙奈の自作自演であった。それを見事解決し、彼女の心の闇まで見抜き、藍音と速梨と共に心まで救った紫宿。いつものドタバタを経て、帰路に着くが・・・

 たたたたたっ!


「ん?」

「病院の中を走るとは・・・非常識ですわね」

「あれ?あの人たち、薙奈の病室に入ったわよ?」


 見舞いが終わり薙奈の病室から出てきた三人の横を、中年夫婦とその息子らしい若者が駆け抜けた。そしてそのまま彼女の病室へ。


「・・・泉だな」

「え、何が?」

「確かに調査してもらうに当たって細部まで説明したけどよ・・・まったく、アフターケアがお好きなこった」

「?」


 それ以上は教えてくれない紫宿に、顔を見合わせる藍音と速梨。

 後に、元気になった薙奈によってそれは明らかになるのだが。


「しかし、さすが雲雀ですわ。これ以上無い解決の仕方に、感服しました」

「仰々しいなあ、速梨先輩は。大した事無いって、あの子は馬鹿じゃない、いずれは自分で何とか出来たろうさ。ただ、それがちょっと早くなるよう手伝っただけ」

「またまた、紫宿ったら誉められるとすぐにごまかすんだから」

「あら、そうですの?可愛いですわね」

「違うって・・・」


 ただ、孤独の辛さは分かるから――そう紫宿は誰にも聴こえぬように呟いた。

 たとえそれは彼の孤独とは全くもって意味が違うとしても。


「苺チョコクレープ2つ」

「はぁ~い、ありがとうございま~っす♪」


 ひょっとすると泉のそれよりも間延びした声を持っているクレープ屋の女店員。

 駅前は夏の日が傾く時間には人でごった返す。やはりこの店もそれなりに列が出来てはいたが、一人一人にそれほど時間も掛かるわけでもないのでそれほど待つ事も無く三人の順番が回ってくる。泉は確か生前は苺が好きだったはずだ、それは死後も変わっていないだろうと踏んだ紫宿は、苺と名のついていたクレープを注文した。


「・・・私達の分は?」


 2つというのならそれは紫宿と泉の分なのだろう、そう思った藍音は少し拗ねたように尋ねた。しかし紫宿の返答は意外なものだった。


「苺味は嫌いなのか?」

「え?そんなことないわよ、苺は大好き」

「ならいいだろ」

「?」


 女店員はもうこの店で働き始めて長いのか、とても慣れた様子であっという間にクレープを焼き上げた。形も崩れておらず、もしこれを店員のほとんどが出来ると言うのならば、この店が激戦区の駅前で生き残っているのも納得出来る。


「ありがとうございましたぁ~~っ♪」


 きっとそれは彼女の元々のものなのだろう、女店員は最後まで間延びした声だった。


「ほれ、藍音」

「へ?」

「これ、事務所に持ってってくれ。で、二人で食べててくれ」

「は・・・?」


 そう言われても困る、もちろん一緒に帰るものだとばかり思っていたからだ。

 そして、まさかクレープ2つというのが泉と自分の分だとは思わなかった。


「ちょっと俺達はまだ用があるからな、少し遅くなる」

「ふぅん・・・分かった。夕飯は?」

「・・・夕飯までお世話になっていらっしゃいますの?」

「ま、まあ・・・えっと、軽く食べてくから、少なめで」

「うん、了解。私たちもクレープ食べるわけだから、全体的にいつもより少なくていいわけね」

「ああ。それじゃ」

「あんまり遅くならないでよ?」

「分かってるって。姉さんによろしく」


 本当に分かっているのか、と思いながらも事務所とは反対方向へ歩いてゆく二人を不安に思いながら見送った藍音。実は紫宿の帰りが遅いと少しずつ泉の機嫌が悪くなっていくので、その相手をするのが大変なのだ。

 そして自分も帰路に着こうとして、はたと気付く。


「・・・俺・・・達?」


 達、とは複数形だ。すなわち、紫宿一人ではないということ。さらに紫宿と速梨は一緒に並んで歩いていった。それが意味することは、つまり。


「え・・・?」


 その時に藍音の頭に浮かんだものは半分正解で半分は間違いなのだが、そのせいで泉よりも彼女の方がすこぶる機嫌が悪くなったのであった。


「う“っ」

「どうしましたの、雲雀?」

「な、なんか悪寒が」

「まあ、風邪ですか?」

「い、いや、違うと思うが・・・」


 さすがの紫宿もその原因が藍音だとは分からない。

 二人は日がほとんど沈んでネオンライトが街を照らす中、はたから見たら仲のよい恋人同士のように歩いていた・・・実際は、紫宿が速梨をからかって真っ赤になってキーキー噛み付いていたのだが。

 そして町はずれの静かな空き地にたどり着いた。

 二人は無言になり、どちらからとも言わずに身を離し距離をとる。少しの間の後、紫宿が口を開いた。


「用意は、いいか?」

「いつでも」

「んじゃ・・・おののけ、スピリット・フェイズトランジション」


 紫宿の言葉と共に、辺りの時空が一瞬揺らぐ。


「霊子の相転移・・・空間の位相をシフトさせ、元の位相情報をキーとする形状記憶状態にする。こんなことを”人間が”可能とは、守部とはすごいですわね」

「先輩は出来る?」

「さあ・・・考えたこともありませんでしたわ。それに大人ならともかく、今は絶対に無理です」

「ふーん。ま、いいや。早く来いよ、コン吉」

「だっ、誰がコン吉です・・・かっ!」


 その言葉と同時に、速梨の両手から火の玉が紫宿に向かって放たれる。狐火だ。

 しかし紫宿は全く動じない、同じように狐火を放つ。


「おまけ」


 更に、一発多く放った。


「あつっ!」

「いやいや、幻だから」

「あ、熱く感じたのはホントですっ」


 速梨の狐火は紫宿のものであっさり相殺され、おまけの一つは直撃した。しかし彼の言う通り幻だったのか、速梨に火傷は無い。あまりに本物に見えたため、錯覚を起こしたのだろう。


「う~~・・・ではこれですわっ!マリオネット・ダンス!」


 速梨がそう言ってまるで神楽を舞うように振舞うと、その指先から輝く糸のようなものが飛び出し、紫宿の体にまとわりつく。だが彼は特段驚いた様子もない。


「またこれ?芸がないなぁ」

「う、うるさいですわ!でも前よりパワーアップしてますわ、動けないでしょう!?」

「ほい」

「へ?」


 ところがどっこい、紫宿はたいして力も入れた様子もなく、簡単に糸ごと速梨を引っ張る。圧倒的な力と体重差で、すごい勢いで速梨はなす術もなく紫宿の目の前へ飛ぶように引き寄せられた。


「ちょっ、ま・・・」

「待たない」


 ピンっ!


「いったーーーいっ!!」


 強烈なデコピン、そうデコピンが速梨のおでこに炸裂した。速梨はたまらず額を抑えて座り込んだ。よほど痛かったのだろう、その頭には大きな耳が、そしてお尻には尻尾が見えてしまっていた。


「先輩、大丈夫?」

「だ、だいじょばないですわ・・・いたた」

「やりすぎた、ごめん。耳と尻尾を早く隠して、空間戻すから」

「っ!?」


 あまりの痛さに、今の自分の姿に気付いていなかったのだろう、速梨は大慌てで何やら呪文を唱える。すると、ポンという音と小さな煙と共に、耳と尻尾が見えなくなった。


「はい、解除っと」

「ふう、今回も手も足も出ませんでしたわ・・・」

「仕方ないだろ、先輩まだ子供なんだし」

「年下に言われたくありませんわっ!」

「あ、あの・・・」

「っ!?」


 突然聞こえた声に、弾かれたように紫宿と速梨は声のした方を振り向く。そこにはなんと、戻ったはずの藍音の姿があった。


「あ、ごめん。なんか気になっちゃって、探しに来たんだけど・・・今、 スピリット・フェイズトランジション使ってなかった?えっと、もしかして二人が戦っていたの・・・?」

「あちゃ~~、これは・・・」

「話さざるを得ませんわね」


 観念した二人は、帰路で話すという。


「九尾の狐?」

「そ。それが先輩の正体」

「じゃあ、悪さしてるところを紫宿に退治された、ってところ?」

「違いますっ!」


 だが藍音の言葉ももっともだろう。中国で殷王朝を傾けた妲己や、日本では玉藻の前など、邪悪な存在として描かれる物語が多い。


「中には悪さをする方もいましたけれど、本来は瑞獣といって吉兆を暗示する神獣です」

「先輩、自分で神獣とか言わない方がいいですよ」

「雲雀、やかましいですわ」


 すでに紫宿と藍音がからかい、速梨が反応するという構図が完成されている。そのことに速梨自身が気付いているのだろうか、あきれたようにため息をついた。


「でも雪月花先輩、どうして高校生の姿なんですか?」

「実年齢が18なのですわ。そして、どういったわけか女性の姿の方が楽なのです」

「実際は男とか女とかの性別が無いんだよな、確か」

「ええ。一応、この姿の時は女で通しています」


 神様や天使などは、本来は性別がなく一般的に語られている姿はあくまで人間が認識しやすいようにかたどっているという。そこは神獣も似たようなものなのかもしれない。

 なんとなく分かってきた藍音、次の質問をする。


「なんで紫宿と戦ってたんですか?」

「簡単ですわ。修行です」

「修行?」

「まだ私は未熟です、雲雀との修行で少しでも能力を上げようとしているのです」

「出会ったとき先輩は怪我しててさ。それを治してやったら驚いて、自分が成長する手助けをしてほしい、って。それでこうやって時々付き合ってやってるんだ」

「なるほど・・・」


 ぐぅ~・・・


 一通り説明を終えたところで、紫宿のお腹が鳴った。藍音と速梨が少し笑ったのがちょっと悔しかった紫宿。


「腹減ったな、なんか食べていこうぜ」

「あ、私は先に帰ってるよ。夕飯作らなきゃだし、泉さんが待ちかねてるだろうから」

「ほ、ホントに悪いな」

「いいのよ、私が好きでやってるんだから。それじゃ、雪月花先輩、さようなら」

「ええ、さようなら、月ノ宮さん」


 少しだけ小走りで帰路に着く藍音。その姿を見送ると、紫宿と速梨は再度並んで歩き出す。


「さて、何にする?」

「そうですわね、あそこはいかがです?」

「あそこって・・・うどん屋?」

「うどんはお嫌いでしたか?」

「そんなことはないが・・・」

「うどんならば消化も良く、夕御飯の妨げにもあまりならないでしょう」

「まあ、そうだな」

「では、参りましょうか」


 紫宿は驚いた。それはそうだろう、速梨の見た目と普段の物腰からうどんはイメージ出来ない。もちろん速梨が変化した姿がそれっぽいだけの事は分かっているものの、それでもギャップを感じる。

 今までだって、ファミリーレストランやファンシーな喫茶店といった所ばかりだった。


「まさか、先輩がうどん屋を選ぶなんて・・・」

「意外でしたか?」

「はっきり言うとね。速梨先輩はどっちかっていうと、しょっちゅうフレンチとか食べてそう」

「あれはソースで味をごまかし過ぎている上に、味付けが濃くて私の好みではありませんわ」


 一応は食べた事があるのか、感想を述べる。

 そしていたずらっぽく微笑んだ。


「私が居候させていただいている家では、和食がほとんどですのよ」

「へ・・・意外だ」

「あら、てっきり私の事はある程度調べてあると思っていましたが?」

「仕事以外で人の個人情報を調べたりしないよ。働いてもらってる藍音の事だって最低限のことしか知らない」

「まあ・・・雲雀らしいですわね」

「そう?」


 とても納得したような速梨の言葉だったが、それが自分らしいとは思っていなかったのか紫宿は頭を掻く。

 そんな彼の様子を、速梨は目を細めて眺めていた。


「これは当たりでしたわね」

「・・・あっ!」

「どうかなさいました?」


 運ばれてきたうどんを美味しそうにすする速梨を見て、何かに気付いたかのような紫宿。


「きつねうどんか!」

「う・・・ばれてしまいましたか」

「さっきの訂正、すごく先輩らしい。狐は油揚げが好物だもんな」

「え、ええ。私とて例外ではありません」


 そういうことだ、速梨がうどん屋を選んだのは単純な理由だった。だがあまりにはっきり言われてしまったため、赤くなってしまう。そのことに気付いた紫宿、少しばつが悪そうにし、自分の分の油揚げを取り、なんと速梨の器に入れた。


「え、雲雀・・・」

「ん?好きなんだろ、油揚げ」

「雲雀・・・ありがたく頂戴しますわ」


 そしてその油揚げを口にしながら、ぼそっと告げる。


「・・・そういうところですわよ」

「へ、何か言った先輩?」

「なんでもないですわ」

「?」


 うどんを食べ終え、それ以上寄り道をすることなく帰宅した紫宿。するといつも通り食欲をそそる良い匂いと、見た目まで言う事無しの料理が並べられていた。


「おかえり紫宿」

「おぅお帰り、苺チョコクレープ美味しかったぞい~」


 すでにテーブルについていた藍音と泉。紫宿も同じように椅子に座る。夕飯を食べ始めて少しして、不意に思い出したように泉が言う。


「あ、そうだ藍音ちゃんから聞いたんだけど、全部丸く収まったんだって~?」

「ん、ああ。姉さんのおかげもあって、俺の思っていた以上にうまくいったよ」

「ふふ~ん。でもそんなになんて、まるでどこかに瑞獣でも現れたみたいだねぇ」

「ずっ・・・」


 紫宿と藍音は思わず吹き出しそうになったがなんとかこらえ、お互いに見合った。そして笑いながら言った。


「そうそう。でもまさか、ね」


 くしゅんっ


「あら?どなたか私の噂でもしてらっしゃるのかしら?」

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