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よろずやひばりの守部奇譚  作者: るびん
奇譚2:生物室の怪と狐のたそがれ
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チャプター1:日常に潜む影

「相変わらず、閑古鳥が全力で鳴いてますわね」

「冷やかしなら帰って下さいよ、先輩」

「あら、数少ない常連になかなかの言いようですこと」

「・・・すみません」


 いつも通り喫茶はガラガラで泉と藍音は席を外しており、フロアには紫宿と目の前のお客ただ一人でありしかもそのお客は紫宿と交流があるのだろう、親しげに会話をしていた。

 相手は先のやり取りの後、ころころと可愛らしく微笑んでいる。

 少々小柄だが、二条にまとめた綺麗な髪が印象的な可愛らしい子だ。ただし、言葉遣いがまるでどこかのお嬢様のような口調であった。


「それで、今日はまたどんな依頼です?」

「・・・依頼がなくては来ちゃダメですの?」

「う、そんなことないですよ」


 ちょっと悲しそうな顔をした先輩に対し、さすがにまずそうな表情になる紫宿。だが依頼の話が出るということは、よろずやのことも知っているのだろう。


「今日は純粋に紅茶を飲みに来ただけですわ。あと・・・」

「はいはい、いつものですね。了解です」


 その後、紫宿は出かける支度をして泉と藍音にメールをすると、その先輩と共に喫茶を出た。それはいつものことなのか、あたり前のように二人並んで歩いて行った。



「ねぇねぇ、藍音~」

「ん、何?」

「あんたさ、バイト始めたんだって?」

「うん」


 都内にある私立高校、冴咲学園。自由な校風と、私立高校にもかかわらず学費は安く、レベルの幅も広いことから人気のある学園である。都会のど真ん中にやたらめったら広い敷地を持ち迷惑この上無いようなものだが、一般にも開放されておりそのための施設などもあったりして、人々には大きな公共公園として憩いの場のような認識を受けてもいる。実は月ノ宮グループの経営している学園なのだが、それは秘密にしているのかほとんど知られていない。

 そんな学園の1年B組。そこが藍音のクラスだ。授業の合間の休み時間、彼女は友達3人と仲良く話をしている。


「へ~・・・どんなトコ?」

「どんなって、喫茶店・・・兼、よろずやよ」

「えぇっ!?」


 友達が驚くのも当然だろう、一体誰が喫茶店ならともかく、よろずやでアルバイトしているなどと予測出来ようか。


「だ、大丈夫なの?」

「え、何が?」

「だって・・・よろずやって、変なところじゃ?」

「変・・・確かに変ね」


 きっと今頃、紫宿と泉は大きなくしゃみをしていることだろう。藍音は笑いながら続ける。


「でもそんな身構えなきゃいけないことは無いわ、そもそも店長は私より一つ年上なだけだもの」

「え、そんな年で店長なんてすごい・・・なんていう名前?ひょっとしたら先輩かもよ」

「あはは、まさか。同じ学校に通っているなんて偶然、そうそう無いわよ」

「分かんないわよ~、事務所ってここからそう遠くないんでしょ?だったら可能性としてはありうるわよ」


 確かにそうかもしれない、と藍音は思った。紫宿は自己紹介の時に高校二年だと言った。つまりいくらもう働いている身とはいえ、高校には通っているのだ。だったら、この学園の生徒であってもなんら不思議ではない。


「えっと、雲雀紫宿っていう人なんだけど」

「え“っ!?」

「な、何!?」


 名前を耳にした途端に引きつったような顔を見せた友人たち。

 そんな反応をされては、藍音は戸惑うしかない。


「やっぱり先輩なの?」

「それどころか・・・ねぇ?」

「そうよね・・・」

「な、なんなのよ~っ」


 あからさまに知ってはいるものの、いい話では無さそうな表情だ。


「知らないの、藍音?」

「だから何を?紫宿って問題児だったりするの?」

「問題児どころか・・・怪しい噂が満載よ」

「そうそう。幽霊に取り付かれているとか、夜な夜なお墓で運動会しているとか、異世界の住人だとか・・・」

「あ、あはは・・・」


 当たらずも遠からずとはこの事か。苦笑いである。


「結構学校を休むことも多いし、噂だけどよく喧嘩なんかもしているって。ちょっと怖いわね~」

「それにね・・・知ってるかしら、例の噂?」

「例の噂?」

「うん、生物室の怪。人体模型が動くんだって」

「あ、ありきたり・・・」


 そう藍音は思ったが、しかしそんなありきたりで学園七不思議的なことならば今更噂などになったりするだろうか。ひょっとするとよろずや向けの話かもしれない、だから藍音はそれを深く聞こうとする。


「それで?」

「ここ最近の夕方くらいにね、何度も人体模型が動いている姿が目撃されてるんだってさ。しかも今日、同じクラスの影科さん休みでしょ?」

「影科さんに関係あるの?」

「大有りも大有りよ。昨日の夕方、襲われたんだって」

「え!?人体模型に!?」

「そう。幸い怪我とかはしてなかったらしいんだけど、心的ショックが酷くって2,3日は入院らしいわよ」

「へえ・・・」

「それで、それが雲雀先輩の仕業じゃないかって言われているのよ。ほら、変な噂が多いから、人体模型も彼が怪しげな力で操ったんじゃないかって」

「ふ、ふ~ん・・・」


 事務所で助手として働くようになって一週間。

 これまで紫宿という一人の人間と同じ時間を過ごしていて、とてもではないがそんな悪い噂の立つ様な人間とは思えない。ひょっとすると、学園にいる時と普段では別人のような振る舞いをしているのだろうか。

 藍音は彼が同じ学園に通っていることを知った挨拶ついでに、その事を確かめてみようと昼休みに彼の教室を尋ねてみることにした。


「えっと、2年E組・・・」


 二年の教室が立ち並ぶ中、藍音は少々肩身が狭い。

 この冴咲学園の制服は見ただけで学年が分かるように出来ている。男子はネクタイ、女子はリボンの色で判別が付くのだ。学年の色は一年が明るい新緑色で、二年が燃えるような紅、そして三年が落ち着いた淡い紫色。そんな風に誰が見ても学年が一目瞭然なものだから、他の学年の教室のある階を歩くのは目立ってしょうがないのである。

 しかも藍音は掛け値なしに可愛いものだから、それは余計だ。


「あ、ここだここだ」


 よりによって階の奥の方にあった2年E組。

 ここに来るまでに何度も男の先輩に声を掛けられて大変だった。


「あの、すいません」

「うん?何?」


 とりあえず、教室の入り口近くにいた優しそうな女の先輩に尋ねる。


「えっと、しす・・・いえ、雲雀先輩いますか?」

「雲雀君?ちょっと待っててね」


 実は悪い噂があるのならこうやって尋ねたら怪訝な顔をされるかと思っていた藍音だが、全くそんなことは無かった。

 それどころか、相手は少し何かを考えたような仕草をすると、ニヤリと笑ってみせる。


「雲雀く~~ん、可愛い女の子がご指名よ~♪」


 ザワッ!


 紫宿を呼びに行くのではなく、その場でそうやって大きな声で言った。

 当然、教室中の視線は藍音に集中する。まさかそんな風にされるとは夢にも思ってなかった彼女は、あたふたする。


「ちょ、ちょっと先輩!?」

「雲雀君ったら、澄ました顔してこんな可愛い後輩にも手を出してたんだ?隅に置けないわね~♪」

「ちょ、そ、そんなんじゃ・・・」


 もう教室中は口笛やら冷やかしの声やらで大騒ぎだ。

 当の紫宿は、一番後ろの席から頭を掻きながらこちらへとやって来る。次から次へとクラスメイトたちに何かを言われては、溜め息をついていた。


「何を言ってるんだ、おまえは」

「え~?雲雀君の彼女でしょ、この子?」

「アホか、藍音に失礼だろ」


 そう吐き捨てると、しっしっ、と未だにニヤニヤ笑う彼女を追い払ってから藍音と向き合う。


「悪かったな、藍音。うちのクラスは変な奴ばっかりでな」


 筆頭は紫宿では、と思ったがそれは口にしないでおいた。その代わりにクスクス笑いながら言う。


「ひょっとして、人気者?」

「まさか。からかいやすいだけだろ」


 どうやら彼は噂とは裏腹に、クラスメイトとはとても親しいようだ。

 実際、彼等の紫宿を見る目は奇異の目ではなく、普通に仲のよい友人のそれだった。


「で、何か用か?」

「あ、うん。今日はじめて紫宿が同じ学校の先輩だって知ってさ、挨拶でもと思って」

「・・・知らなかったのか?」

「紫宿こそ、知ってたの?」

「そりゃあ・・・雇うに当たって書類に色々書いてもらったろ?そこに通ってる高校名も記入してもらったろうが」

「・・・なんで教えてくれなかったのよ」

「別にいいか、と思って」


 そうだ、紫宿はこうだった。ひねくれていてぶっきらぼうで面倒くさがり屋。仕事以外のことではこういう人間なのだ。


「だから、あなたのことをよく知らない人達の間で悪い噂が立つのよ・・・」

「悪い噂?どれのことだ、たくさんありすぎて見当が付かん」

「たくっ・・・はぁ・・・」


 今更ながらアルバイト先を間違えたかな、と溜め息の藍音だった。


「でも、そうね・・・私のクラスの子が被害にあってるわけだし・・・」

「被害?俺は学園の生徒に危害を加えるようなことをした覚えは無いぞ」

「ちゃんと説明するわ。お昼はまだ?」

「ああ、今からだ」

「じゃ、食べながら話しましょ。どこにしようかな・・・」

「中庭にしよう、行ったこと無いだろ?」

「中庭?無いわ」

「よし。じゃあ昇降口で落ち合おう」

「了解」


 そうしてすぐに教室に戻り、お弁当を片手に昇降口に向かう藍音。

 友人たちはそんな彼女に“気をつけてね”などと頓珍漢なことを言っていたが。


「こっちだ、こっち」

「ちょ、ちょっと、どこに行くのよ?中庭ってあっちじゃないの?」


 そう言って紫宿の進む方とは逆を指差す藍音。


「あっちは普通の中庭だ、広すぎるし人が多すぎて鬱陶しいだろ」

「え・・・普通って、どういうこと?」

「もう一つの中庭。ごく一部の奴しか知らないのがあるんだよ、それを教える」

「?」


 ずんずん先を行く紫宿に、イマイチ彼の言わんとしている事が分からないまでも付いてゆく藍音。

 少しすると、森のような場所に出た。


「なんで学校にこんなところがあるんだか・・・」

「おまえが言うな、月ノ宮グループが経営してるんだろう?」

「あ、さすがね、知ってるんだ」

「当然」


 そんな会話をしながら森の中を迷うことなく進む。はっきり言って、もし紫宿を見失ったら迷ってしまいそうな森だ。しかし紫宿は実は少しゆっくり歩いていた、それはもちろん藍音の速度に合わせるためだ。

 そのことに彼女が気付いているのかどうかは分からないが。


「ここだ」

「え?」


 急に森が開ける。


「うわぁ・・・・・・」


 中心を小川が流れ、そのせせらぎに誘われるかのように小動物たちが水辺で遊んでいる。周りは小さいけれど力強く咲く花で彩られ、注ぐ木漏れ日は幻想的な風景を醸し出していた。まさに、別世界。


「素敵・・・」

「だろ?」

「紫宿ってこういう乙女チックな所好きなの?」

「乙女チックって・・・そんなんじゃないよ。なんかこういうのどかなところ、落ち着かないか?」

「それもそうね。あはは、この子、人懐っこいわね♪」


 いつの間にか一匹のウサギが足元に寄って来ていた。すりすりと顔をこすり付けてはクリクリとした瞳を向けてくる。


「食べる?」


 藍音がそうやって自分の弁当箱からおかずを取り出すと、待ってましたとばかりにかぶりつく。それと同時にほかの動物たちまで集まってくる。リスがいればネコもいて、アライグマまでいた。その種類は節操無くたくさんいて、しかも互いに仲がいい。こんな光景はどんな動物園に行ってもなかなか見られないだろう。


「こいつら、食べ物に苦労はしていないだろうに、こうやってやたらせがみやがるんだ」

「そんなこと言って、毎回あげてるんでしょ?」

「ま、まあな・・・」


 藍音も紫宿の性格は分かってきている、というよりもこの動物たちが彼にとても懐いているのを見たら誰でもそう思うかもしれない。

 とはいえ、彼の昼食は大抵が購買で買ってきたお弁当やおにぎりにサンドイッチ。それ以外には学食だろう。今日ばかりは動物たちは藍音のお弁当に群がっていた。


「こいつら、現金だな」

「まあまあ、いいじゃない。これからは私がお弁当作ってあげるから」

「・・・本当?」


 川のすぐ目の前に並んで腰を下ろして、動物たちと一緒に昼食を取っていた二人。

 藍音がそう言い出したことにより、紫宿は瞳に期待の色を灯らせる。ひょっとすると彼は元来甘えん坊なのかもしれない。ただ、普段はそれをしてはいけないと自分に言い聞かせている・・・いや、“甘え方を忘れて”いる―――それは、たとえ姉である泉に対してでも。

 とはいえ、こうして時々無意識でその片鱗を見せることはあるのだが。


「・・・弟って、みんなこんな感じなのかなあ?」

「は?」

「あ“。な、なんでもないわ」


 うっかり紫宿に向かって“可愛い”と言い掛けた藍音だった。


「ところで、悪い噂ってなんだ?」


 大体食事も終わり(半分は動物達にあげたが)、頭の上にリスが乗っているままで尋ねた紫宿。

 答える藍音は膝の上ですやすや眠っているネコを撫でていた。


「うん・・・生物室の人体模型の噂」

「ああ、あれか。あれはただの噂だ」

「でも、実際に被害者が出ているのよ」

「なんだって!?」


 詳しく話を聞けば聞くほど紫宿には信じられない。


「馬鹿な・・・あの人体模型には霊力なんて微塵にも感じない」

「え?」

「大抵そうやって物が動くってのはな、作られて長い時間が経って魂が宿ったケースがほとんどだ。もしくは名のある彫刻家や人形師なんかによって作られたものは、作られてそれほど経たずに宿るケースはある。しかしあの人体模型は大量生産型のものだし、それほど古いものでもない、仮に宿ったとしても人に危害を与えるほどになるなんてありえない」

「・・・」

「それに、俺だってその教室に入ったことはある。だがそんな気配はこれっぽっちも無かった」

「じゃあ、なんで・・・?」


 どうして実際に被害者がいるのか。

 紫宿がこういうことに関して嘘をつくわけはないし、クラスメイトが入院しているのも紛れもない事実。

 考えれば考えるほど藍音は混乱する。

 しかし、紫宿は。


「まあ、仮説とはいえ2つ考えられることはある」

「えっ!?」

「1つは、俺のような霊能力を持つ者が操るということ」

「え?学校に紫宿以外にもいるの?」

「ああ、俺以外に二人。だけど二人ともそんなことに能力を使いはしないはずだ。だからこの線は薄いな」

「じゃあ、2つ目は・・・」


 キーンコーンカーンコーン


「と、予鈴だ。とりあえず、放課後にでも生物室に行ってみよう。それまでに色々確認しておきたいこともあるし」

「・・・?」


 紫宿の考えは分からなかったけれど、彼に任せるしかない。

 放課後にまた落ち合う約束をして、二人は互いの教室に戻った。

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