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よろずやひばりの守部奇譚  作者: るびん
奇譚4:ナイトメア狂想曲(カプリッチオ)
31/39

チャプター1:現代の神隠し(1)

「ねえ、誰か」


その手は、虚空を掴んだ。

闇。

何もない闇。

少女は、そこにいた。


「嫌だ、こんなの……」


ずっと。

このまま、ずっと?


「嫌だよ……誰か、私をみつけて……」


少女は、絞り出すようなか細い声で闇に向かって呟いた。

そして――


「あか……るい、光……?」


――光を、生み出した。

「パパーーーっ!」

「うわっ!?」


 お昼過ぎ。

 紫宿がリビングで定期連絡の電話を終えて受話器を置いた途端、背後から柔らかい衝撃が襲う。

 もう慣れっこの感覚ではあるのだが、やはり、こういきなりではさすがに驚くというものだろう。


「だ、だから、不意打ちは勘弁しろと……」

「ふふふ、ごめんなさーいっ♪」


 全然悪いなどとは思っていない様子だ。

 いたずらをして大好きな人を驚かせたり、ちょっと困らせてみたい年頃か。

 にぱっ、と眩しい笑顔を向けられては紫宿もそれ以上は何も言えなくなる、なんだかんだで親馬鹿だ。


 一方、マリアは抱きついたまま顔を彼の背中にすりすりと擦りつける。

 紫宿はその様子を見て思う。何かあるな、と。

 マリアが彼に甘えるのはいつもの事ではあるのだが、ここまで露骨にすりすりしてくる時は何かして欲しい時か、何かをしでかした時なのだ。

 たしかこの間は、遊んでいて障子を破った時だった。


「マリア、どうしたんだ?」


 溜め息交じりで尋ねた。

 紫宿はやはりマリアには甘いのだ、いつも怒るに怒れないのである。

 すると、彼女はやたらめったら甘えた声で言った。


「パパ、お小遣いちょ~だい♪」

「は?」


 全く予想していない返答だった。

 いくら言動が幼くとも、いくら行動が幼くとも、いくら紫宿を父と慕おうと、マリアは実際の年齢は彼など遙かに上回っているし、彼の前以外ではそれなりの精神年齢の様子を見せる。

 その彼女が、まさかお小遣いを欲しいなどと言ってくるとは予想していなかった。

 もちろん父親が娘にお小遣いをあげることになんら不思議な事は無いのだが、紫宿だって本来ならばもらっていてもおかしくない年なのだ、自分があげる側だなどとは思いもしなかった。

 そうやって紫宿が呆気に取られた表情をしていると、マリアに続いてリビングに入ってきた藍音と速梨が口を開く。


「紫宿、面白い顔してるわね?」

「写真を撮っておきましょうか?後で何かに使えるかもしれませんわ」


 そんな風に言われ、慌てて表情をいつもの引き締まったものに戻す紫宿。

 そして二人に尋ねる。


「何があったんだ?」


 いくら紫宿とて、仕事中や電話中にマリアと遊ぶ事は出来ない。

 したがって、その間は彼女の面倒を泉や藍音、そして最近よく遊びに来るようになった速梨に任せるのだ。

 ちなみに泉は現在、浮気調査で出掛けている。


「今度、海に行くって話してたでしょ?だけどマリアちゃんが水着を持ってるわけないし……それに、私服もほとんど持ってこなかったみたいだからさ、買いに行こうって話になったのよ」

「お洋服は生活必需品ですから雲雀がその分のお金を下さるでしょうけれど、水着代はどうしましょうか、と。マリアさんは自分のお金を持ってはいるのですが……」

「マリアのお金ね、すごく古くて使いにくいんだって。変なの、前はちゃんと使えたのに」


 飛行機に乗る時も、ビジネスホテルに泊まる時もそのお金で払った。

 だが実は、飛行場はギリシャだったから一応自国の古銭に見覚えがあったために使えたのであり、ホテルでは偶然ホテルの近くに骨董屋があり支配人がそこで尋ねたのだ。


「なるほど、それで水着を買うためのお小遣いが欲しいわけだ」

「うん!」

「よし、ちょっと待ってろ」


 納得した紫宿、すぐに財布を取って戻ってくる。

 そしてまずそこからクレジットカードを取り出し、藍音に渡す。


「これで色々買ってやってくれ。領収書はよろずやの方でいいから」

「了解」

「それと、マリア」

「んにゅ?」


 紫宿は更に財布からお札を取り出し、マリアに手渡した。


「ほら、お小遣いだ。水着もカードで買っていいから、このお金は好きなように使いな」

「わぁ……パパ、ありがとう!」


 マリアは飛び跳ねて喜ぶ。

 お小遣いくらいでここまで喜ばれるとは思っていなかった紫宿だが、やはりそうまで喜ばれると彼も嬉しいのだろう、頬を緩ませて彼女の頭を撫でる。

 それを見ていた藍音と速梨は、やれやれと顔を見合わせて笑った。


「じゃ、行ってくるわね」

「ああ。遅くなる時は連絡してくれ」

「承知していますわ。それでは」

「行ってきまーーーす!」


 出掛けていった三人を見送った紫宿は、マリアが自分からどれだけ離れたら大人びた様子に変わるのか見てみようかとも思ったが、なんとなくやめておいた。

 どちらでもマリアはマリアで自分の可愛い娘だ、と。

 そして、家の中に戻った紫宿はふと思う。


 静かだ。


「誰もいないと、こんなにも静かだったんだな……」


 泉と二人きりの時は、彼女が出掛けてしまうといつもこうだったのだ。

 だがその時はそれが普通だったから気にも留めなかった。

 しかし、藍音がバイトをやってくれる事になり、速梨が頻繁に訪れるようになり、マリアが娘として住む事になり……いつの間にか賑やかな事が当たり前になっていた。


 だからなのか、今はやけに静寂が落ち着かない。

 本来紫宿は静かなところは好きな方だ、しかし。

 我が家は賑やかな方がやはりいい、それが今の紫宿の思いだった。

 嫌な事を考えている暇など一切無いほど賑やかな方が。

 紫宿は頬を掻きながら呟いた。


「俺も、まだまだ子供なのかな」

「わん」

「と、悪い悪い、おまえがいたな」


 いつの間にか足元に来ていたリューイ、自分を忘れるなと言わんばかりに鼻をフンスと鳴らす。

 マリアたちと遊んでいたはずだが、彼女たちが出かけたのを見送ったあと紫宿の方へ来たようだ。

 まだ子犬なのにもかかわらず、保護者気取りのそれはなんともしっかりしている。


「まったく、しっかりしてることで」


 そうしてリューイを引き連れてリビングに戻り、資料に再び目を向けた。

 とはいえ、やはり静か過ぎるのもなんだか落ち着かないのでテレビのスイッチを入れる。

 ちょうどお昼のニュースの時間。

 そこではここのところ“怪事件”として話題になりつつある事件の特集をしていた。


『人が何の痕跡も無く消えてしまうことから、現代の神隠しと……』


 神隠し。人間が何の理由も無く突然消えてしまう事である。

 その大半は神様や天狗のせいだなどと言われ、古来より伝えられているものではあるのだが、この現代社会においてそれは笑い話でしかない。


「誘拐か、単なる失踪だろうな」


 それは紫宿ですらそう思うのだ。

 何故なら、彼は風伯や雷公のように神様にだって知り合いがいるのだから。

 ところが、ニュースが告げたものは紫宿の想像を覆す。


『時間は昼夜を問わず、場所は日本全国に渡り、その他何もかもが異なっているのです。そして、消えてしまう本当に直前までは間違いなく家の中にいたことも明らかになっています』


 紫宿は首を傾げる。

 場所が異なっているのなら同一犯による誘拐などではないだろう。

 何より、直前まで家の中にいた事が間違いないとはどういうことだ?


『そして不思議な事に、これらにはとある共通点があるのです。それは、神隠しにあった家には“謎の郵便物”が送りつけられているとの事です。警察はその差出人を必死で捜索していますが、どこの郵便局にもそのようなものを取り扱った記録は無く……』


 なんとも不思議な話だ。

 記録が無いということは、個人で各家に届けたということだろう。

 しかし日本全国に渡るのなら、それは不可能に近いのだ。

 この奇妙な事件は、守部である紫宿の興味を非常に引いた。


 ピンポーン


「ひゃっ!?」


 ニュースに釘付けになっていた紫宿は、突然のインターホンの呼び鈴の音に肩を跳ねさせた。

 しかしそこはさすが、すぐに落ち着いて受話器を取る。


「はい、どちらさまで?」

『た、助けて!』

「はい?」

『ここ、よろずやひばりさんですよね!?お願いします、助けてください!』

「……お待ちください、すぐに参ります」


 かなり切羽詰った女性の声。

 ただごとではない、紫宿は急いで玄関に向かった。

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