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よろずやひばりの守部奇譚  作者: るびん
奇譚1:迷える子羊達へのレクイエム
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チャプター1:よろずの戸

 「ここ・・・かな?」


 不安げに少女は見上げる。

 その視線の先は、豪華絢爛で現代社会を闊歩しているような巨大なビル・・・に囲まれた、土地はこんな都会の真ん中にしてはなかなかの広さであるが、庭の手入れが行き届いていないのか鬱蒼としており、その門構えは由緒正しそうではあるけれども崩れ落ちそうなほどボロボロな古民家だ。

 だがしかし、このところ流行りの多分に漏れないようになんとか古民家カフェを営もうとしているのか、両開きの門扉のうち閉じられている側に立て掛けられた手作りの看板には縦向きに【喫茶ひばり】と綺麗な文字で書かれていたが、その脇には怒った子供が書き殴ったような字で【よろずや!!】とあり、お客が癒しを求めて訪れる古民家カフェとは大分ずれているたたずまいと相まって関わったらいけないような雰囲気を醸し出している。


 「うん、合ってるわよね。うぅ、なんか入りづらい・・・これでカフェやっていけてるのかな」


 生来活発な彼女でも、さすがにこれには手にしていた古民家への地図を強く握りしめぐしゃぐしゃにしてしまい、腰も引けてしまう。だがしかし彼女にはもう当てが無い。最後の砦、藁にもすがるとはまさにこの事。

 だから彼女は、この最後の希望を胸に自身を奮い立たせた。


 「負けるもんか!頑張れ私っ、イケイケゴーゴーっ!」


 こうして少し震えた掛け声と共に、その長く綺麗な髪を揺らしながら古民家の敷地内へと足を踏み入れる少女。この時、彼女はまさか自分がここで長らくやっていくことになろうとは、文字通り夢にも思っていなかった。


 ピンポーン


 少女は門をくぐり、薄暗い庭をおっかなびっくり通り抜け建物の入り口までやってくると、引き戸の横にあるインターホンを押す。古民家にこれは少々そぐわない気もするが、住居も兼ねているからなのだろう。

 音は雰囲気の割にはなんとも普通で面白みに欠けていたが少しして、インターホン越しからは家の構えとはそぐわずなんともほんわかと間延びのした、年のころ12、3歳くらいと思われる女の子の声が聞こえた。


 『はぁ~い、御用ですかぁ~?』

 「あ、あの・・・こちら、よろずやひばり、でよろしいですか?」


 少女はその声の感じに出鼻をくじかれたかのように少しだけ言葉に詰まったが、自分が抱えている問題を解決してくれそうな当てを片っ端から探してリストアップした中の最後の1つ・・・それがここだったので、ぐっと気を引き締めて答えた。

 よろずやーーーつまりは何でも屋だ。インターホンに出た女の子が書いたのだろうと思われる看板の殴り書き、そちらを頼りに少女はやってきた。

 そして最後、つまり他の当ては全て空振り、というより断られたのだ。

 ここもどういうよろずやなのかは実家の伝手で一応調べはしたが、その結果はイマイチ信頼性に欠けていた。何故なら、対応してきた案件内容は浮気調査に始まり、ペット探し、曰く付きの遺失物探し、ご近所の引越しの手伝い、しまいにはドブ掃除など、まるで三文小説に出てくる売れない探偵事務所のような内容がほとんど。それどころか、現実離れした内容までも含まれており、なんと除霊だの妖怪退治だのまでありそしてその詳細が公開されていない。もちろん、古民家カフェがメインのようではあったが客入りは明らかに芳しくないだろう。

 だから彼女も最後の最後まで訪ねなかったのだが・・・しかし、現状ではもうここしか残っていない、そこまで追い詰められていたうえでのことなのだ。

 少女自身、ここで断られても絶対に引き下がらないつもりだった。

 そんな彼女の決意とは裏腹にインターホンの向こう側からは、まるでぱぁっとまぶしい笑顔がたやすく想像できてしまいそうな声が届く。


 『は~い!そうですよ、よろずやひばりです~っ!ご依頼ですかぁ~?』


 その元気いっぱいで幼さの残る声に、彼女は家のお手伝いを一生懸命しているのだろうと微笑ましく思った。そして喜び具合から察するに、よろずやと呼ばれることの方が嬉しいのだろう。

 だが・・・・・・どこか、芯の強さを感じたのが不思議だった。


 「あ、はい、そうです。お願いします、責任者様と話をさせてください!」


 しかし、それとこれとは話が別である。相手が子供であろうと少女はそのように切り出す。何故なら、これまで訪れたところでは責任者と会わせてもらえることもないばかりか門前払いを受けることまであり、取り付くしまも無かったからだ。

 だが、少しだけ何か考えるかのような間があった後、インターホンから届いた声は少女の期待を裏切りそうなものだった。


 『・・・声からして若い女の子、しかも絶対に可愛いよね・・・ねぇ、あなたは何歳~?』

 「は?」

 『年齢ですよ~、何歳?』

 「じゅ、16ですけど・・・」


 いきなりどうして歳を聞いてくるのだろうと少女は怪訝に思ったが、まず責任者に合わせてもらうにはこの子の機嫌を損ねるわけにもいかないだろうと考え、素直に答えた。

 すると、相手は少し間を置いてから困ったように告げた。


 『やっぱりそのくらいか・・・困ったなぁ。よろずやの依頼は嬉しいけど~、あの子に悪い虫がついたら嫌だし~』

 「虫?」


 相手の意図がまったく分からない、どうして年齢を答えたら虫などという言葉が出てくるのだろうか。しかしそれでも依頼を断られるわけにはいかないのだ、引き下がるわけにはいかない。

 少女は、相手から見えるはずもないのに頭を下げてもう一度請う。


 「お願いします!とにかく責任者様に会わせて下さい!」

 『う、うぅ~ん・・・どうしようかなぁ~・・・』


 機嫌を損ねたわけではないだろう、むしろ断り辛そうな声のトーンだった。

 では、何故このように困っているのだろうか。いやそもそも、依頼の内容を聞いたわけでもないのに断ろうとする理由が分からない。

 そして少女がとにもかくにも、もう一度頭を下げてお願いをしようとした時だった。


 『こら、泉!何をまた勝手に依頼を断ろうとしているんだ!』


 女の子とはまた別の、自分と同じくらいの年頃であろう男の声がインターホンから届いた。

 それに対し受け答えていた女の子は怒ったような、そしてどこか楽しそうな声で言い返す。


 『あ、呼び捨てにしたなぁ~っ!?』

 『当たり前だ!いいから代われ!』

 『駄目~っ』

 『おいこら!』


 プツン!


 いきなりの掛け合いと共にインターホンはぷっつりと切れてしまった。

 突然の騒動に唖然とする少女、しかしすぐに正気に戻る。


 「ちょ・・・ちょちょ、ちょっとぉっ!?」


 彼女からしたら、訳の分からないまま断られる結果になっては堪ったものではないし、怒りだって覚える。大慌ててですぐさま呼び鈴を数度押すが反応が無いのを確認するや否や、戸を強くぶっ叩いてやろうとしてその華奢な腕を振り上げた。


 ガラッ!


 その時、目の前の引き戸が勢いよく開けられ、中からは少女と同じくらいの歳の少年が慌て顔で飛び出してきた・・・そう、いきなり飛び出してきたのだ。


 ガンっ!


 「あっ!!?」

 「いっだぁっ!?」


 お約束である。

 少女の戸を強くノックしようとした拳が、少年の顔を真正面から捉えた。


 「ご、ごめんなさいっ!」

 「いたた・・・こ、こちらこそ、あんな対応させてしまい申し訳ありません」


 少年は、いくら少女の拳だろうともまったく予想だにしていなかったからかなり痛かったようで叩かれた箇所をさすりながらも、逆に女の子の無礼を謝った。


 「すみません、アレには後で言って聞かせておきますので・・・よろずやへの依頼ですよね?であれば、立ち話ともいかないと思いますので、中にお入りください」

 「は、はい」


 少年はアルバイトか何かだろうか、その少し物憂げではあるものの人当たりの良さそうな笑顔と丁寧な物腰に、少女はどうしてか安心した。

 彼の背は少し高めで180前後といったところで、そして体つきは細身ではあるが季節柄薄着である服の上からもはっきりと分かるくらいに引き締まっている。

 顔は、まだ幼さの残る顔つきではあるが整っており・・・どこか、愁いを帯びていた。


 「こちらにどうぞ。すぐにお茶をお出しします」

 「あ、お構いなく」


 お店の客席ではなく、住居の客間に案内された少女は少々驚いていた。古民家の中は外見とは異なり、非常に綺麗で落ち着いている印象を受けたからだ。

 床の間には、読めないがきっと良いものなのだろう力強い文字が書かれた掛け軸が壁に掛けられており、そして失礼ではあるがさきほどの少年や女の子が手掛けたとは決して思えないとても綺麗でいい香りのする生け花が飾ってある。そして、なげしに掛けられている数多い写真と肖像画は、先祖代々のものだろうか・・・少年の面影を感じるものもある、彼は一族の者なのかもしれない。

 敷かれた座布団に正座をしながら眺めた客間は、少女にここが間違いなく旧家であることをうかがわせた。


 カラ・・・


 少しするとふすまが開けられ、少年がおぼんにお茶と菓子を載せて戻ってきた。


 「どうぞ」

 「あ、どうも」


 これには少々驚いた少女。理由は簡単である、きっとこれらは先程インターホンで対応していたお手伝いの女の子が持ってくると思っていたからだ。しかも彼の所作は綺麗だった。

 少年は少女が考えていることに気が付いたのか、苦笑いを浮かべて言った。


 「アレはお手伝いなんていいものじゃないですよ、邪魔してばかりの疫病神です・・・」


 かなり酷い言い様ではあるが、それはきっと親しいから出来るだろうことは彼の穏やかな瞳の色から明らかだった。


 「あの、それで依頼の内容なんですけど・・・これは直接、責任者様にお話したいんです。すみませんが、呼んで頂けますか?」


 少年が少女と向かい合う場所に腰を下ろしたので依頼内容をまずは彼が聞くのだろう、そう思った少女はそれで断られるわけにはいかないので、いきなりこのように切り出したのだ。

 すると、少年は一瞬びっくりしたように目を丸くしたが、すぐに押し殺したように笑う。これには出来る限り腰を低くし続けていた少女もムッとした。


 「な、なんで笑うんですか!?」


 元来は活発で強気な少女だ、まだ相手がずっと年上の見るからに人生経験豊富そうな人ならば我慢も出来るだろう。しかし、目の前で笑っているのは自分とほとんど同じくらいの少年なものだから堪忍袋の緒も切れる。

 ましてや、少女の怒ったような声に対してますます笑いを苦しそうなまでに大きくしているのならば。


 「そ、それは、だって・・・」

 「あなたでは話になりません!早く責任者様を呼んで下さい!」


 声を大にして言う。

 おそらくこの少年は機嫌を損ねたくらいで依頼を勝手に断ることは無いと判断したからだ、それはインターホンで女の子に言っていた言葉からも予想出来たろう。

 しかし、少年は尚一層笑いながら驚きの言葉を口にした。


 「呼ぶも何も・・・俺がそうですよ」

 「・・・・・・は?」

 「聞こえませんでした?俺が責任者。【喫茶ひばり】兼【よろずやひばり】責任者、雲雀 紫宿(ひばり しすく)。高校二年、17歳です」


 ニコッと営業スマイルを見せた彼の言葉は、少女にはにわかに信じがたい。

 常識で考えて、責任者なんてものは人生経験をたくさん積んだ、結構な歳を食った人だろう、或いは如何にも仕事の出来そうなギラギラした人だ。

 ところが目の前の少年は、どこにでもいそうな普通の少年だった。


 「まあ、あっさりと信じられなくても無理はないですよ。大抵どの依頼人も驚きます」

 「そ、そりゃあ・・・私より一つ上ってだけなのに責任者なんて・・・」


 そこまで言ったところで紫宿が急に表情を引き締めた。

 すると気のせいか、辺りの空気まで急に張り詰めた緊迫したものになった気がした少女は思わず息を飲んだ。


 「だけど舐めてもらっては困ります。これでも同業者で俺を知らない者はいません」

 「え・・・」

 「何を可愛い女の子の前だからって、嘘ばっかり言ってるかな~、紫宿?」


 紫宿が胸を張ったところで、茶化す様にいつの間にか部屋の入り口のところにいた女の子が口にした。彼女がおそらく先程のインターホンの女の子だろう。

 紫宿の言葉が嘘、などと言われて少女は不安になる。


 「嘘・・・なんですか?」

 「違います、まともな同業者が少ないだけです。こら泉、変なことを言うな!」

 「あ、また呼び捨てだぁ~っ」


 泉と呼ばれた女の子は、なんとも不思議な印象を受ける。

 見た目ははっきり言って間違いなく子供、明らかに少女より年下だろう。しかしその身にまとう空気はとてもそうではなく、場合によっては年上でないかとも思わせるものを持っていた。

 くりくりとした大きな瞳は、ぽえんとして何を考えているのか分からない様子ではあるが、その色は奥が深そうで掴みどころが無いように感じる。

 だがやはり、遊びやいたずらが好きな可愛い少女なのだろう容姿なのだ。

 そして何より・・・そこにいるのにいないような感覚があった。


 「あのな、依頼人の前だぞ。もう少しだな・・・」

 「うるさい、馬鹿紫宿」

 「何っ!?」

 「文句あるか?お姉ちゃんだぞ~っ」

 「・・・・・・え?」


 今、確かに泉は“お姉ちゃん”と言った。

 掛け合いをしているのが紫宿と泉の二人であるこの場合、受け取れる意味は非常に限定的だ。それはとても信じられるようなことではないが。少女は当然戸惑った。


 「え、え?」

 「・・・ああ、ええと、一応コレは俺の姉さん。雲雀 泉(ひばり いずみ)・・・18になります」


 ひょっとすると今日の内でもっとも少女が驚いたのは、この事実ではなかろうか。この二人が兄と妹ならば話は分かる、しかしその逆の姉と弟なのだ。

 それを紫宿の口から告げられた。これが泉の口からならば冗談や年上に見られたい年頃なのだろうと思えただろうが、丁寧な口調に戻った紫宿がそんな嘘をつくはずが無いことは少女にもすでに分かっている。

 だから彼女は口をポカンと開けたまま、固まってしまった。


 「口の開けっ放しはみっともないですよ。せっかく可愛いのにもったいない」


 そう言われて正気に戻り、慌てて口を閉じる少女。

 しかし、それはまたもっと激しい衝撃によりそれどころではなくなるのだ。


 「もう、どうしていつもいつも紫宿はお姉ちゃんを子ども扱いするかな~?」

 「しょうがないだろ、見た目がそれなんだから」

 「うるさい。お姉ちゃんだぞ~!」

 「そう言われてもな・・・生きていれば18なんだろうけど、姿は13のままだからなぁ」

 「・・・?」


 さらりと紫宿は言ったが、少女の耳にははっきりと届いていた。

 “生きていれば”―――その言葉が意味することは。


 「・・・あ」


 少女の視線は泉の足元、確かに泉は浮いていた。

 ふよふよと、それはまるで幽霊のように・・・いや、幽霊そのままだ。

 無論、現代に生きる少女の思考は停止する。

 それから少しして思考が動き出したとき、少女がどうなるかはお分かりだろう。


 「き・・・・・・きゃああああぁぁぁぁぁぁっっっ!」

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