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武骨な悪役令嬢は敵国の皇太子と恋に落ちる

作者: てんきどう

バラが咲き誇る公園へ行って感動しました。

こんな美しい公園が出てくるお話があったらいいな、と出来た物語です。

楽しんでいただけたら嬉しいです。


よろしくお願いします。



「フィオラ・フロンティエラ辺境伯令嬢! 貴様との婚約を破棄する! おまえのような悪女をわが妃に迎えることはできない!」 


 スチュピード・フル・イデイオッツ王太子が、鼻息も荒く叫んだ。左目下にあるホクロが魅力的な美青年である。


 着飾った紳士淑女が多勢いる、華やかな王宮のパーティーでの真っ最中のことだ。

 楽団は演奏を取り止め、会場は静まり返った。

 彼の腕には、男爵令嬢で聖女アリア・ベルがくっついている。


 会場にいる貴族達は、スチュピードに名指しされた令嬢を見つめた。

 そこには、大きな分厚い眼鏡に結い上げられた灰色の髪、地味なドレス姿の令嬢がうつむいている。


「おまえが、愛らしいアリアを苛めていたのは知っているぞ! なんと恐ろしい女だ!」

「スチュピード様……!」


 王太子と男爵令嬢は、見つめ合い抱き合った。

 貴族達は戸惑った。

 王家と国一番の武力を誇る辺境伯との間に、亀裂が入ったのだから。

 どう振る舞うのが得になるのか、素早く頭の中で計算を始めた。


 

 突然、会場の温度が一気に下がった。

 窓が閉められているのに、冷たい風が吹き荒れ始める。

 蝋燭が消えて、一気に暗くなった。

 会場にいる者達は、寒さに震え上がり恐怖で悲鳴をあげた。




「………は!?」


 気弱そうなフィオラ嬢から、ドスの効いた低い声が漏れ出る。冷たい魔力の風が、彼女から吹き出していた。

 会場にいる者達は、その迫力に驚いた。

 彼女はさらに呟く。


「この馬鹿息子が……! 陛下が泣いて懇願するから、婚約して様子を見ていたのに……」


 フィオラ嬢は、とても怒っている。

 怒りで頭がぐらぐらして、淑女としての行動が吹き飛んでしまっていた。

 魔力が漏れ出し、会場のあちこちを凍りつかせている。

 彼女は、カツカツとヒールの音をたてながら王太子達に近づいた。

 彼女からあふれ出る怒りに圧倒されて、誰も動けなかった。


 スチュピードは慌てる。

 フィオラは、いつも三歩下がった所から見ているだけのおとなしい婚約者だったのだから。


「馬鹿っ! 近づくなっ!」


 彼の叫びも空しく、フィオラは彼の頭をガツッとわしづかみにした。

 そして、ゆっくりと彼を持ち上げたのだ。

 ミシミシと頭がきしむ音がする。

 スチュピードは痛みと恐怖で抵抗もできない。

 男爵令嬢も取り巻きも、驚き固まっている。


「あ……が……」

「婚約破棄? 上等だ! 承ってやろう。それでいいな? 陛下」



 フィオラは、ゆっくりと振りかえる。

パーティー会場の後ろの方で、この国の王が青ざめてコクコクと頷いていた。

 騒ぎを聞き付けて、駆けつけたらしい。

 フィオラは、スチュピードを投げ捨てた。

 彼は、あまりの出来事に気絶してしまった。

 彼女はくるりと振り返ると、いつもの静かな動きではなく軍人のように勢い良く歩きだした。

 

この婚約は、王家からのたっての願いだった。

 本当ならフィオラは家門の後継ぎだった。

 そう育てられてきた。

 兄も居るのだが、平和主義者で神職に進んでしまったのだ。

 頼りにならない兄の代わりに、フィオラは、自分よりも強い男と結婚しろと言われ続け鍛えられてきた。


 それなのに、王太子の婚約者になってしまった。

 隣国との関係が悪化したために、軍事強化目的の婚約だ。

 フィオラは嫌だったが、王に泣いて頼まれた。

大型魔獣と戦ったこともない、貧弱で女遊びばかりするスチュピード王太子とだ。


 それでも、これが王太子である。

 彼女は遊び呆ける彼の代わりに、王宮内の各部署をこまめに周り仕事をこなしてきた。

 これも王子妃の義務だと王妃教育で教えられたから。

 言われるがままにおとなしくしていた。

国のためだと、全てを諦めて働いていた。

 ……それが全部無駄になった。



 イライラした彼女は、足元に絡み付くドレスが気になり、片方の眉をあげる。


「こんなもの着ていられるか」


 分厚い眼鏡を外し、結い上げた髪を手でバサバサとほぐす。動きやすいようにドレスを引き裂いた。

 すると、魂を吸い取られるような冷たい美貌の女性が現れた。

 冬の夜空の月のような深い金の瞳、きらめく長い銀髪がふわりと流れ落ちた。

 

 分厚い眼鏡は、常に身に付けろと父に渡されたものだ。

 認識阻害の魔道具である。

 勘違いした王子に、傷物にされた挙句捨てられてはいけないという親心からであった。


 淑女達は、突然現れた凛々しい美貌にキャー! と歓声をあげる。

 紳士達は、ドレスを切り裂いた彼女の姿に手で目を覆う。

 しかし、指の間から美しく均整のとれた肢体をガン見している。


フィオラの侍女が、ささっと近づいてきた。

 そして大判のストールをふわりと彼女にかける。手慣れている。

 フィオラは、彼女が己の失敗をフォローしてくれたと気づいた。

 彼女にとっては、いつもの姿になっただけなのだが、パーティー会場では場違いである。

フィオラは、照れ臭そうに微笑んで感謝した。


「助かる」


フィオラは去り際に、アリアの方を向く。


「お嬢さん」

「は、はは、はいっ」


アリアは頬を染めて答えた。

フィオラは、優しい笑みを浮かべる。


「初めまして。まあ、こんなクズ男で大変な苦労をされるだろうが、御身を大事にな」

「は、はい……。素敵…………」


アリアは、フィオラの笑顔と美しさに見とれてしまった。



 国王はスチュピードに歩み寄ると、息子を殴り出す。

 スチュピードは慌てて飛び起きた。


「この馬鹿息子っ! あれほど彼女を怒らせるなと言ったのに……!!」

「ち、父上!? 」

「この国は終わりだっ」

「なぜ!? 私を庇ってくださらぬのですか!? 私は王太子ですよ!?」

「大局を見抜けぬ馬鹿に、王太子をまかせてしまったな……。貴様は廃嫡だ!」


国王はぐったりと疲れて、スチュピードを振り返ることなく歩き去っていった。

スチュピードは、愛しいアリアを抱きしめる。


「アリア! 父上が酷いんだ!」

「 王太子でなくなった貴方に興味はないわ。もう美しさを感じないの」

「え!? なぜ!?」

「やっぱりイージーモードは駄目ね。中身がなくてつまらないわ。それに比べて……フィオラ様―!!」

「えええ!?」


アリアはスチュピードのことなど忘れたかのように、会場を走り去ってしまう。

あまりの出来事に、スチュピードは会場に座り込んでしまった。

どうすることもできず、放心していた。


 そして、貴族達はフロンティエラ辺境伯が有利と考えた。

 彼等は、この事件を家門に伝えるために急ぎ帰宅したのだった。




★★★★★



「やってしまった……」

「あははははは!」


パーティー直後、王都から辺境伯領へ馬で向かう一行がいた。

 その一行から、女性の笑い声が響き渡る。

 フィオラと侍女ヴェリテが、談笑しているのだ。

 護衛をしている騎士達も、含み笑いをしていた。


「いつまで笑ってるんだよ。ヴェリテ」

「だっておまえ……。くーっくっくっく。王太子のあの顔見たか!? すげーマヌケ面……! あーはっはっはっ」

「あー……さすがに不味いよな……。お父様、怒るだろうなあ……。どうしよ……」


二人は幼馴染みで、公式の場以外は、こうやって身分を気にせず気さくに話をしている。

フィオラは、海の底よりも深く落ちこんでいた。


「失敗したなあ……。お父様をがっかりさせちゃうなあ。だから、私は王太子妃に向いてないって言ったんだけどなあ」

「領地じゃ、荒くれどもに混じって魔獣討伐が日課だったからなあ」

「そうなんだよね。私より強い男を婿にしろ! が皆の口グセだった」

「よく頑張ってたよ。2年間もさ。慣れない貴族の学校と王宮で。ご長男のフラテロ様が神職の道を進まれたから。おまえが後継ぎだって、皆思ってたんだよ」

「ありがとう……」


 フィオラは、ヴェリテの優しい言葉に気持ちが和む。

今夜の婚約破棄事件で、いろいろと問題が起こることが予想された。王宮が何か手を打って身動きがとれなくなる前に、辺境伯領へ移動することにしたのだ。

そして、父に報告と相談をしなければいけない。

最低限の休みをとりながら、急ぎ辺境伯領へ到着した。


父親のパドレ•フロンティエラ辺境伯が出迎えてくれる。

フィオラと同じ銀髪金目で、細マッチョの渋い男性だ。武勇で有名である。


辺境伯領は北の方にあり、魔獣の出る森を境にして、隣国と長年争いが絶えない地だ。

父は国のためにとフィオナを信頼して、王子妃として送り出してくれたのだ。

なのに、怒りで婚約破棄を受け入れてしまった。

もっと上手く交渉できたかもしれないのに。


 フィオナは手が震える。

 敬愛する父に嫌われたらどうしよう。

 信頼を失なってしまったら……。

 フィオラが絞り出すように言えた言葉は、一言だった。


「ごめん……」

「苦労をかけたな。ゆっくり休んでくれ」

「お父様……」

「いつ滅ぼされるか分からない辺境伯にいるよりも、安全な王宮でいる方がいいと思っていたんだが……。かえって辛い思いをさせてしまったな」

 

 パドレのあたたかい労いの言葉に、フィオラは涙がこぼれた。

 嬉しかった。

 暖かく出迎えてくれる人がいることが、安心して帰れる場所があることが。

 パドレはポンポンと娘の頭を優しく叩く。


「よく頑張った」

「……いいの?」


 フィオラは、涙ぐんで照れくさそうに微笑んだ。

 騎士達も暖かく声をかけてきてくれた。


「ほーんと。3日もたないと思ってたのに」

「2年ももつなんてなあ」

「全員賭けが外れたよ」

「……賭けって何……?」


 侍女のヴェリテが、フィオラの後ろで笑いをこらえている。

 この婚約は初めから無理だと、皆に思われていたらしい。

 フィオラは怒って、騎士達をポカポカと叩いて追いかけ始めた。

 騎士達は、笑いながら逃げ回った。

 彼らにとって、大切な姫君が帰ってきたのだ。嬉しくないわけがなかった。

 王族との面倒な交渉が、これからあるだろう。それでも、皆、暖かくフィオラ達を迎えてくれたのだ。




 その後、フィオラは領地の資料や武具を抱えて、部屋に引きこもる。

領地の資料を読みこみ、動きやすい服に着替えて、体のトレーニングを始める。

王宮暮らしで、体がすっかり鈍ってしまった。

少しでも早く、辺境伯領の役に立てるようになりたかった。


王宮暮らしは辛く苦しいものだった。

スチュピードはもてた。本気になる女性も多く、常に10人はキープしていた。

 そして、飽きたらすぐに捨ててしまう男だった。

フィオラが、彼女達にいくら忠告しても信じてもらえなかった。

 むしろ悪役令嬢と悪評をたてられてしまったのだ。



 その後、パドレが兵を率いて王都に乗り込んで王達と話し合った。

スチュピードとの婚約は、彼の有責で破棄されることになった。

彼の放蕩ぶりは、問題になっていたらしい。

慰謝料も払われ、王家とフロンティエラ辺境伯は、これ以上問題にしないことを書面で確約した。


 元王太子は廃嫡され、男爵位を授かって僻地で療養中になった。

彼の恋人達は、廃嫡と同時に全員去った。

アリアは行方不明だ。苛め云々自体が立ち消えた。

 彼が復権を願っているという噂も聞こえてきた。

 


フィオラには、他の貴族達から、お茶会やお見合いの話があふれるように届きだした。

父パドレは、娘は傷心で療養中として断り続けている。



「また釣書と肖像画が山盛りで届いてるぞ。フィオラお嬢」

「私は傷心で療養中だ」

「はっ、誰が信じるんだよ。くっくっく」

「笑いすぎだろ」


フィオラが部屋でトレーニングしながら、ヴェリテと談笑している。

足音が聞こえてきた。扉が勢いよく開かれる。

 パドレが現れた。

 王都の貴族のように、ノックや声がけはしない。

 ここでは、これが当たり前だった。


「愛しい娘よ! 茶会の用意をした。楽しもう!」

「飲み会の間違いでしょ」


 メイドや侍従が、ワインやチーズ、ウィンナー、ミートパイ、揚げた芋などを大量に運んでくる。

 紅茶と菓子は、申し訳なさそうに端っこに置かれた。

 ワインで乾杯をすると、含み笑いをして父が聞いてきた。


「おまえの“お土産”は、いつ頃届く?」

「王都からここまで馬車で一週間。そろそろ着く頃だよ」

「抜かりはないな?」

「もちろん。ちゃんと目立たないようにやったよ。トップの実力者に疎まれてて、くすぶってる真面目な技術者達を引き抜いてきたよ」


 フィオラは、この地を旅立つ時に父親に頼まれたことがある。

 辺境伯領で不足している技術者達を見つけ、この地に送ってほしいと。

 フィオラは王子妃教育のかたわら、王都中を丹念に見てまわったのだ。

 そして、実力はあるのに芽がでない技術者に繋がりを作った。

 王都を引き上げる時、彼らに手紙を送っていた。

 衣食住つきで辺境伯領で働かないかと。慣れれば、家族も呼んでいいと。

 良い返事はもらってある。

パドレは喜んだ。


「よくやった! フィオラ! この北の地では技術者は育たぬ。正式に依頼すれば、足元を見て威張りくさりおって。これで、この地でも産業を育てることができる」

「少しでも役に立てて良かった」


 王家との婚約が駄目になったことで、共同で進めていたいくつかの事業が駄目になっている。

慰謝料は払われるが、領地の発展を考えると頭が痛い。

 それでも、皆フィオラをこんなにも暖かく迎え入れてくれのだ。

フィオラは、胸が熱くなって涙ぐむ。


 皆がくれたこの暖かさを、私は返していけるだろうか。

 この胸の中にあふれる想いを、私の大切な人達へ……。




翌日、職人達が辺境伯領へ到着した。

 フィオラは、到着した職人達を出迎える。

 その中に地味な印象の青年がいた。茶髪茶眼でよくあるタイプなのだが、フィオラは彼が気になったのだ。


(あれ? 職人達の中にこんな奴いたかな……? 見覚えはあるんだが……)


フィオラが見つめていると、青年は赤面して自己紹介をする。


「ミミクリと申します。フィオラお嬢様。この度は、過酷な職場からの引き抜きに心から感謝いたします」

「あ……うん。来てくれてありがとう。これから、よろしくね」

「はい」


 話を聞いてみると、職人達の血縁者らしい。

丁寧な物腰と柔らかな笑顔が、印象的だ。

 人の世話が上手く、ここへ来る道中で技術者の世話役になったらしい。

 経歴に違和感はなかった。


フィオラは、技術者達を用意してあった住居へ案内する。

辺境伯領は冬の間雪に閉ざされる。建物は、防寒対策で壁が厚く、過ごしやすいように造られている。

彼らの家族ごとに家を割り当て、食料も配布することになっていると説明をした。


技術者達は予想以上の扱いのよさに喜んだ。

 狭い部屋に閉じ込められて、こき使われることも覚悟していたらしい。

案内と説明が終わると、フィオラはまた様子を見に来ると言って、彼らと別れた。


 立ち去るフィオラを、ミミクリはずっと熱い視線で見つめていた。



 フィオラは、1日1回職人達を見回る。不便なことや困ったことはないかを聞いて回るのだ。

 早くこの土地に慣れてもらって、仕事を順調にやってもらうためだ。


 その度に、ミミクリはフィオラに魔力で作ったピンクのバラを贈ってきた。


「どうぞ。お嬢様」

「見事だな。美しい。魔力で作ったとは思えない」

「その花の花言葉は“感謝”なのです。私はお嬢様との出会いに感謝しています」

「ありがと……」


 フィオラは、どうにも気恥ずかしくて照れてしまう。

 婚約していた時でも、一度も花を贈られたことなどなかった。


「こんな可愛いものが似合うタイプじゃないんだが……嬉しいよ」

「お似合いですよ。フィオラお嬢様」


フィオラの部屋に、彼からもらったバラがたまっていく。

 それを見ると、フィオラは胸の中がポカポカと暖かくなるのを感じた。




 ある日、フィオラは父の執務室に呼ばれる。

 職人達のまとめ役のミミクリも一緒だ。

 パドレは、2人を見るとにっこり笑って言った。


「フィオラとミミクリ達に、領地の為になるものを造れるか課題を与えよう」

「課題ですか?」

「ああ。おまえ達が役に立つという実績を示してもらいたい。民も楽しめるバラ園を作ってほしい」


 フィオラは思い出した。

バラは、亡き母が好きだった花だ。

 母は暖地の貴族出身で、辺境の寒さに耐えきれず、フィオラがまだ幼い頃に流行病で亡くなった。

 政略結婚だが、父と仲は良かったらしい。

 バラを好んだそうで、母の肖像画にはたくさんのバラが描き込まれている。

 意外にロマンチストな父に、フィオラは笑顔で答えた。


「分かりました。職人達と相談してバラ園を造ってみせます」

「火と風の魔石を利用すれば可能だと思います。地面を暖めて、暖めた空気を逃さず循環させれば、バラを年中咲かせられるかと」


 魔石を利用して、温室効果を造ろうというのだ。

 パドレはミミクリの言葉に、深く頷く。


「面白いな。やってみろ」

「「はい!」」


 2人は職人達と話し合い、設計図を書き上げ造園に取り組んだ。

 完成すれば、観光地として領地の活性化に繋がるだろう。

 フィオラは、なんとしても成功させたかった。


 ミミクリは、相談相手として最高だった。

 博識で、どんどん面白いアイデアを出してくれる。 

 困った案件も一緒に考えてくれる。

 難しい交渉事にも付き合ってくれた。


 バラ園の建築が始まった。

フィオラは、嬉しくて幸せな気持ちでいっぱいになる。

 これならば、父の期待以上のものができる。

後継ぎとして、領地を発展させていくのが責務だ。

 今回の課題で、一人でできることなど本当に少ないと痛感した。


  ミミクリほど、安心して頼りになる人は初めてだった。

 できることならずっと一緒にいてほしいと、フィオラは思った。


でも、この気持ちをどう伝えればいいのか全く分からなくて困ってしまった。

 父の教えのように、拳で語りあうのは違うような気がする。





 秋も深まり朝晩の冷え込みが厳しくなってきた頃、兄フラテロが聖教会から帰って来た。

 彼はフィオラと同じ銀髪金目である。

そしてなんと兄は、元婚約者のスチュピードを連れていたのだ。

 

 辺境伯家は大騒ぎになった。

パドレは怒り狂い、フラテロと大喧嘩を始めてしまう。

スチュピードは、とりあえず客間に通されて見張りをつけられた。


「この馬鹿息子!! 宿敵であるスチュピードを連れてきてどうする!?」

「彼から仲介を依頼する手紙をいただいたのです! 彼とまず対話を! いきなり武力で脅してはいけません! 心がついていかなければ、このような事件はまた再発するでしょう!」

「……まずは形だけでも平穏を。それから、武力によるパワーバランスで取り決めをする。それが武力を使うものの心得だろう。相変わらず、おまえは甘すぎる……!!」

「お言葉ですが、それでは人心は変わりません……!!」


 2人の話し合いは、どんどん白熱していった。

 あまりにお互いに折れないので、頭に血がのぼって掴み合いになった。

スチュピードは、客室で退屈そうに欠伸をしている。


 騒ぎを聞きつけたフィオラが、2人の喧嘩を止めに部屋に飛び込んできた。

 2人の間に割って入る。


「喧嘩はやめて!」

「「フィオラ」」

「2人とも、本当に頑固だから!」


 手が出る前に止められてよかったと、フィオラは思った。

この2人は、いつもこうなのだ。

 お互いに頑固すぎて、主義主張を決して曲げない。

 2人の主張の落としどころを探して、フィオラは昔から苦労していた。


「こいつが連れてきたアホをどうする? フィオラ」

「久しぶりだ。フィオラ。まずは彼と対話をしよう。僕が付いていてあげるから」

「……彼は兄の客人として扱おうと思います。それから、今会ったら私は頭が真っ白になって、彼を殴り倒してしまいます。だから対話しません」


フィオラは、頭を抱え込んで答えた。

冷静に話合いが出来るほど、まだ心の整理はついていないのだ。


「そうだな。フィオラには時間が必要だ。あのアホは、最低限の扱いで部屋に閉じ込めておけ。食事も一人でとらせろ。フラテロもそれでいいな」

「うう……! フィオラの心の傷がまだ癒されていないのなら、それでいいです……」

「そうしてもらえると助かる。ありがとう、お父様。お兄様も久しぶりに会えて嬉しいよ」

「僕もだよ」


フラテロもフィオラには優しい。仲良し兄妹である。

 フィオラとフラテロは、抱擁した。

 問題を連れ帰ったが、会えて嬉しかった。

 彼らはそれぞれの道で第一人者である。敬愛できる家族なのだ。



 スチュピードは、辺境伯邸の一室に軟禁されてしまった。

 聖教会で司教をしているフラテロに手紙で頼んで、連れてきてもらったのだ。 

 おとなしかったフィオラに会えば、こっちの思い通りにできると考えていたのだ。

 スチュピードは、怒って悪態を吐き続けた。


「フィオラを出せ! あのグズ女を出せと言ってるんだ!」


 メイドや見張りの騎士は、無視している。

だが、だんだん怒りがこみあげてきた。

 彼らにとって、フィオラは大切な姫君でいい上司なのだ。

侍女のヴェリテは、この事態を知っていた。

しかし、忙しいフィオラにその事を伝える気にはなれなかった。

後継ぎとして認められるための大事な事業で忙しいのだから。資金繰り、働き手の確保、職人達や働き手の生活の世話、地元の者達と移住してきた者達とがうまくやっていけるように話合いのために、毎日走り回っていた。

しかし、スチュピードの態度は腹が立って仕方ない。

 ついにヴェリテが 辺境伯に訴えた。


「旦那様。お嬢が出る必要はない。私達で始末しておきますが」

「王宮にも問い合わせたんだがな、一応な。好きにしていいと返事がきたよ」

「フラテロ様はなんて言ってます?」

「アホのことを忘れてるんじゃないかなあ。あいつも、なんだかんだいってフィオラを溺愛してるから。フラテロは世間の機微が苦手というか、領地経営に向いていないんだよな……」

「最高に優秀なお嫁さんをフラテロ様にお迎えするか、フィオラ様が強くて優秀な婿をとるか、ですよね」


ヴェリテは苦笑いをした。

 彼女は、パドレもスチュピードを始末したいと解釈する。


「娘の婿になる男は、彼女より強くなければ駄目だ。この領地と彼女を守り、魔獣と戦い、隣国と戦うことになっても勝てる男でなければいけない」

「旦那様のお眼鏡にかなう男なんているんですかね」

「なかなかいないから、困っている」


 パドレとヴェリテは、笑いあうのだった。



 フィオラは、この事態を知り、驚いた。

 スチュピードとの話し合いを先延ばしにしていたら処刑寸前になっていたのだから。

 彼女はヴェリテに伝える。


「待て。彼とは一度も本気で話し合ったことがない。これが最後のチャンスかもしれない」


ヴェリテは、フィオラの優しさを甘いとも思うが嫌いではなかった。

フィオラの気持ちを優先する。


「話し合いは何になさいますか」

「拳で語り合うよ」


  拳で語り合うことは止められなかった。

しかし、周りの者達に心配されたフィオラは、兜つきの全身フル装備でスチュピードと対峙することになった。

兵士たちの訓練場で、フィオラとスチュピードは会う。

周りは見物人であふれている。


「お久しぶりです。王太子様。いえ、今はただのスチュピードでしたね……」

「ようやく会えたか! さっさと婚約を戻して俺を王太子にしろ!」

「……は? イヤです」

「フィオラは優しくておとなしいだけの女だった。だから、俺が何をしても言っても、全部我慢して許してくれるんだろう! ずっとそうだったじゃないか!」

「……私は貴方が大嫌いでした」

「はあ?」


フィオラは、彼の対話にすらならない一方的な言い方に、頭が痛くなってきた。


「初めてお会いした時、『こんな女と結婚するなんて冗談じゃない』と仰られましたね。交流会であるお茶会では、いつも他の女性達が4〜5人はいて、私の席はありませんでした」

「そうだったな」

「同伴が義務のパーティではドレスを贈られるどころか、私に仕事を言いつけて女性達とお楽しみでしたね」

「……悪かったよ。おまえは優しいから許してくれるだろ?」

「いいえ」

「なんだと!? 俺が下手に出てやればつけ上がりやがって!!」


 スチュピードは、大声で怒鳴って威嚇してきた。

 フィオラは、これは魔獣と同じだと感じる。

 自分を強く大きく見せて、相手を屈服させようとするのだ。

屈服すれば、相手はそれで上手くいくと学んで繰り返すようになる。

 怖がらずに、ちゃんと自分の感じたことを伝えなければいけない。


「私は、貴方を気持ち悪いと思っていました。ですから、話し合うことからも逃げました。無視される方が楽だったのです。でも、それは間違っていたと思いました」

「……き、気持ち悪かったのか? 俺のこと!?」

「はい、とても。ですが、どんなに気持ちの悪い魔獣が相手でも、逃げてばかりでは倒せません。被害が広がるばかりです。ちゃんと向き合って、語りあうべきだったのです。……拳で」

「ちょっと待て! なぜそこで拳で語りあう必要がある?」

「我が家の流儀なのです。私が結婚する方は、私よりも強くなくてはなりません。貴方が勝てば、間違っていたのは私」


 フル装備のフィオラは、ふわりとジャンプすると軽やかにスチュピードの前に着地した。

 そしてそのまま、彼の腹に拳を叩き込んだ。


「ご自慢のお顔は、なるべく攻撃を避けてあげます」

「がはっ……」


 フィオラは攻撃を続けた。

 思えば、スチュピードとこんなに話をするのは初めてである。

 2年も婚約者だったのに。

 フィオラは連続で拳を叩き込む。


「体勢が崩れてますよ。体幹の鍛え方が甘いです」

「おまえ……俺にこんな事を……して……」

「辺境伯令嬢が無礼者の男爵と戦う。何が問題でしょう?」

「なん…ゴフッ……だと……」

「むしろ感謝してほしいです。貴方の暴言に、うちの者達が怒り狂っています。私が相手をしなかったら、貴方は拷問にかけられて打ち捨てられてたんですから」

「……!!!」

「気づかなかったんですか? 相変わらず困った方だ」


 スチュピードは、慌てて周りを見渡した。

 周りにいる者達は、殺気のこもった目で自分を睨んでいる。

 親指を下に突き立て、やってしまえとフィオラを応援している。


 今、やっと彼は理解した。

 自分はアウェイな場所に来て、彼らの大事な姫君を罵倒し続けていたのだと。


「俺は悪くない! 悪いのは父上だ! お前だって悪い! 不満があるなら、ちゃんと言えば良かったんだ! 昔のことを根に持ちやがって……!」


 それを聞いたフィオラは、渾身の力を右手にこめてスチュピードをぶっ飛ばした。


「私は口下手なんです! おとなしくしていたのは、それが王子妃の仕事だと思いこんでいたからです! もっと早くに拳で語り合えば良かったです。そうすれば、人をそんな風に扱うのはよくないと伝えられたのに。おとなしくて優しいから、冤罪をきせて悪者に仕立て上げても我慢してると思われた? とても残念です!」


 フィオラは怒っている。

 スチュピードは氷の魔力のこもった拳で殴られ続けた。

 彼は、フィオラを怒らせると恐いと初めて実感した。

彼の父が、フィオラを怒らせるなと言った意味が分かった。遅すぎである。

 

 スチュピードは不意打ちを思いついた。

 フィオラは氷系魔法が得意だ。 

 そして彼は、王家の秘宝の炎の魔石を隠し持っている。

 

 スチュピードは、魔石を掴むとフィオラに向かって炎の魔力を叩きつけた。

 いくらフル装備でも、全身炎に包まればひとたまりもないだろう。

 弱ったフィオラを人質にして、ここの人達に言うことを聞かせようと考えた。



 スチュピードとフィオラの間に、誰かが飛び込んできた。

ミミクリだ。

 いち早く気づいてフィオラを庇ったのだ。

 炎は、ミミクリを直撃する。

 フィオラは呆気にとられた。

次の瞬間、我に返ると、最大の魔力をスチュピードに叩き込んだ。

 スチュピードは氷の柱に閉じ込められてしまう。

 勝負に決着がついた。



 フィオラの瞳から涙が溢れる。

 ミミクリは、火傷を負いながらも意識はあった。


「怪我してるじゃないか! 私を庇って!」

「名誉の負傷です」


 フィオラは、カーッと顔が赤く染まった。


「なんともお可愛らしい」

「からかうなよお……」

「私はいたって本気です」


 ミミクリは、フィオラに付き添われて救護室へ運ばれていく。

 スチュピードは、氷の柱の中でかろうじて生きていた。

 王家に生まれた者に贈られる神の加護が、彼を生かしていた。


 夜になり、雪が降ってきた。

厳しい冬が始まったのだ。

 たくさんの雪が、この辺境伯領を雪で埋め尽くしていく。

 


 夜中に、1人の男がスチュピードの所へやってくる。

 彼は氷の柱を砕き、スチュピード助けてくれた。

 スチュピードがその男を見ると、ミミクリだった。

包帯を巻いているが、炎に包まれたにしては元気そうだった。


「こんばんは。スチュピード様。お話がしたくてやって来ました」

「助かったよ。……話だと? 何だ? 聞いてやろう」


 スチュピードは、歯をガチガチと鳴らしている。

 寒くてたまらない。

 それにしても、この男をどこかで見たことがあるような気がするんだが……思いだせない。

 ミミクリは、ニコニコと笑っている。


「フィオラ様とのことです」

「フィオラ? あのブス女のことか……」


 実は、スチュピードはフィオラの本当の姿を見たことがない。

 氷の精霊のごとき美しさ、ふわりと照れて笑うと魔力がもれて氷の華が舞い散る幻想的煌めきを。

 彼は、一度もフィオラをちゃんと見たことがなかった。

 彼女の美しさを知らなかったのだ。


「一つ、質問をします。あなたは彼女と婚約をされている間、あの方に1度でも手を出しましたか?」

「するわけないだろ! あんな眼鏡ブス!!」

「それはよかった!」

「私はこう見えて嫉妬深いんです。彼女の全てが欲しい! あなたに汚されていなくてよかった。気分がいいので命だけは助けてあげますよ」


 ドンっと魔方陣がスチュピードの下に広がる。

 ミミクリが魔法を使ったのだ。

 彼は、スチュピードを転移魔法で森のど真ん中へ送り込む。

 冷酷な微笑を浮かべて。


「魔獣がいるかもしれませんが、元王族でも神の加護は残っているでしょう。全力で戦えば生き残れると思いますよ」

「転移魔法だと……!? 技術者如きが使える術じゃないはず……!?」


 スチュピードは、見渡す限りの魔獣の群れの中に放り込まれた。

 突然現れた彼に、魔獣達は襲いかかる。

 スチュピードは戦った。

 死ぬ気で戦った。

 殴っては逃げ蹴り倒して走り、襲ってくる魔獣達ととにかく戦い抜いた。


 魔獣達に噛みつかれ爪で切り裂かれてボロボロになった頃、暖かい光に彼は包まれたのだ。

 魔獣達は、光を恐れて逃げた。

 聖女が使う聖なる魔法だ。

 スチュピードは、この希少な魔法を使える女性を知っている。

 女遊びが激しい彼が、唯一心から信じて愛した聖女アリア•ベル。


 行方不明だったアリアが、突然現れた。

 波打つ黄金の髪、サファイアのような瞳、あどけない顔立ちに妖艶なスタイル。

 彼女は、冒険者のような身軽な服を着ている。

 

 スチュピードは、昔、アリアに心を救われた。

 母を亡くし義母に苛められた彼の孤独を、理解し癒してくれた聖女。

 やっぱり俺を愛していたのだ、アリアは!


「アリア! 戻ってきてくれたのか!?」

「違うわ。忘れ物を渡しにきたの」

「忘れ物……?」


 アリアは、布に包んだ物をスチュピードに渡してきた。

 スチュピードが中を見ると、ロザリオが入っている。


「あなたのお母様の形見のロザリオよ。これがあれば、神の加護を強く得られるから、生き残れるでしょう。レベル上げに時間がかかったの。遅くなってごめんなさいね」

「これは、君に贈ったものだ……」

「もう要らないの。もっと美しいものを見つけたから」

「そ、それは一体……?」

「フロンティエラ辺境伯家よ。フィオラ様があれだけ美しいから、ご家族もそうだと思ったのよ。大当たりだったわ。誰もクリアできなかった超難易度コースだったけど、逆に燃えるわね」


アリアは、妖艶に楽しげに笑う。


「ずっと、ゲームの中なのか、酷似した別世界なのか調べていたの。退屈だったわ。でも、もうどうでもいいの。だって辺境伯家に認めてもらえるくらいレベル上がったし、夢中になれるものに出会えたんだから。とりあえず、フラテロ様の妻になろうかな」

「はあっ!?」

「じゃあね。バイバイ。死ぬなら、辺境伯領以外にしてね。寝覚めが悪いから」


歌うように踊るように、アリアはくるくると舞うと消えてしまった。


「アリア……。どうして……?」


スチュピードは、森の中で放心している。

 そこに、たまたま旅の冒険者達が通りかかった。

 彼は、冒険者達に助けられた。


 スチュピードは、彼らに仲間入りすることにした。

 冒険者達の冬の拠点で、修行をつけてもらうことにしたのだ。

 

 まだ、アリアを諦めることはできない。

 フラテロの妻を狙っているなら、この辺境伯領にいればまた会えるはずだ。

愛するアリアに振り向いてもらうために。

 そしていつか、あのくそ生意気に笑うミミクリを倒すと心に深く刻み込んだ。

冒険者達に名を聞かれる。


「名前は?」

「スチュ……。スチレットだ。よろしく頼む」


 隠れてここで生活するには偽名がいい、そう考えた。

 本名は、あまりにも有名だから。

 ミミクリに見つかったら、また魔獣の群れに放り込まれてしまう。

 いつか必ず見返してやる! 

 今は隠れて力をつけてやるのだ!




 スチュピードが居なくなった後、フラテロが現れた。

 彼は、領内の小さな聖教会をまわっていたのだ。

 そして、フィオラとスチュピードとの対決を知り、慌てて駆けつけたのだ。

 彼は、ミミクリを見つけて驚いた。

 姿形は違っているが、よく知っている人物だったのだから。


「隣国の皇太子!?」

「いえいえ。私は似ているだけの別人です。ほら、世の中に3人はそっくりな方がいらっしゃるといいますよ」

「こんなに堂々と嘘をつく人を、僕は初めて見ましたよ……」


 フラテロは、げんなりする。

 彼は聖教会の行事で、隣国の皇太子とは何回かお会いしたことがある。

 神から与えられるご加護は人それぞれ違い、同じものは一つもない。

 彼自身から立ち上る神の加護の光のゆらぎは、隣国の皇太子のものだった。

 隣国とこの国の関係は、今緊張状態にある。

 フラテロの目つきがスッと細くなった。


「お忍びで、何をしに来られたんですか?」

「あなたの妹君を、妻に迎えたいと考えています」

「…………本気ですか?」

「もちろん!」

「フィオラが隣国の皇太子妃に……? いや婿入りか? 2人が結ばれれば、隣国との戦争は一応回避される。平和的かつ良縁……!」

「フラテロ様には、私がフィオラ様のお気持ちを手に入れるまで、秘密にしていただければ大変ありがたいのですが……」

「あ、ああ。そういうものか……。分かった。様子を見させてもらう。ただし、フィオラが嫌がったら駄目だからな!」

「心得ております」


フラテロは、悩みながらも2人を見守ることにした。


 ミミクリは、胸の中でホッとした。

 平和主義者のフラテロだが、神聖力と神のご加護が桁はずれに強いのだ。

 彼を怒らせて、神の雷なぞ落とされたら危険すぎる。


 そしてもう1人、彼らを遠くから見ている人物にミミクリは気づいた。

 パドレだ。

 おそらくスチュピードの様子を見に来たのだろう。

 つまり最初から見ていた。

 ミミクリはヒヤッとした。

 今は敵対する間柄だ。

 身分がバレたら、人質にされてしまう。


 パドレは、ニヤッと笑うと去っていった。

 ミミクリの正体は、バレていないようである。

 彼は、緊張が抜けてホッとしたのだった。

 

  パドレはミミクリに感心していたのだ。

 スチュピードからフィオラを庇ったのは好感がもてる。

 職人達にも人気がある。

 魔法も使える。

パドレは、こいつはいい婿候補が現れたと思ったのだった。



その後、アリア•ベルが押しかけてきて、フラテロを口説き出して大騒ぎになる。

 ミミクリに再挑戦したスチレット(スチュピード)が、フィオラの本当の姿を見て彼女を口説き、ミミクリにボコボコにされて、魔獣の群れへ何度も叩き込まれるようになる。

 それはまた別のお話である。


 



 フィオラは、ミミクリを看病していて眠ってしまった。

 夢の中で、亡き母との思い出を見た。

母は、青い顔をしてベッドに横になっていた。

 幼いフィオラの頭を撫でながら、幸せに生きてねと何度も繰り返していた。

大切な母は、雪が溶けるようにフィオラの世界から消えてしまった。

 ……泣きながら目覚めると、ミミクリが起きていた。

彼は、フィオラの涙を手で優しくぬぐってくれる。


「ミミクリ。起きても大丈夫なのか? 炎に包まれたはずだ。寝ていなければ……」

「思ったよりも傷は浅いようです。フィオラ様が、魔法で一瞬で炎を消してくれたからでしょう。その後も癒しの術をかけ続けてくれたでしょう」

「そ、それはそうだけど。私の癒しの術はたいしたことない……」

「この地では貴重な癒し手です。それから先程報告がきました。バラ園が完成したのです。今から一緒に見にいきませんか?」

「ええっ! そ、そうか。歩いても大丈夫なのか?」

「ええ。フィオラ様のおかげですね」


フィオラは、照れ臭くて頬を染めてうつむいてしまう。

昨夜はミミクリが死んでしまうと思って、泣いてしまった。

後継ぎとして、人の死に冷静に対処できるようにしていたのに。

いつの間にかこんなにも深く、彼の存在が心の中に染み込んでいたのかと驚いた。



 2人で並んで、バラ園を歩く。

 色とりどりのバラが咲き誇っている。

 白にピンク、赤やオレンジ。紫のバラがさし色で植えられて、華やかさを演出している。

フィオラは、あまりの美しさに感動した。

 大輪のバラから小さなバラまで、見渡す限り咲いている。


「なんて綺麗なんだろう。こんなにたくさんの満開のバラを見たことがない。王宮の庭園よりも咲き誇っているかも」


 すうっと深く息を吸い込むと、胸いっぱいにバラの甘く優しい香りで満たされた。

 イライラした気持ちやトゲトゲした不安が、溶けて消えていく。

 白いバラのアーチの下を、ミミクリと2人で歩く。

 いつのまにか2人は手をつないでいた。


 バラの庭園の隅にはベンチが並べて置かれている。

 2人はそこへ腰かけた。


「辺境伯様の望む通り、ここへ訪れた民達がゆっくりくつろげるようにベンチを用意しました」

「素晴らしい。本当に」

「タバコは禁煙で、ゴミ捨て禁止にするつもりです」

「それは大事なことだね」


 パドレは、冬の間このバラ園での仕事を斡旋することも考えているという。

 冬は雪で閉ざされて、仕事が少なく日銭を稼ぐことも難しい。

 困っていれば、住み込み先も紹介しようとパドレは考えている。

 それが実現できれば、冬の餓死や凍死も減らせるだろう。



 ミミクリは、フィオラを見て考えた。

 いつ自分の素性を明かして彼女とともに国に帰ろうか、と。


 隣国も冬は厳しく引きこもるしかない。暇なのだ。

 そこで魔道具で姿と名前を変え、隣接する辺境伯領へ偵察にきたのだ。

 敵情視察である。

 

 ところがフィオラと出会い、この無骨で心優しい令嬢に惚れてしまった。

 彼がここに居られるのは、冬の間だけ。

 一緒にいられる間に、なんとかしてフィオラの心を手に入れたいと考えている。


 ミミクリは、このフィオラがすっかり気に入ってしまった。

 辺境伯の考え方に学ぶことも多い。

 できればフィオラごと、この領地を隣国に貰い受けたい。

 時間はまだある。



 魔石を使い一年中バラが咲き誇る暖かい庭園。

王都で温室として造られているものを、民も入れる公園として造ることができたのだ。

 ミミクリは、公園に大きなバラの木を2本植えて、そこに鐘を作った。

 ジンクスとして、ここで告白すればその2人はいつまでも幸せになれる、としたのだ。

 その後、バラ園は、デートコースや愛の告白、結婚式などで大人気となる。

 観光地としても有名になる。



 フィオラとミミクリは、毎日のようにバラの公園を2人で歩いた。

一般公開されるまで、2人きりの散歩を楽しんでいる。


 バラ園に小さな可愛らしい苺がなっていた。

 ミミクリが摘んで、フィオラの口にそっと近づける。

 フィオラが口に含むと、ふわりと口いっぱいに甘酸っぱい苺の香りが広がる。

 フィオラは嬉しくて、気持ちがあふれて、魔力がもれでた。

彼女の魔力による雪の花が、ふわりふわりと2人に降りそそぐ。


「ありがとう。ミミクリ。あなたと出会えて本当に良かった」

「ええ。私もです。フィオラ様」





 フィオラとミミクリの恋は、まだ始まったばかりである。

 公園から邸に戻る白い雪道を、二人の足跡だけが続いていく。








最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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余談です。

ミミクリは、「mimicry(擬態)」からです。

彼は、技術者達の血縁者にお金を渡し、遠い国へ旅立たせて成りかわりました。

魔道具で姿形を変えています。元の姿は、黒髪に赤目青目のオッドアイです。

使い魔も隠しもってて、隣国と連絡をとることも可能です。


四季咲きのバラは一定の温度以上なら、一年中枝先に花をつけるそうです。



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