迫る決断、遮断される結末 その5
「事の発端から話しましょう。我が国の召喚魔法とは、従魔契約を経た召喚と決まっていました。倫理も常識も違う別の世界から、別の生命体を呼び込むのですから、その制約を設けるのは当然という考えがあったのです」
「予防措置……。何が起こるか分からないから、一種の安全基準を設けていた?」
「はい、主の意に反する……あるいは召喚された者が不服に思えば、強制送還できる契約です」
確かにそれは必要な契約だろう。
双方ともに納得できない時点で、破棄して帰還させられるのは大きなメリットだ。
意思ある存在が、いつでも友好的で譲歩してくれるとは限らない。
始めから双方合意の下、契約を結ぶだけで下手なしがらみは回避できる。
召喚は手から火を出すだけの魔法とは違う。
危険を最小限にしようと思えば、当然の措置だ。
「あぁ、じゃあ……。それに従うという意思確認を出来て、そこで初めて、契約を結ぶのか……」
「そうです、それ故の従魔という呼称でした。しかし、契約を複数持てる術者は少ない。負担が増えれば、それだけ強力な従魔とは契約できません。協力的な相手が召喚できたとしても、二体以上契約できない、というケースは多いのです」
容量が決まっているのだから、個人によって差はあっても、難しい事はあるのだろう。
強力な一体か、あるいは質を落とした複数か、そういう選択をする必要があったに違いない。
「戦争の長期化に伴い、従魔は討ち取られていくケースが増えていきます。死んだのならば別の何かと契約を結べば良い、という話になるのですが、契約は精神同士の綱引きです。非常に消耗しますので、喪った傍ですぐ再契約とはいきません」
「そうか……。そうなると、戦争の中ですり減った分は補充しないといけないのに、追い付かないという話にもなるんだ……」
「はい。そして、必死の思いで繋いだ契約も、場合によっては一日と保たずに終わってしまう。これでは術者も保ちません」
単純な精神の擦り減り具合は、苦労して契約した時ほど大きかったろう。
この国は魔法王国として、その戦力を魔法使いに頼っている。
兵はその魔法使いを護る盾だ。
誰もが召喚術を使う訳ではないだろうが、炎の魔法を一つ撃つより、一度使えば長く戦場で戦える従魔を、重宝したくなる気持ちは分かる。
貴族の数が魔法使いの数なのならば、まさか積極的に前線へ出す訳にもいかないだろう。
同じく消耗する一発の魔法を使う時、従魔召喚を選ぶ戦法を軸とするのは自然な気がした。
「それで、どうせ失う前提となるのなら、喪っても痛手とならないものをぶつける戦略に切り替えてはどうか、という案が持ち上がりました」
「契約をせず、敵にぶつけ、共倒れを狙う為だけの召喚……?」
「共倒れ前提というほど、悪意の大きいものではありません。それを狙う短絡的な愚か者が、一人も居なかったと言えば、嘘になるでしょうけれど……。ただ、窮地にあって必要だと求められ、そして実際に行う事となったのです」
「そして、この現状を見れば、上手くいかなかったとは分かる。でも、分からない……。何故その召喚を城内で? 戦場で行えば良かっただけなんじゃ……」
それが事故の原因というなら、起こるべくして起きた事故、という気がする。
召喚し、従属しない魔物が、自発的に戦場へ赴くとは思えない。
被害が出て当然としか言えないだろう。
だが、これにケルス姫は首を横に振った。
「召喚は安全な場所で行う必要があり、そして、最初の従属契約の無い召喚は、細心の注意を持って行われました。普段はしない実験的な魔法であるからこそ、他にも条件が設けられ……とにかく、より試験的な意味を含めた召喚になったのです」
「それが……破滅の原因か」
いいえ、とこれにもケルス姫は首を横に振る。
「それで喚び出されたのが、あなたなのです。我らを救い給えという願いを込めて、勇ましき者の助けを喚び込んだ。一人の魔法使いでは契約もできない、強力な助けを喚んだのです」
「その……召喚が」
「はい、実験は成功と言えたでしょう。それが五年前です。そして、その僅かな年月で、我が王国の魔法技術は遥かに飛躍しました。時とした起こった小競り合いでも、あなたの力は他と比肩しない圧倒的な武力を見せた……」
先程までやっていた乱戦を振り返れば、確かに一騎当千として頼りにされる戦いをして見せた事だろう。
それだけの戦力があって遊ばせていられないと思うのも、為政者としては考えなければならなかったに違いない。
魔法使いとは、戦士の壁の後ろで魔法を撃つ者の事だ。
多くは従魔を使って戦わせる者の事であり、前線で戦う者ではなかっただろう。
「でも、あなたは魔法技術開発者としての方が、実に有能で稀有な才能を示した。戦場における一騎当千の活躍よりも、王国を百年富ませる発想力がある。強いからといって、戦場へ無闇に出すべきではない、という話が持ち上がるのは必然でした」
「それは……、分かる気がする。魔法使いの替えはあっても、魔法開発者の代わりは居ない。……そういう事だね」
「えぇ……。そして、召喚を再び行うべきと、強く推したのもあなたです。戦場から逃れる為、あるいは研究に没頭する為……その真意までは聞いていませんが、後者という気はしますね」
その予想は正解だろう。
マコトは敵兵と言えども、同じ人間に武器を構え、魔法をぶつけて平静でいられるタイプとは思えない。
きっと多くの葛藤もあったろう。
叶うのならば、二度と戦場に立ちたくない、とさえ考えていたと思う。
強いのだから戦えというのは、国の都合でしかない。
だが、マコトは召喚という手段で呼び込まれただけの一般人だ。
戦力は決して一般的といえないが、個人の都合で言えば忌避していた筈なのだ。
だから、マコトが戦場から遠退く格好の逃げ口上として、召喚を提案したとしても、全く疑問に思わない。
「召喚にはあなたという成功例もありましたので、城内の雰囲気は好意的でした。次はどういう者が、どういう方法で国を富ませるか、その事にばかり考えがいっていたのです」
「じゃあ、その結果が……」
「えぇ……。ですが、一度の成功があったからと、二度目も成功するとは限りません。危険だと反対する者も多くおりました」
「あぁ……、聞いたよ。それを無理に推し進めようとして、王族がその場に立ち会い、反対意見を押し退けたって。その末路もね」
マコトの台詞に当時のことを思い出したのか、忸怩たる表情を浮かべ、眉間にシワを強く刻んだ。
「その一度の成功を再現しなければならないほど、追い詰められていた訳でもないというのに……。魔法に対するあなたの意見は軽いものではありませんので、止める一助を求めたのですが……。むしろ逆の、どうせならより戦闘に向いた個体を喚べば良い、という意見が出る事となりました」
「まさか、そんな……」
「単に剣を振るのが上手い者、魔法の扱いが上手い者、そうではなく……戦闘そのものに向いた個体を、と……」
つまりその結果、喚び出されてしまったのが、その魔物の女王となる個体なのだろう。
勝手に喰らっては増殖し、子や孫が即座に生まれ、それらが次々と思い掛かる。
確かに、この特性は戦闘に向いている、と見る事が出来る。
しかし……。
「まさか、そんな条件で、魔物が……?」
「召喚術とは本来、繊細なものです。魔術書に記された従魔だけを選んでいた本来の方法は、先駆者が血を流して突き止めた苦労の成果でもあった。けれども一度の極端な成功例に目が眩み、そして魔法について、誰より明晰なあなたの一言によって、省みられる事なく実践され……」
「嘘だ……。破滅の片棒を担いでいた……、僕が? いや、どうせ嘘なんだろう……! これも、これもどうせ……ッ!」
「真実です。これこそが、胸に仕舞ったままにしておこうとした……真実なのです」
ケルス姫はその目に憐憫の眼差しを湛えながら、それでも首を横に振る。
「証拠のない事を、勝手に言っているだけ……あなたはそう言いたいでしょう。当然だろう、としか言えません。けれども、それを持ってあなたが責任を担うべき、というつもりはないのです」
「そうとも……、これまでの事を考えても……」
「発案はあなたであったかもしれません。でも、決定したのは私たち王族なのです。決定を下したのは父王でも、最後まで残った王族として、その責任は私が負います」
ケルス姫が見つめる瞳は力強い。
そこには嘘も、欺瞞も隠れていなかった。
王族として矜持が、それをさせているのかもしれない。
「だから、あなたは何もしなくて良いと、留まる様にしていたつもりでした。その咎を引き受け、解決するのは私なのだと、……その努力を重ねてきたつもりでした。でも、事ここに至って、あなたの力なしには解決できない……!」
それまで冷静だったケルス姫の声が荒れる。
腕を真下に下ろした手は、ドレスを強く握り締めていた。
それでようやく、これまで必死に平静を装おうとしていただけなのだと分かった。
「私の取った行動が多くの誤解を招き、そして多くの横槍があった所為で、不審感を植え付けられていたのは分かっていました。正攻法での説得は不可能と分かっていたし、だから不当な手段に訴えもしました」
「それは……、書斎に引き出しに入っていた記憶の事を言ってるのか……?」
「ですがこれは、全くの悪手で逆効果……。ならば、後はもう真摯に、正直に当たるしか方法はないと……。それで、全てをあなたに晒け出す事にしたのです」
ケルス姫の瞳は濡れ、必死の説得に嘘は見えない。
だが、何かを信じるというには、ケルス姫はあまりに多くの猜疑心を生み出し過ぎていた。
それら全てが単なる誤解だったと言われても、素直に信じるのは難しい。
だが、そこにはシュティーナの行動が介在していた事実も、考えなければならなかった。
マコトを支援するという名目で、多くの場合、彼女は単独行動していた。
だから、実際に何をしていたのか、その足取りを把握していない。
シュティーナはマコトを支援していたのは事実だが、同時にケルス姫との接触を妨害しようとしていたのではないか。
ケルス姫から指摘されるまでもなく、その部分について納得出来る部分はある。
今やシュティーナを、完全な味方と考えられていないのは事実だった。
そして、ケルス姫は自分の不利になると知りつつ、魔法を授けた。
一種の誠意を見せた形だろう。
己の急所を突けるナイフを、直接手渡したようなものだ。
だが、それは単に、己が不利になるばかりでもなく、女王を討つのに必要だからという打算も混じっている。
だとしても、この場で渡したいものではなかったろう。
結晶剣のすぐ傍という場所は、彼女にとっても急所になり得る。
彼女もまた、追い詰められている証拠だった。
真摯な対応、そして武器を自ら明け渡す事で、信頼を得ようとしている。
ケルス姫の瞳を見れば、そこに信じたい気持ちも芽生えて来る。
――最初から、そうだった。
彼女の言葉を思い出して見れば、目覚めてからこちら、マコトを戦場から遠ざけようとしていた。
部屋に留まれと言ったり、釈明させて欲しいと言い募ってもいた。
しかし、その都度マコトは逃げ出し、本城へ向かおうとするのを止めない。
それだけではなく、結晶剣の破壊を行うアプローチを止めなかった。
だから、実力行使で閉じ込めるしかなくなったのだろう。
それは頑なに戦場へ出さないようしていた、不器用なりに彼女がやった、努力の賜物だったのかもしれない。




