猜疑と不安の波間で その6
「あぁ……、想像できるよ。あの繁殖力を考えればね……。でも、それが分かったとして、一体どうすれば……」
『結晶剣の露出した部分に魔法攻撃を仕掛ける。……それが最も、成功の公算が大きい方法になります。勿論、通常の破壊魔法では意味がありません。欠損程度は可能でしょうが、それでは大き過ぎる餌を細かく砕いて、魔物にくれてやるのと同じ事。――だからこそ、かつてあなたは新魔法が必要だと言ったのでしょう』
「それに、生き残る事を考えて城壁外から魔法を使えば、射程外からの威力減衰だってある。……それを加味した時、城壁外から攻撃しても尚さら意味がないんだ」
『ご理解頂けて何よりです。結晶剣はこの国の魔力の源であり、象徴です。当然、外部からの攻撃にも対処する魔法も掛けられいます。魔力の中枢を地下に作ったのもその為で、効率的運用と共に弱点を隠す事にもなっていました』
それが今や、逆効果になってしまったとは、なんとも皮肉な話だ。
とはいえ、これが仮に王城の何処かだったとしても、やはり魔物によって占拠された事態は変わらなかったろう。
いや、その時はその時で、建物の被害を度外視して魔法を撃ち込んでいれば、中枢の破壊も出来ていた可能性はある。
同じ魔法を使うにしろ、自爆覚悟、自爆前提で攻撃する必要など無かったかもしれない。
『己の死を覚悟する……、それが簡単な筈もありません。気高き覚悟、それは世界に城内と同じ末路を辿らせない為にも、必要な覚悟です。実際に行うのはあなたです。……だから、それが分かるとは申しません』
「そうかもね……」
『ですが、その覚悟を知ったからこそ、わたしもお付き合いさせて頂く事にしたのです。一蓮托生……、それが少しは慰めになりませんか』
「確かに最初出会った時も、そう言ってた。でも、僕はてっきり、どこかのタイミングで逃げると思ってたよ……」
『致しません。最期まで、お供します』
真摯な口調で告げられた言葉には、彼女の真剣な覚悟が込められていた。
シュティーナは嘘など言っておらず、信念と共に放たれた言葉だと感じた。
――もう、何がなんだか……。
何を信じて、誰を頼りにして良いのだろう。
マコトもまた同じ様な動揺を感じていて、返す言葉が出てこず、喉の奥で詰まってしまっている。
不自然な沈黙が数秒続いてから、シュティーナの方から声が掛かった。
『私はあなたがどういう魔法を使えていたのか、詳しく知り得る立場にありませんでした。ですから、こちらから教えられる事は多くなく、申し訳なく思います。でも……』
「いや、でもそれは、……協力者として知らされているべき情報なんじゃ――」
言い指した言葉を無視し、あるいは遮る様にシュティーナは続ける。
『姫様の居室に行けば、何か有益な手掛かりがあるかもしれません』
「あー……。それは、なぜ?」
引っ掛かりを感じつつ、無視も出来ない言葉だった。
そこで何故、ケルス姫の居室という単語が出て来るのか分からない。
たが、もしかして、と思い浮かぶものもある。
ケルス姫はマコトと共同で、魔法開発していた。
魔法王国の姫だから魔法を使えるのではなく、魔法の技術開発に関われる程の才能があったからこそ、魔法を使えるのだろう。
「もしかして、その研究成果などを記録したものが、その居室にあるのかも……そういう事?」
『その可能性は高いと考えています。あなたとは、魔法開発者として多くの時間を共有していました。何かを残している期待は持てます』
「確かに、それは有り得そうだ……」
マコトが同意を示すと、シュティーナは饒舌になって語り始める。
『姫様は、マコト様ほど常識破りで、型破りな発想の持ち主ではありませんでした。しかし、堅実な魔法運用の開発者として、王族の中でも珍しい識者だったのです』
「なるほど……。そういう人の居室なら、何か有用な手掛かりもある、かもしれない……?」
『あなたの研究室や机を調べた時に、それらしいものは見つかりませんでした。それだけでなく、研究日誌の様な、何かの助けになりそうなものさえ無かったのです。隠された、と見るべきかと……』
「そして、このタイミングで隠す誰かがいるのなら……」
それはケルス姫である可能性が高くなる。
マコトの目的を知っていて、それを断固拒否したくて、思い出して欲しくない魔法が載っていたのなら、持ち出して隠すには十分な理由だ。
『はい、燃やしてしまったのなら、もうどうしようもありません。ですが、もし隠しているだけであれば……新魔法だけでなく、他の魔法を取り戻す手助けになるやもしれません。姫様の居室を、調べてみる価値はあります』
「うん、確かにそうだ……。本城を目指すべき、と最初に言ったのは、この為だったんだ」
『はい、然様です。それに、かつてのマコト様は手段を持っていたからこそ、覚悟を決めたのだとも思うのです。記憶を失くしても、手にすることで湧き上がるものもあるやもしれません……』
「まぁ、確かに……手にしているからこそ、腹が据わる事もあるか……」
あるいは、今のマコトに全くその覚悟がないのは、その所為なのかもしれない。
記憶の中にあったマコトは、確固たる意志を持って、そしてそれが唯一の方法だと信じて挑むつもりでいた。
それはやはり、実現可能なだけの手段と、現実的に可能だという納得があればこそ、決断できたことかもしれない。
「……分かった。じゃあ、姫の居室に向かってみる。因みに、その場所は……?」
『本城四階、西側です。そのフロアにも多く部屋はありますが、王族としての居室が用意されているのは、姫様だけです。入り口も相応に立派ですので、他と明らかな違いがハッキリと分かるでしょう。部屋を間違える心配はないかと』
「それを聞いて安心だけど、魔物は……?」
『流石に巣窟から連なる本城は、魔物の密度が濃い……。四階の実情は分かりませんけど、覚悟はするべきかと……』
繁殖の中心地と思えば、それも仕方ないだろう。
新たな攻撃手段を得たとはいえ、あまり派手な動きをしていると、それがまた呼び水になる。
密度が濃いというなら、一つ対処している横で、他の魔物を呼び寄せてしまうかもしれない。
やはり戦闘は極力回避する必要がありそうだった。
『三階の魔物はこちらにお任せを。上手く誘導して、敵の注意を逸します。二階へ流れるようにしてみますので、その隙に四階へ上がってしまって下さい』
「大丈夫なの、それ……? 明らかに危険だと思うんだけど……」
『危険なればこそ、あなたに道を作るのです。――では、ご武運を』
言うだけ言って、シュティーナとの念話が切れてしまった。
まだ聞きたい事、話し合いたい事は山程あった。
こうなると逃げられた様にも感じてしまい、一度切れしまえば、こちらから繋げられないのは非常に不便だ。
マコトは気分を切り替え歩を進め、そうして空中回廊にまでやって来た。
東棟と違ってこちらは破壊されていないのは安心出来る点だが、その代わりバリケードが築かれていた。
魔物を堰き止めようと、努力した結果なのだろう。
しかしそれも、結局いい様に破壊されて、蛇行しつつも進める様になっていた。
「影に魔物か卵がないかだけ、注意しとけないと……」
進む分には問題なくとも、そういうリスクはある。
もしも卵が隠れていたら、机や椅子、ソファーや衝立などが散乱した中で、探し出すのは至難の業だ。
下手に触れようものなら孵化してしまう。
マコトはかつてバリケードだったものに触れないよう、慎重に足を運びながら回廊を突破する。
二重、三重と作られたバリケードは、今となっては通行の妨げにしかなっていなかった。
その上、人間が通行するには厄介なトラップ地帯となってしまっている。
慎重に進んだお陰で事なきを得たものの、本城一階ホールを通過した時とは、また別の緊張でマコトは冷や汗を拭っていた。
――何とかなったから良かったとはいえ……。
衝立のすぐ裏に卵が張り付いていて、他にも隠れていた卵が連鎖的に孵化したとなれば、目も当てられない。
そこから更に、別階の魔物を呼び寄せた可能性もある。
マコトは悪態に近い溜め息をついてから、本城へ足を踏み入れた。
そうして、しっかりと警戒しながら辺りを窺う。
回廊と同様、そこでも多くのバリケードが用意されていて、通路の多くは封鎖されていた。
積み上げられた高さも段違いで、天井にまで届いている。
高さがあるだけでなく、あの分では恐らく、その厚みも違うのだろう。
回廊では多くが蹴散らされていたが、ここでは未だにバリケードの形と用途を維持している。
ここから四階へ続く階段は見えているのに、大きく迂回しなければ到達できそうになかった。
「魔物へ抵抗した結果か……。奮戦は当然だけど、今となっては……!」
本当なら、破壊するか燃やすかして進みたいぐらいだ。
しかし、余計な事をすると、シュティーナの身を盾にした献身が無駄になる。
彼女は今も、自分自身を囮にして、魔物を引き付け逃げている筈だった。
ここは音を立てないよう、素直に迂回して進む方が良さそうだ。
そうして、迷路となってしまっている三階を進む。
室内は何処であろうと、相変わらず薄暗い。
魔法灯へも十分に魔力が通っていないのか、時折チカチカと点滅している。
それは十全に魔力が供給されていないからでもあり、本来は通される筈だった魔力を横取りされている証明でもあるのだろう。
その時、階下で魔物のけたたましい叫び声や、威嚇音が聞こえてきた。
戦闘音は響いて来ないが、騒々しさだけは伝わってくる。
「シュティーナだ……!」
彼女が宣言した通り、魔物を引き付けて大立ち回りを演じているらしい。
今のところ魔物に遭遇しておらず、そして見える範囲に魔物がいないのは、正に彼女のお陰だ。
三階にだって、それなりの数の魔物が居たに違いない。
それなのに、これまで姿を見せていないのは、既に二階へと誘き出された後だったからだ。
戦闘音が聞こえて来ないのは、匂い袋を駆使して、上手いこと立ち回っているから、なのかもしれない。
なんとしても、ケルス姫の居室に辿り着かせよう、というシュティーナの強い決意が窺える。
それを無駄にしない為にも、素早く四階へ上がらなければならない。
「とはいっても……!」
三階はバリケードだらけで、進みたい道を進めない。
ちょうど丁字路となっている、その手前でバリケードがあって進めないのもザラだ。
あとは、部屋の手前と奥に入り口がある場合、そこを敢えて道として使っていたりするし、壁に空いた穴が通路になっていたりする。
まず迷わせる構造になっていて、魔物が奥まで辿り着けないよう腐心した結果が、そこに現れていた。
その結果、四階へも到達出来ないようになっていて、お陰でマコトも非常に苦労している。
そうしてまた一つ、歩いた先でバリケードに遭遇した。
脇には扉があり、覗き込んで見ると、奥にも閉まった扉が見えた。
――またこのパターンか……。
道が複雑だけならまだしも、部屋を横断する必要があるから、余計に現在地が分からなくなる。
バリケードを作るため、家具なども運び出されている所為もあって、殺風景な室内は他の同様の部屋と混同し易い。
それがまた、現在地を喪失させる相乗効果を生んでいた。
マコトは溜め息一つ吐いて室内に入り、奥の扉を目指す。
部屋の中央辺りまでやって来た所で、唐突に背後の扉が音を立てて閉まった。
「魔物……!?」
いや、魔物ならば締める事なく、攻め入ってくるだろう。
突然な騒音に動転してしまったが、そもそも魔物は扉を閉めたりしない。
現在の状況は、不自然でしかなかった。
警戒しつつ締まった扉へと近付くと、そこに女性の声が静かに響く。
その声の主は、ケルス姫に違いなかった。




