目覚めの時、或いは微睡みの継続 その9
不安ではあるものの、シュティーナにそう言われてしまえば、頷くしかない。
これまでも大丈夫だったから、これからも無条件で大丈夫とはいかないだろう。
だが、シュティーナはマコトを支援する為に、協力すると決意してくれた人だ。
これまでも、かつてのマコトに説得されて、支えてくれていたのだ。
その彼女が、これからも別行動を取る必要を言うのなら、それを尊重するしかないだろう。
「分かった。じゃあ、まずこっちは一階上の三階まで登って、空中回廊とやらを目指す。そこを渡った先は? 安全?」
「この城に、絶対に安全と言える場所なんてありませんよ。特に、地上に近いほど危険となっています。地上に溢れ、そこから新たに産まれたり、押し出されたりしたものが向かう先は何処だと思いますか?」
「あぁ、なるほど……。横に拡がれないのなら、二階や三階とか、階上方向へ拡がるしかないって事になるのか……」
鋭い指摘に、細かく頷く。
五階に魔物がおらず安全に見えたのは、そういう理由もあった様だ。
そして、それに反して、一階や中庭は酷い有り様になっていた。
彼女の推論には、大きく頷ける部分がある。
では、三階とは単純に、その中間程度には危険と思っておくべきだった。
お互いに健闘を祈ると、部屋の前で二人は別れる。
「ご武運を」
「……君もね」
そこから上の階に進むことは簡単だった。
既に何度も通過した道でもあるし、シュティーナの言葉を信じるなら、彼女もまた往復して来た道だ。
ならば、魔物の脅威は少ないと判断できた。
だが当然、呑気に移動する訳には行かず、最大限警戒しながら進む。
マコト自身、既に何度か通った場所であっても、やはり隅々まで見て回った訳ではない。
特に回廊方面へ続く道など、足を向けた事すらなかった。
そちらには未だ、魔物が残っている可能性もある。
だから、それらしい方向へ足を向け、いつでも魔物が飛び出して来ても対応できる様に進んだ。
――詳しい場所を、もっと聞いておけば……。
シュティーナは、マコトが記憶を失っていると知りつつも、こういう伝え忘れを良くやらかす。
とはいえ、相手からすれば、知ってて当然と思っている事なのだ。
回廊に向かうと言って、辿り着けない、場所を知らないと思ってもいない。
配慮が足りない、と文句を言いたい気分でもあったが、探すに困難という訳でもない。
本城へ繋がる道なのだから、本城方面へ向かうつもりでいれば良いだけだ。
――それにしても。
ケルス姫は一体、どこに消えたのだろう。
マコトを追って来ていた筈だが、どこにも姿は見えなかった。
見えないだけではない。
安全な場所などない、というシュティーナの言は正しいのだ。
女性は特に狙われやすい、というのも事実なら、移動それ自体が大きなリスクだ。
この情報がシュティーナしか知らない秘密、とも考えられない。
だが、ケルス姫は初めて会ってから、外を確認してくると、自ら部屋を出て対処に向かった。
そして、対処が終わり、何処かのタイミングで、マコトが部屋から出たと気付いた。
記憶再生装置を使用していると勘付き、中継機を止めたのも彼女だろう。
それから階段を上り、研究室へ向かった……。
そこまでは良いとして、マコトはその時、既に一階中庭へ落ちていた。
研究室には誰も居ない事を確認したろうし、だから、何処かへ探しに出たのだろう、と考えるのは自然だ。
しかし、ケルス姫は何処にも居なかった。
シュティーナも徹底的に、隅々まで探した訳ではないだろうから、何処かへ隠れる事は出来る。
だが、隠れる必要が、ケルス姫にはない筈だ。
では他に、一番考えられる可能性として、魔物に襲われてしまった、というのはどうだろう。
一階には、あの恐ろしい恐竜型の魔物がいた。
中継機の遮断までは良いとして、そこでアルビドに見つかってしまった、とも考えられる。
だが同時に、ケルス姫には魔法がある。
対象を感知出来る魔法を持っているとの事だ。
それならば、遮蔽物や部屋の中で潜伏しながら、魔物が去るのを待てるかもしれない。
どういう魔法が存在していて、どういう魔法をケルス姫が使えるか、マコトは知らない。
だから現状、魔法を上手く利用して移動した、と考えておくべきだった。
魔物に見つかる事無く、上手く回避していた可能性は大いにある。
だが、問題は、ならば何故姿を見せなかったのか、という点だった。
彼女が辿り着いた時には、既に誰も居なかったから、逃げられたと判断して探しに行った……。
それは想像できるが、装置を再起動させるとは、考えなかったのだろうか。
それ一つの妨害で、見るのを諦めて何処かへ移動する、と考えたのだろうか。
どうもスッキリしない。
だが結局、ケルス姫は居なかった――、それが事実だ。
彼女は弁明したい、全てを詳しく説明したい、そういう内容を口にしていた。
しかし、結局嘘でしかないのなら、騙しきれないと悟って、思い留まったのかもしれない。
そうも無理やり考えてみたが、納得には程遠かった。
何もかも、分からない事だらけだ。
だがとにかく、勇者マコトの決断……それを信じて、今は動くしかなかった。
考えを巡らせている間に、回廊へと到着して目の前の光景に嘆く。
シュティーナが言っていたのは事実だった。
回廊は中程から折れて落下しており、通路として使い物にならなくなっている。
「やっぱりか……。予想できていたとはいえ、キッツいなぁ……」
下を覗けば一階部分に魔物が犇めいていて、その多種多様な顔ぶれに顔が引きつる。
あの中の何れかが、この回廊を破壊したのだろうか。
そう思って訝しむも、何しろ城だけあって一階の高さが普通の建物とは大きく違う。
その三階部分となれば、通常の五階建てぐらいの高さだ。
火を吐く魔物がいたとしても、この回廊を攻撃できたか……と言われると、疑問に思えた。
上方という位置的にも、そこで人が通過しようと、まず分かるものではないだろう。
手摺部分などに焦げ跡がついているから、火の玉などで攻撃されたのは間違いないと思う。
しかし、よくよく注目してみると、焦げ跡の付き方に特徴があると気付いた。
「下から撃ち込まれたんじゃない……。上からだ」
上といっても、四階からという意味ではなく、同じ通路上から、という意味だ。
その攻撃が橋に着弾し、爆発して回廊が落ちた……そう考えて良さそうだった。
「問題は、魔物が獲物を追って火を吐いたのか……。それとも、誰かが故意に回廊を落としたのか、だけど……」
誰かが魔物から逃げる為、橋を落としたと考えるなら、それも一つの手段として正しい。
追われているなら、追えない様に橋を落とすというのは、賢いやり方だ。
だが、もし――。
「もし、これをやったのが姫だったとしたら……。そもそも追われていた訳でもなく、橋を落とす目的で攻撃したのだとしたら……」
――有り得ない話ではない。
マコトが既に記憶の全てを見たかどうか、ケルス姫には分からない。
むしろ、全て見られたと判断して、この行為に及んだとも考えられる。
――どこにもいない、姿を消した姫。
記憶を見た結果、次に向かうのは本城だと察し、それを防ぐ為に回廊を落としたのだとしだら……。
それで説明が付いてしまう。
「回廊が落ちている理由も、姫が姿を見せない理由も……」
落ちた回廊を見つめながら呟いた時、念話が脳を揺さぶって、マコトは驚いて身を竦ませる。
突然、声が脳内に響くのは、いつまで経っても慣れるものではない。
――その気持ち、良く分かる。
『あぁ、良かった……! ようやく通じた!』
安堵した女性の声は、これまで聞いた、誰とも違う声だった。
もしかして、掛ける相手を間違ったりしてないか、という疑問も浮かぶ。
『マコト様、これまで何度も試していたのですが……。いえ、申し開きはいたしません。とにかく、ご無事の様で良かったです……!』
「あー……、君は?」
『その質問、記憶を失ったと見て間違いないみたいですね』
女性の声は、明らかにマコトを知っていて、そして記憶を失った事すら想定内だと言っている。
一体、何者なのか……。
好奇心よりも、警戒心が沸き起こる。
相手の様子は、単なる顔見知り以上の関係を伺わせていた。
しかし、状況が状況なのだ。
間違い電話ではないらしいが、こんな時に、一体なにを言おうというのか。
『私はあなたが記憶を失った時、その支援をする為、あなたに協力するよう要請されていました。改めて、初めまして、と言っておきます。私はシュティーナと申します』
「何だって……?」
シュティーナの事は知っている。つい先程も、何度となく話をした。
その声も当然、耳がよく覚えている。
だが、念話から聞こえて来る声や、そこから伝わる人間性まで、彼女とは似ても似つかない。
『そうですよね、お忘れなんですもの、そういう反応になりますよね……。分かっています、マコト様。えぇっとですね、もしも、全ての記憶を失っていたら、記憶の全てを消されたならば……。あなたを逃がす為に、手助けする約束がされていたんです』
「は……? 逃がす? どこへ?」
『勿論、あなたの生まれ故郷……ニッポンです』




