1章 7
アマーリエ様は踊り終えると、エスコートされながらパウラ様の側へ向かった。
パウラ様のお父様がエスコートしたからか、周囲にはお父様と同年代の男女が和を成す。
「王女殿下、素晴らしいダンスでした。そのドレスのリボンも、ターンをするときらびやかに舞い、鮮やかでしたな。
そちらのリボンは?」
本当は分かっていながら、パウラ様のお父様が白々しく尋ねる。
アマーリエ様も分かっていながら、微笑んで応じる。
「ヤズマ皇国の 帯 と呼ばれるものですわ。
」
ヤズマ皇国!? ざわめきが広がる。
「ヤズマ皇国なんて、得体の知れない国のものを身につけていらっしゃるのね。」
「とても豪華だわ、私も欲しいくらいよ。」 「未開の国ではなくて、我が国のものなら私も身に付けたいわね。」
「あのようなドレスはマナー違反では?」 「私的な場だからなぁ。」
「手軽に交易出来るなら、商機だが。幾らするのか。」
大人たちは、アマーリエ様が入場された時より大きな声で会話をする。
一人言、知人同士の会話と見せかけて、アマーリエ様に聞かせているのだ。
私たち若者世代は、成り行きを見守る。
「皆様、ヤズマ皇国は未知の国ですわね。
それは遠いから交易が盛んに行えず、十分な情報が入らないからですわ。
決して、未開の国では無いのです!」
キッパリと言い切ったアマーリエ様は、周りをゆっくり見渡す。
ヤズマ皇国に対して否定的な発言をしていた者たちは、気まずそうに視線を反らした。
「私は先日、ヤズマ皇国の使者とお会いしました。
お話して感じたのですが、ヤズマ皇国は文化水準も学問も優れていました。
我が国とは違いますが、どちらが上とか下とかではなく、種類が違うのです。
どちらの文化も素晴らしいと思いますわ。
この帯の刺繍、ご覧になって。
構図、繊細な手作業。未開の国に出来る技ではありませんわ。」
アマーリエ様の言葉を受け、皆の視線が帯に集まる。
「本当に見事な品で御座いますな。
しかしながら王女殿下、その帯とやらはこの場にふさわしい物なのでしょうか。」
厳めしい顔をした男性の言葉に、アマーリエ様は不思議そうな顔をする。
「あら、シェーファー卿。
皆様だって外国からの生地を使ったドレスやアクセサリーを身に付けていらっしゃるでしょう?」
「あー、その、デザインといいますか……帯とやらを身につけるのはマナーとして如何かと。」
確かに。シェーファー侯爵に同意する囁き声が、あちこちから聞こえてくる。
「閣下、よろしいでしょうか。」
私の側に居たお母様が、発言する。
モーセのように道が拓ける。
お母様は歩みながら話し出す。
「今回は私的な場。マナー違反もなにもございません。
帯も花模様ですし、花柄のドレスと変わりありませんわ。
ただ一つ言うならば、帯が舞うときに他の方に当たらないよう、リードする男性が気を付けなければならないのが難点ですわ。」
貴婦人たちの楽しそうな笑い声に、侯爵様は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「伯爵夫人。貴女が言うならば、ヤズマ皇国の帯を用いてもよろしいのでしょう。
その難点さえ解決すれば、ご婦人方もこぞって真似なさるかもしれませんな。」
しめた!
私はパウラ様に合図を送る。
パウラ様は、アマーリエ様に耳打ちをする。
その隙にさっとお母様の前に並び、淑女の礼をする。
「閣下、難点があるままですとアマーリエ様はダンス経験豊富な紳士としか踊れません。
今宵は多くの方と交流を深められますよう、お衣装を整えてきてもよろしいでしょうか。」
侯爵様が、我が意を得たりとばかりにニヤリと笑みを浮かべながら頷く。
私は公爵様にも一礼をした。公爵様は何が起こるのか分かっていたのか、目が愉しそうだった。
私を先頭に、パウラ様がアマーリエ様を伴い退出した。