1章 5
パウラ様の家で開かれるパーティーに行くのは、初めてではない。
でも、参加している伯爵家は我が家だけという状況は初めてだ。
お父様とお母様が一緒とはいえ、子供世代だけで会話をすることになるだろうから、周りからどう思われるか不安しかない。
私は、マーリエ様のお衣裳の確認のために開始時間よりも早く招かれた。
お父様とお母様が時間まで過ごすためのお部屋も、用意してくださるとのことだ。
公爵邸は、いったいいつになれば着くのかと思うくらい、門からの距離が長い。
馬車が揺れるたびに緊張が増す。
ようやく止まった馬車から降りると、執事とメイドが出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました。伯爵様、ご令室様、旦那様と奥様がお待ちです。」
「お嬢様、パウラ様の御部屋へご案内いたします。」
緊張と不安でドキドキしながら、お父様を見れば、微笑み返してくれた。
「テレーゼ、しっかりやりなさい。」
「アマーリエ様のドレス確認が終わったら、貴女も身だしなみを整えるよ。
大丈夫よ、頑張ってね。」
お父様とお母様から励まされ、私はしっかりと頷く。
「アマーリエ様、パウラ様、テレーゼ様がいらっしゃいました。」
「どうぞ、お入りになって。」
メイドがドアを開け、私は部屋の中へと入る。
出迎えてくださったパウラ様は、パーティーにふさわしく、柔らかな生地を幾重にも重ねたドレスを着ていた。
ふわふわしたパウラ様の雰囲気にぴったりだ。
部屋には衝立があり、そのの奥でアマーリエ様がご準備をされているようだ。
「アマーリエ様もお待ちよ。
ヘアセットも済ませてあるわ。
あとは、あの布地だけ。」
衝立の後ろから声がする。
「テレーゼさん、早くいらしてちょうだい。
どうなるのか楽しみでソワソワしてしまって。」
パウラ様と目くばせをし、衝立の中に入と、アヤメさんとソウビさんが頭を下げる。
私も小さく会釈をする。
アマーリエ様は髪を高く結い上げ、ボリュームのある真っ黒なドレスを着ていた。
つややかな生地で、装飾はないとてもシンプルなデザインだ。
すらりとしたアマーリエ様にとても似合っている。
「お待たせいたしましたわ。
では、さっそく始めましょう。」
「ソウビさん、アヤメさん、帯をこのように結んでくださいな。」
私は持参したデッサンを見せる。
二人は怪訝な顔をする。
「この結び方で本当によろしいのですか?」
「えぇ、お願いいたしますわ。」
所謂、舞妓さんや芸者さんがするような「だらりの帯」を少しアレンジしたものだ。
江戸時代は一般の婦人もしていたようなのでお願いしたけど、
二人の顔をしたところを鑑みるにヤズマ皇国では一般的ではないのかしら?
それとも王女がするのにふさわしくないという意味なのかしら。
前回お会いした時にお願いして、帯を結ぶために必要な道具は要してもらっていたのでスムーズだ。
黒いドレスに帯を巻くことは事前に決めていたので、色味は二人にお任せした。
前世でいうところの帯締、帯揚げに似たようなものを用いている。
ただ、紐ではなく、両端にパチンと止めることができる金具がついたものもある。
前世の日本とヤズマ皇国では着物も着方が違うのか、それとも時代が違うのか。
和装の詳しい知識はないので後で装備さんたちに聞いてみよう。
いくつか持参したようで、テーブルの上にいくつか並べられていたが
今回は赤い絞りの帯揚げと、同じく赤い帯紐を使うようだ。
パウラ様は目を丸くしてその様子を見ている。
舞妓さんたちのだらりの帯が下のほうで左右重なるのに対し、
私がお願いしたのはあえて左右重ねず、それぞれ左右に広がる結び方だ。
ドレスの背面に、帯が広がる。
白地に金糸銀糸をたっぷり用いた豪華絢爛な刺繍が、黒いドレスの上でとても映える。
ソウビさんに完成を告げられ、アマーリエ様の正面に向かう。
パウラ様はアマーリエ様の背面に回り込み、帯をうっとりと眺めていた。
「まあ、アマーリエ様!とても美しいですわ。」
「ありがとう、パウラさん。テレーゼさん。
ソウビさんとアヤメさんんもありがとう、素晴らしい技術だわ!
これならヤズマ皇国の布をじっくりと見てもらえるし、ドレスは我が国のものだからマナー違反にはならないでしょうし。
これで完璧ね。」
大満足な様子のアマーリエ様にほっと胸をなでおろす。
でも、今回のパーティーで披露するドレスはこれだけではない。
「いいえ、アマーリエ様。これで終わりではございませんわ。」
「え?」
キョトンとするアマーリエ様とパウラ様をしり目に、
私は侍女二人の元へ行く。
「ソウビさん、アヤメさん。ちょっとよろしいかしら。」
二人にこれからの予定を告げる。
「かしこまりました、テレーゼ様。」
「準備しておきます。」
内容を聞きたがるアマーリエ様とパウラ様には笑顔を返す。
お二人にもびっくりしてもらいたいから、その時まで内緒にしておこう。
不満気に口をとがらせるパウラ様には、アマーリエ様を中座させるようにお願いした。
役割を与えられたことで、パウラ様はまんざらでも無さそうな顔をしていた。
「失礼いたします、パーティー開演15分前となりました。
ご準備は整いましたでしょうか。」
メイドの声で、私はあわててドレスを整える。
ソウビさんが、素早くメイクを直してくれた。
私はメイドに案内され、二人よりも一足先にパーティー会場へと向かった。