1章 4
アマーリエ様のドレスの相談を終え、パウラ様の馬車で家まで送っていただく。
「テレーゼさん、本当にありがとう。
私の両親に相談しても、きっとヤズマ皇国の布を使うことを反対したと思うの。
ヤズマ皇国に対して悪い感情はないのだけれど、国の伝統を守るのが大切だと思ってるから。」
「いいえ、伝統を守ることも大切ですわ。
今回のことをお父様が知ったら、なんとおっしゃるか。
私も少し不安ですもの。」
私の言葉に、パウラ様が眉を下げる。
「ねぇ、テレーゼさん。貴女もパーティーにご出席なさいよ。
お友達として招待するわ。もちろん、ご家族も。
貴女のドレスが素晴らしいと称賛されれば、お父様も嬉しいのではなくて?」
「公爵・侯爵家の方々の集まりに参列だなんてとんでもない!
身分の差がございますでしょう。」
私は慌てて固辞する。
なるべく、パーティーには参列したくないのだ。
家の利益になる方と仲良くしろ、婚約だなんだかんだと周りが言い出すから。
「でも、貴女がいたほうがアマーリエ様も安心されると思うわ。
ドレスの最終チェックもしていただきたいですし。」
「それも…そうですわね。
お父様の許可が得られたら、参列いたしますわ。」
家につき、メイドたちが出迎えてくれる。
お父様が帰宅されていることを知り、すぐに書斎へ向かった。
「お帰り、テレーゼ。
公爵令嬢と一緒に帰宅したと聞いたが、公爵家に遊びに行っていたのかい?」
お父様は書斎の椅子に座りながら、柔らかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「ただいま帰りましたわ、お父様。
実は、公爵家ではなく他の場所へ行っていたのです。」
私は今日の出来事を事細かに話す。
なるべく感情を入れないように、淡々と。
お父様の顔から、笑みが消えた。
「テレーゼ。お前はまだ学生だろう。
外交にかかわるようなことに首を突っ込むでない。
我が家への影響だけではない。
失敗すれば王女殿下が恥をかくのだ。
なにより婚姻がダメになれば、我が国は莫大な被害を被るのだぞ。」
口調は怒ってはいないようだが、表情は厳しいままだ。
「でもお父様。
アマーリエ様は望まない婚姻をするのに、国内からも反対されるかもしれないのですよ。
少しでも、快く送り出したいではないですか!」
「望まない婚姻だと、本当にそうおっしゃったのか?」
私はアマーリエ様の言葉を思い返す。
そういえば一度も、望まないとか嫌だとかマイナスの言葉を聞くことがなかった。
ヤズマ皇国の侍女にも丁寧に接していた。
「もし本当に望んでいなかったとしても、王女としての役割だ。仕方あるまい。
貴族も王族も、家のため、国のために婚姻を結ぶのだ。
そして嫁ぎ先で采配をふるうのもまた、女性の役割だ。
王女が嫁ぎ先の様子を詳しく手紙に書て国王陛下に送れば、それは立派な外交だ。
ヤズマ皇国の品を我が国が取り扱えるように働きかけたり、その逆をすれば交易になる。
そうやって、自らの才能を生かしていくことができるのだよ。」
「お父様のおっしゃりたいことはわかりますが、私は望まない相手とは結婚したくありませんわ。」
お父様はため息をついた。
ため息をつかれようと呆れられようと、望まない結婚なんて絶対に嫌。
嫁ぐことによって才能を生かすにしても、好きな人と結婚したうえで才能を生かしたい。
「テレーゼ。それについては今度ゆっくり話し合わなければならないな。」
お父様はゆっくりと立ち上がり、私の前へやってきた。
「三日後のパーティーは参加しよう。後で公爵家に手紙を出す。
お母さまにも準備をするよう、テレーゼから伝えておいてくれ。
テレーゼがどのようなドレスにしたのか、楽しみだな。」
お父様の表情に笑みが戻った。
てっきり、考案したドレスを否定されると思っていたので少々拍子抜けだ。
「アマーリエ様のドレス、私の案を採用してよろしいのですか?」
「なに、実情がどうであれ、表向きは私的な集まりの場だろう?
話を聞く限り、そのデザインはマナー違反もないようだしな。
もしうまくいかなかったとしても、なんとかフォロー出来るだろう。
王女殿下のお役に立てたようで、よかったな。」
「ありがとうございます、お父様!」
お父様の許可が下りて、心から安堵した。
一礼をしてから書斎を出て、お母様のもとへと急ぐ。
「テレーゼ、お行儀が悪いですよ。」
「お母様!」
パウラ様と離宮へ向かったこと、アマーリエ様のドレスのこと、お父様から許可が下りたことを一気にまくしたてる。
「なんてことをしているのです、テレーゼ!!」
ニコニコと許してくれると思っていたお母様が怒った。
「アマーリエ様が非難されて、貴女に原因を求められたらどうするの!
国王陛下から責められたら、貴女を守り切れないわ。
お願いよ、テレーゼ。無茶なことはしないで。
いつものような、舞踏会やパーティーに着ていくドレスの相談とは全く違うのよ。
もちろん、いつもの相談だって責任は付きまとうわ。
けれど、王女殿下の婚姻、外交が絡むということの重大性が分かっているの?」
お母様が心配していることがひしひしと伝わってくる。
気軽に引き受けてはいけなかったのだろうか。
「ごめんなさい、お母様。
でも私、アマーリエ様のお役に立ちたかったの。
それに、ヤズマ皇国の生地がとてもステキで、ぜひ関わってみたいと思ったの。」
「もし、これからもそういったことに関わりたいのならば、きちんと勉強なさい。
我が国のことだけではないわ。
周辺国のマナーも文化も習慣も。
学園で教えてくれないようなことも、きちんと勉強しなければならないのよ。」
お母様の目は真剣だ。
お母様は、来賓をもてなす公爵・侯爵夫人や外交官の夫人らが、外交の場に着ていくドレスのアドバイスをすることもある。
それだけ必死に、勉強をされているのだ。
アドバイスをしても金銭的な利益が出るわけではないが、家同士のつながりであったり交友関係を円滑に進めるために必要なことだから。
そしてきっとお母様も、家に縛られずに学び、人の役に立つことがしたい人なのだ。
「わかりましたわ、お母様。
私、もっともっと知識を身に着けます。
頼ってくださった方を裏切ることのないように。」
私の言葉に、お母様はようやく笑顔を見せてくれた。