1章 3
私が新しいドレス作り?
デザイナーと相談しながら作るオーダーメイドドレスではなく、新しい素材を使ったドレスを一から産み出せ、と。
そしてそれは、我が国の貴族社会の思想に影響を及ぼし、外交に繋がる、と。
アマーリエ様からの依頼にゾクりとする。
成功すれば、とんでもないことだわ。
デビュタントもしてない貴族令嬢が、未知の国との外交の下地を作るのだから。
自信はないけど、やってみたい。
それが顔に表れたのか、アマーリエ様が侍女に告げる。
「ヤズマ皇国からの布を幾つか用意して頂戴。」
その言葉を受けて、布を運んできた侍女が二名。
二人とも、艶やかな黒髪を結い上げている。
衣服を見て、思わず二度見してしまった。
着物だ!
記憶にある着物は、大河ドラマのような十二単や打掛、七五三の着物や式典で大人が着るような着物。
それらとは少し違うようだが、着物だ。
「彼女たちがヤズマ皇国からの侍女よ。アヤメさんとソウビさん。
私の教育係もしてくださるの。ヤズマ皇国の名家のお嬢様だそうよ。」
侍女であっても呼び捨てにはしないのは、交易も無いような異国からはるばるやって来た才女だからだろうか。
それとも侍女とはいえ、来賓のような立ち位置なのか。
そのような事を考えていると、目の前な厚みのある布が幾つか差し出される。
幾重にも折り畳まれた、幅が30センチくらいの織物。
金糸や銀糸をたっぷりと用いた織物。
多色の糸で織り成す花模様。
緻密で繊細な手仕事、そしてあまりの豪華さに息を飲む。
どこかで見たことがあるわね。これも前世の記憶かしら。
あぁ、あれだわ! 礼装用の着物の帯だわ!
詳しい知識は無いけれど、見たことはある。
職人さんが作る品は、とても手間がかかり良いお値段するのよね。
きっと今も手作業のはず。
我が国の織物も手作業だけど、それよりずっと高いかもしれないわ。
「他にも幾つかあるのだけど、今回はこれを使って欲しいの。なんでも、描かれている花が縁起物らしいわ。
アヤメさんに、これでドレスを仕立てるには布が足りないし固すぎるのではないかと言われたのよ。」
アマーリエ様が1つの布を触りながら言った。
アヤメさんは小さくうなずいた。
マーメイドラインならギリギリ作れそうだけど、いま主流のボリュームのあるドレスは無理ね。
パウラ様も、指先でぞっと布を撫でながら言う。
「豪華な尾長を持つ鳥の織物も素敵ですわね。
でも派手だと非難してくる者もおりますから、皆さんがアクセサリーや普段着の柄として馴染みのある、お花のほうが良いわね。」
パウラ様の言葉を聞きながらチラリとソウビさんに目をやると、視線を床に落としたまま無表情で黙っている。
侍女は無表情でいるようにと躾けられているのか、ヤズマ皇国人の特徴なのか。
「どうかしら、テレーゼさん。
この布を用いたドレスを作るのに、力を貸してくださらない?」
アマーリエ様とパウラ様はこちらをすがるような眼で見ている。
身分や性別に囚われずに、力を試すチャンスだわ。
失敗したら 家 に関わってしまうからお父様は嫌がりそうだけど、お母様なら許して下さるはず。
自信はない。それでも取り組みたい。
「分かりましたわ。
私でよろしいのでしたら、ぜひ引き受けさせてくださいませ。」
パウラ様はホッとした笑みを浮かべた。
「良かったわ、貴女なら引き受けて下さると思ったの!
次のパーティーまで時間が無いから、すぐにアイデアをまとめて欲しいわ。
我が家の私的なパーティーだから、ドレスコードは厳くなくてよ。」
「王族で参加するのは私だけ。あとは公爵、侯爵家、辺境伯家よ。
若者が多いから、ヤズマ皇国の布を使うことに反対するような頭の固い人はあまりいないと思いたいわ。」
いくら私的なパーティーで若者が多いとはいえ、上位貴族の集まりで着用するドレスを作らなくてはならないのか。
普段、アマーリエ様の自宅である王宮で着るようなドレスをイメージしていたために、急に責任がのしかかってくる。
「そのパーティーは、いつなのですか?」
「三日後よ!」
「三日!?
ドレスを仕立てるには、時間が足りないわ。」
私は布を見つめる。
これ、やっぱり帯よね?
帯なら、ドレスに仕立てなくても使えそうだわ!
「アヤメさん、ソウビさん。
お二人のお衣裳は、ヤズマ皇国では一般的なものなのですか?」
「衣類そのものは、侍女階級では一般的です。
着方は裾腰のあたりでまとめてつぼめた、外出用の着方です。
皇国では、室内では裾を引きずらせて歩くのですが、こちらは土足なので。」
アヤメさんが淡々と説明をする。
なるほど。着物みたいだけどなんか違うと感じたのは、着付けの問題だったのか。
そしてヤズマ皇国は室内は靴を脱ぐのね。
「こちらの豪華な布も、そのようなお衣裳に合わせるのかしら?」
「これとはまた違う種類の着物に用います。
この布は腰のあたりに巻いて結ぶ、帯と呼ばれるものです。」
ソウビさんの説明を聞いてもピンとこないのか、パウラ様たちは怪訝な顔をしている。
おそらく、結ぶと聞いてリボン結びを想像しているはずだ。
それには長すぎるし、おかしいと思っているのだろう。
「お二人は帯を結ぶことは出来ますの?
例えば、花のように結んだりとか華やかな結び方ですとか。」
成人式のイメージで問えば、二人はしっかりと頷いた。
良かった。
二人の力があれば、なんとかなりそうだ。
「それならば話は簡単ですわね!
アマーリエ様、パーティーに着ていく用のドレスを拝見させてくださいまし。」