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1章 1


絶世の美女でもなければ、天才でもない。

毎日丁寧に手入れをしてくれるから、綺麗でいられる。

教育環境が優れているから、人並み以上の知識はある。



それが伯爵令嬢である私、テレーゼ・リートゥス。



ただ1つ、ほかの人と違う前世の記憶があること。

そしてその前世が、今の私の住んでいる世界とは全く違う世界である ということ。



そこは科学技術も医療も文化も発達した世界。

日本。

前世で読んだ本ならば、転生した主人公はずば抜けた知識を活かして本を作った医療を発達させたり税制改革をしたりと大活躍。


でも、私はそこまでの記憶はない。


義務教育レベルの一般教養は覚えていても、専門的な知識ではない。

前世の知識がプラスになることも、マイナスになることもないまま成長してきた。


けがをした時の簡単な手当てとか、役に立つこともあったけれど

そもそもモノが違う。

ここは前世でいうところの、中世ヨーロッパと文化が近い。

世界史の知識はマリーアントワネットのような有名人しか覚えてないし

日本史の知識はあっても、武士もいなければ醬油も米もない世界では全く役に立たないのだ。





そんな私は、王侯貴族用の学園に通っている。

全ての王侯貴族が通うわけではなく、希望者のみが通うことになっている。

女子生徒たちは、難しい学問を学ぶためではなく社交界でのパイプ作りのために通うものが多い。

もちろん家のため、である。


私はそんなの耐えられない。


家のための結婚、家のための社交。


考えただけでもぞっとする。


前世の記憶の弊害なのか?


女性だって学問を修めたいし、貴族だって働きたい。





学園の休み時間。

婚約者がどうのこうのと話す女子生徒たちをよそに、私は課題をやっているふりをしていた。

恋愛に興味がないわけではないが、家が絡む婚約騒動には巻き込まれたくないのだ。

婚約者がいないと言って同情されるのも、良い方がいますよと紹介されるのもめんどくさい。




「テレーゼさん、少しよろしいかしら?」


鈴が鳴るような声で話しかけてきたのは、公爵令嬢パウラ・バーナー様。

綿菓子のようにふわふわしていて、いつも愛らしい表情を浮かべている。

私とは少し身分差はあれども、幼いころから親しくしてくださる公爵令嬢だ。

学園で一番の仲良しでもある。


「パウラ様、如何なされました?」

「王家主催舞踏会のドレスのことで相談したいことがありますの。

 放課後、一緒に来ていただいてもよろしいかしら?」

「えぇ、もちろんですわ。お役に立てるのでしたら喜んで。」


我が家は古くから典礼を司る家柄で、舞踏会のドレスなどの相談を受けることが良くある。


〇〇家が主催の時はこの色を避ける、〇〇国からの来賓がいらっしゃるときは肌を極力見せないドレスにする、といったようなものから、

似合うドレスの色や、流行の髪型の相談をされることもある。


お母さまが同世代の女性貴族から相談を受けることが多いので、その娘である私にも相談してくるのだ。

まだまだ勉強中の身ではあるけれど、私も知っている限りのことをお伝えしている。



家のために働いているみたいで嫌だなと思うこともあるけれど、相談に乗ること自体は楽しい。

自分の得た知識を使って人の役に立つのは性に合っているようだ。

デザイナーになれるほどファッションのセンスもないけれど、何かこういうことが仕事になればいいのに。





とはいえ公爵令嬢であるパウラ様に、私がアドバイスできる儀礼知識など無く

年頃の女の子同士にありがちな、どのドレスがいいか、どのアクセサリーが良いかといったファッション話に花を咲かせるのが常である。


「良かったわ。

 今回は他の方も同席するので、よろしくお願いしますわ。

 当家の馬車で参りますから、テレーゼ様の御者に伝えさせておきますわね。」


にっこり微笑み、去っていくパウラ様。


他の方って誰だろう?

パウラ様の交流関係で行くと、侯爵令嬢クラスの方かしら。

それともデザイナー? まさかパウラ様のお母さま?


きちんと対応できるか少し不安な気持ちになりながら、放課後を迎えた。





「さ、テレーゼさん、参りましょう。」


パウラ様に促されて馬車に乗る。

さすが、公爵家の馬車は乗り心地が良い。

外装に豪華さはないが、見る人が見れば、一流品の素材を用いた匠の技で作られたことが分かる。

カーテンで窓を閉め中が見えないようにすれば、ぱっと見ただけでは公爵家の馬車だとは気が付かれることはない。


伯爵家の馬車だって辻馬車よりは何倍も質が良いはずだけど

公爵家の馬車には何度乗っても、我が家の馬車との違いを感じる。


「パウラ様、同席される方はどなたなのでしょうか?

 私、失礼なことをしないか心配で心配で…。」

「それはついてからのお楽しみよ。」


いたずらっ子のように笑いながらパウラ様は言う。

 

「きっとびっくりするわ!」

「その方はもう公爵家にいらっしゃっているのですか?

 いま一緒ではないということは、学園の生徒ではないのですね?」


そう、もし同じ学園の生徒であれば、馬車に乗るときに乗り合わせると予想していた。

私でさえ同乗させていただいているのだもの。

でも馬車にいないということは、学園の生徒の可能性は低い。

あるいは男爵家の方で馬車を固辞されたか。

男子学生で遠慮されたか。


「女性の方、とだけお伝えしておきますわ。

 それからね、私、公爵家に行くって言ったかしら?」


パウラ様は涼しい顔で私を見てくる。


ハッとして思い出すと、確かにパウラ様は公爵家に行くとは言っていない。

ではどこへ向かっているのかしら。


行儀の悪いことと知りながらも、ソワソワしながらそっとカーテンを開く。



「な、なんで!!??

 王城に向かってる!!??」



パウラ様は相変わらず愛らしい顔をしながら、口の端をニヤッと歪めた。

 

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