今を生きるあなたへ 愛を込めて
この物語はフィクションです。
実在する人物、出来事とは、一切関係ございません。
蝉が忙しく鳴く夏。
窓を閉め切り、夏の日差しを遮るようにカーテンを閉じ、エアコンを23℃の強風で回す。
コンビニ弁当のゴミの山を避け、最後にいつ洗ったかもわからない布団に寝転んでいる。
どうしようもないほど体たらくな人生。
そんな無様な男、金森 彰人は、今日も正午を回る頃に、家に帰る母親を避けるように家を出た。
残念な毎日の日課である。
僕はいつも駄菓子屋でソーダ味のアイスを買い、お気に入りの空き地にある小高い丘で、一本の太く立派な木に支えられながら本を読む。
本はいつも同じもの。
何度か溶けたアイスを垂らしてシミを作った。
そして、15時になる頃に重い腰をあげ、
家に戻り暗い部屋に閉じ篭もる。
そんな生活を1年半は続けていた。
この日もそう。
いつもと変わらず家を出て、駄菓子屋でアイスを買い、いつもの空き地へ向かった。
しかしこの日は、いつもと違うことがあった。
腰を下ろす木の根元を、知らない女の子が先に占領していたのだ。
呆けてその子を見ていると、彼女はこちらに気付き声をかけた。
「……。私に何か用?……。あっ、もしかして、ここ……君の場所?」
彰人はぎこちなく首を縦に振った。
「そっか、ごめんね。でも、今日は……ここにいたいんだ。んー……そうだ。一緒に座らない?ほら、お隣どーうぞ」
その子は返事も聞かず、横スペースをトントンと指先で叩いてみせた。
少し面倒くさかったが、本を読むだけだしいいかと諦め、言われるがままに隣へ腰掛けた。
「へへっ、素直だねー。私も本読むだけだから気にしないで。君も……本を読むんだよね?あっ、見て!同じ本!すごい偶然だね」
おしゃべりな子だな。
ここらじゃ見ないけど、どこの子だろ?
「君、いつもここで本読んでるの?」
彰人は小さく頷いた。
「そっか。ここいい場所だよね。静かで穏やかで、風が気持ちいい。私身体が弱いからさー、外出なんて久しぶりなんだ。あっ、私、香。君の名前は?」
彰人は本の裏表紙に油性マジックで書かれた名前を指さした。
「あきとくんか!あきとっていい響だよね。私、将来子供には『あきと』って名前つけようと思ってたんだ」
彰人は呆れたように目を本に落とし、昨日の続きを読み始めた。
「ねぇ、彰人くん、なんで君はいつもここに来るの?」
彰人はその質問には答えなかった。
目線を変えずにいると、香はまた話を始めた。
「じゃあさ、彰人くん、その本の好きなところは?」
彰人はまた答えなかった。
「つまんないなぁ。ま、いいけどね!」
香はそう言うと、ようやく静かに本を読み出した。
――
15時を少し回ったころ、彰人は本を閉じて重い腰を上げた。
「あっ、帰るの?今日はありがと。またね」
彰人は小さく会釈して帰路についた。
――
家に着くとまず冷蔵庫を開いた。
いつも母親がご飯を作っていれてくれているのだ。
だが、今日は入っていない。
帰らなかったのだろうか?
彰人は仕方なく、カップ麺を出してきて食べた。
深夜、母親が寝ている時間、準備してあるご飯を求めて再びキッチンへ向かう。
しかし、また冷蔵庫に準備はない。
どうやら今夜は帰りが遅いようだ。
仕方なくまたカップ麺を食べ、シャワーを浴びて部屋に戻った。
次の日、結局母親は帰らなかったようだ。
まだ朝食の準備もない。
仕方なくまたカップ麺を……と思ったが、ストックが切れてしまった。
手持ちは……400円、仕方ない、買いに行くか。
母親宛の金の無心の手紙を残し、彰人は家を出た。
時刻は11時半。
この時間なら、食べたらそのままいつもの空き地だ。
彰人はそんなことを考えながらコンビニでおにぎりを2つ買い、その場で食べてゴミは捨てた。
そしてこの日も駄菓子屋へ向かい、アイスを買って空き地に向かう。
空き地には、また昨日と同じ光景があった。
「おっ、彰人!今日も来たんだ」
あぁ静かな僕の空き地はもうないのだろうか?
もう呼び捨てだし。
香はまた隣をトントン叩いて呼んでいる。
彰人は小さくため息をつくと、香の隣へ腰を下ろした。
「彰人っていつもここでアイス食べてるの?昨日も食べてたよね?」
彰人は小さく頷いた。
「そうなんだ、私も買ってこようかなー?」
その言葉には彰人は反応しなかった。
「私さー、実は入院してて、病室抜け出してきてるんだー」
さすがの彰人もこれには目を見開いた。
が、気づいているのかいないのか、香は続けて話をする。
「だって病室って辛気臭いしさー、どうせなら好きな場所で好きな人といたいし、もし死ぬんだとしても死に場所は自分で選びたいじゃん?」
彰人は小さくため息をついて、香の目を見た。
「あー、その目はあれでしょ。病院戻って大人しくしてろってこと?つまんないなぁ」
香は大袈裟に不満な顔を見せつけた。
かと思えば、何か思いついたような顔をしてニヤッと笑った。
「……じゃあさ、一緒に探してよ。私の死に場所。いいとこ見つかったら、大人しく帰るから」
全く、何を言ってるんだか。
だが、香を説得するのは無理なんだろう。
彰人はまた小さくため息をつくと、いつもより早めに、重い腰を上げた。
「いいの?!やった!いこーいこー!!」
無邪気に喜ぶ姿に女の子らしさを感じた。
久しぶりに少し笑えた彰人は、香に引っ張られて町へ飛び出した。
香は途中で買ったアイスを満足そうに食べながら歩いている。
まず向かったのは商店街だ。
人が多く、あまり好きではない場所だ。
「んー、美味しいものを食べながらっていうのもアリだけど、ここは落ち着かないね。あっ、ねーねー、コロッケ食べよ!」
2人分のコロッケを買い、彰人の財産は底をついた。
コロッケを持って次に来たのは小さな公園。
2人は空いていたブランコに腰を下ろした。
「きっとここで死んじゃうと、子供達を怖がらせちゃうね。あっ!見てー!アイス当たりー!」
夜な夜な化けて出る気だろうか?
香の考えていることは、よくわからない。
それと、あのアイス……当たりあったんだ。
衝撃の事実に驚きつつ、ここではコロッケを食べた。
次は川に来た。
昔、父親と母親と3人でよく遊びに来た川だ。
いつからだったかな……。
父親が帰らなくなったのは。
「彰人、考え事?川はやめた方がいいよ。苦しい思いして死にたくないでしょ?」
頓珍漢にもほどがある。
思わず小さく吹き出した。
「あっ!やっと笑った!笑顔似合うじゃん!」
香の恥ずかしげもないストレートな言葉に、彰人は耳まで赤らめた。
「恥ずかしがってんの?かわいいなぁ」
ニッと笑った香は彰人の頭をくしゃくしゃと撫でた。
かと思うと、今度は寂しい顔をしてポツリと話始める。
「……………。ねぇ、彰人。……多分私ね、もう長くないの」
思わぬ告白に一瞬時間が止まる。
これだけ元気な子が……そう思うと今度は重い空気が時を動かし始めた。
「私はさ、人より少しだけ苦労してきたんだ。でも、それを苦しいって思うことは一度もなかった。家族が大好きで、家族の笑顔が見たくて、その為ならなんでも頑張れた」
香は顔を見せないように川に目を向ける。
「ただ、いざ死ぬってなると、ちょっと怖い。私が家族にとってどんな存在だったのかわからないし、私の頑張りが家族の為になってたのかもわからない。……私……あの子の力になれてたのかなぁ?私が死んだら…悲しんでくれるのかなぁ?」
香はまだ顔を見せないが。
川に向かって大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ぐすっ…………。
……なぁんてね。ごめん、重かったね!次行こう!彰人はいきたい場所ない?」
香の赤くなった目鼻、頑張って作った笑顔に心が締め付けられた。
命に……家族に……こんなに向き合っている人がいるのに。
僕は何をしているのだろう?
自分の情けなさに、胸が痛んだ。
その姿をみた香は、小さく微笑み、彰人に話しかけた。
「彰人、着いてきて。連れて行きたい場所があるの。」
――
香に連れられてきた場所、それは、病院だった。
「私が入院してる病院。来て。あなたに見て欲しいの」
「あなた」に変わった呼び方が、彼女が真剣であることを伝えていた。
彰人は香に向かって頷いた。
病院の中を歩きながら香はゆっくり話をした。
「私ね、昔は家族3人で楽しく、いつまでも暮らしていけるって信じてたんだ。だけど男ってすぐ目移りしてダメね。結局あの人は他の女を選んで出て行って、去年事故で死んだって聞いたわ。あなたは、そんな男にならないでね」
香の話に無言で頷き、耳を傾けた。
「結局2人での生活になって、パート掛け持ちしながら必死に子育てして、苦労したけど、幸せだった。」
香の言葉に、彰人は目を潤ませた。
「ねぇ、彰人。私、あなたの役に立てたかしら?あなたを最後まで支えられなくて、ごめんね。」
もういい、もういいよ。
「もうご飯は作ってあげられないけど、カップ麺ばっかり食べちゃだめよ。」
ダメだ……ダメだダメだダメだ!
彰人は走った。
「私は彰人を愛してた。そしてこれからも愛してるわ。」
待って!お願い!待って!!
…………ピーーーー
声が聞こえなくなり、立ち止まる。
音が響く病室の部屋番の下には、金森 香と書いてあった。
フラフラとした足取りで病室に入る。
ベッドには安らかな顔の母が眠り、机にはアイスの当たり棒が置かれていた。
「……ぅ……ぅぐっ……くっうっ……
ああぁぁぁぁぁあ!ああぁぁぁぁぁあ!」
この日、金森 彰人は……。
2年間忘れていた、声の出し方を思い出した。
母にもらった本を抱いて、病院中に響き渡るほど、
大きな声で、泣き叫んだ。
ご一読いただき、ありがとうございます。
普段書いている物語とは違い、生きる意味に訴えかける、そんな物語でございました。
この物語を読んで、生きる意味をもう一度考えてくれたのなら、私の想いも伝えられたんだと思います。
あなたの気持ちは、きっとあなたの愛する人に届きますよ。