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かくて剣士は、妖刀の誘いを受ける


 ボールズが、意識を失っていたのは、ほんの数刻のことだった。

「気が付いたか?」

 ソールが、彼の顔を覗き込むようにして言った。

 どうやら、ベッドに寝かされていたようだ。

「どこだ・・・?」

 ボールズは、起き上がろうとして、背中の痛みに顔をゆがめた。

「さっきの屋敷の中だ。もう、だれもいないんで、勝手に使わせてもらった。」

「そうか、手間をかけさせたな。」

 ボールズはそう言うと、再び横になった。

 もう少し休めば、痛みも引いていくだろう。

 彼は、これからのことを考えた。

 ここで出来ることは、もうない。

 この屋敷を調べるのは、クラカドに任せてよいだろう。

 何か、発見があるとも思えないけれど。

 ゼダンの遺体も、国許に返せるように頼んでおこう。


 ボールズとソールは、運よくエルダに向かう隊商を見つけ、同乗させてもらうことができた。

 二日後、エルダに到着したボールズは、ソールに連れられて、エダ・ブリストルの屋敷を訪れた。

 ボールズとしては、あまり気乗りしない訪問ではあった。

 けれど、クラカドも同行する、ということなので、仕方がなかった。

 屋敷のそれほど広くはない、おそらく、よりプライベートな集まりで使う為の応接室に彼らは通された。

 ソールが、ブリストルに事の顛末を報告した。

「その魔法士の名は、私も耳にしたことがあります。」

 話を聞き終えて、彼女は最初にそう言った。

「不死であるがゆえに、世の中を混乱させて楽しむような人物だと。」

 ボールズも、そう思う。

 実際に会ってみて、確かにそんな雰囲気があった。

「であれば、今回の事件は、その魔法士が引き起こしたこと。

 再び繰り返される危険はあるけれど、一応解決したもの、と思います。」

 これはつまり、ゼダンという、都市連合出身の元剣士については、もう何も問はない、という宣言だ。

 ブリストル領、ひいては帝国と都市連合の関係悪化も望まない、という政治的な意味あいもあるのだおる。

「ノガラの調査は、クラカド殿がなされるのでしょうね?」

 ブリストルに言われて、彼は苦笑した。

「そうですね、そのつもりです。

 ゼダンが持ち込んだはずの荷物の件も含めて、わかったことは、包み隠さず、こちらにもご報告します。」

 ブリストルは、その答えに満足したようにうなずいた。

 モーラー家の情報員も、彼女の前では形無し、のようだ。

「ボールズ卿」

 彼女が、ボールズに向かって声をかける。

「今回は、無理に弟子のソールを同行させていただき、ありがとうございました。」

 その言葉に、ソールは恥ずかしそうにうつむき、ボールズは表情に困った。

 最初は、お互い、帝国と都市連合の剣士ということで、反発も大きかったのだけれど・・・。

「いや、私も、彼女には助けられましたから。」

 彼には、そう答えるのが、今は精いっぱいだった。


 ボールズとクラカドが、屋敷を出るのを、ソールとブリストルは見送った。

「今回のこと、どうだった?」

 ブリストルが、ソールに尋ねた。

「力不足を実感しました。」

 ソールは、正直に言った。

「剣士というのが、あれほどの戦いをするのだ、と目の当たりにした気がします。

 最初に黒の剣士と相対した時、私はそれがどれほど恐ろしい相手か、完全にはわかりませんでした。

 けれど、翌日、改めて対峙した時は、恐ろしくて、剣を抜くことすらできませんでした。

 それほど、恐ろしい相手がいる、ということを、初めて知りました。

 そして、ボールズという剣士は、その恐怖をものともせず、闘って勝利しました。」

 ソールの素直な答えに、ブリストルは満足げにうなずいた。

「恐怖を知ることも、剣士としては大切なことだ。

 相手が、どれほど恐ろしいものなのか、それが分かれば、生き残ることもできる。」

 ふと、作り物の腕に視線を落とす。

「そのうえで、戦わねばならない、そういう時もあることを知ることだ。」

 ソールをボールズの旅についていかせたのは、正解だった。ほんの数日の経験が、彼女をより優秀な剣士へと育ててくれた。

 ボールズには、感謝しなければならない、ブリストルはそんな風に考えていた。

「帝都に戻っても、精進を続けることだな。」

 師の言葉に、ソールはうなずくのだった。


「そうか、あのゼダンがな・・・」

 オハラは、遠い目をしてつぶやいた。昔の彼を思い出すかのように。

 初夏の日差しが、道場のわきにある部屋に差し込んでくる。

 穏やかな日だった。

 ボールズは、ノガラへと向かうクラカドと別れ、今朝がた道場についたところだった。

 すぐに、フォークナー卿もやってきて、ボールズはオハラとフォークナーに、事の次第を報告したところだ。

「力を求めるだけが、剣の道ではない、そう教えたのだったがな・・・。」

 師の言葉には、わずかな無念さがにじんでいたように、ボールズには感じられた。

「なんにせよ、今回の一件は解決した。ありがとう。」

 フォークナーが、ボールズに礼を言った。

「それにしても、黒の剣士と妖刀ジレイラ・・・それに魔法士レイナス・グローバーとは」

 フォークナーが、半ばため息をつくように言った。

 彼にしてみれば、今後もこうした厄介な事件が起きる、と考えざるを得ないのだろう。

「先生は、かつて別な黒の剣士と闘ったことがあると、聞きました。」

 エルダからノガラへと向かう途中で出会った、老人に聞いた話を、ボールズはオハラにした。

 それを聞いて、

「あれは、もう剣士ではなかった。」

 オハラが、ぽつりと言った。

「あの頃は、私もまだ、強い剣士と闘うことを望む、若造に過ぎなかった。

 だから、うわさに聞く黒の剣士と相対することが楽しみだった。」

 それは、もう遠い過去の話。

「しかし、あれは、もう剣士ではなく、ただの殺戮を楽しむ化け物だった。」

 その姿を見て、力のみを求める自らの愚かさを知ったのだ、

とオハラは言った。

「・・・」

 そう聞いて、ボールズはしばらく無言だった。

 ゼダンは、そんな「化け物」になりかけていた。

 それでも、最後は剣士として、闘って逝った。

 彼は、それで満足だったのだろうか?

 自分は、完全に化け物になる前に、ゼダンを止めることができたのだろうか?

 ボールズは、自らに問いかけた。

 けれど、今となっては、その答えは返ってこない。

 少し、空気が重くなった。

 それを感じてか、フォークナー卿が話題を変えた。

「エダ・ブリストル殿や帝国の剣士とも、うまくやれたようではないか。」

「えぇ、まぁ・・・」

 その話題に、ボールズはちょっとだけ言葉に詰まった。

「ブリストル卿には、最初から正体がわかっていたようです。モーラー卿のところの、クラカド殿の正体も。」

 ボールズの話に、フォークナーは苦笑した。

「強者は、強者を知る、ということだよ。」

 彼女に斬られた、という傷をさするようにして、彼は言った。

「クラカドについては、ディクスンとも話しているが、今回の事も踏まえて、エルダに公館を置いてそこに入ってもらおうかと思っているんだ。」

「正式な形で、情報交換をしていこう、ということですな。」

 オハラが、うなずいた。

 もう、剣をとって相対する、という時代ではないのかもしれない。

 それは、自分にとって好ましい時代なのだろうか?

 ボールズは、ふとそんなことを考えた。

 その思いを断ち切るように、廊下の向こうから、バタバタと足音が近づいてくる。

「ボールズ兄、帰ってきたの?」

 そして、廊下の向こうから、ケイトの声がした。その隣には、ミハエルもいるようだ。

 そうだ、時代がどうであれ、まだ彼は剣を捨てたわけではない。

 ボールズは、オハラとフォークナーに一礼すると、立ち上がった。

「久しぶりに、稽古をつけてやるぞ。私がいない間、きちんと修行していたか、見せてもらうからな。」


 それは、突然現れた。

 道場を出て、しばらく歩いていたところだった。もう、日は暮れて、星が瞬き始めている、そんな時間。

「彼女」は、ボールズの目の前に現れた。

「レイナス・グローバー!」

 思わず、彼は腰の剣に手をやった。

 グローバーは、片手をあげてその動きを制する。

「無駄なことは、よしたまえ。君の目の前に立っている私は、実体ではない。気配でわかるだろう?」

 確かに、彼女の言う通り、目の前の姿には、実在の気配が感じられない。

「何をしに来た?」

 それでも、いつでも抜けるように、剣に手をかけたまま、ボールズは聞いた。

「なに、少し話がしたくてね。」

 ボールズの殺気など、気にもせずにグローバーは、笑みを浮かべる。

「話?」

「そう、話だよ。これのことだ。」

 グローバーは、そう言って、片手に持っていた「刀」を差し出す。

「ジレイラ?」

 それは、忌まわしき妖刀。

「君、これを手にする気はないかね?」

 彼女は、こともなげにそう提案した。

「私に、黒の剣士になり果てろ、と言うのか?」

 ボールズが、語気を強めた。

 けれど、グローバーは、彼の言葉に笑い声をあげた。

「なり果てろ、か。確かに、並みの剣士であれば、そうなるだろうがね。

 だが、私が見たところ、君ほどの胆力があれば、この刀に支配されることなく、使いこなせるのではないか、と思うが?」

 笑顔が消え、探るような眼で、彼女はボールズを見つめた。

「ジレイラを、使いこなす・・・?」

 つぶやくように、ボールズは言った。

 それは、「甘いささやき」のようであった。

「返答は、今すぐでなくともよいよ。今は、他の「仕込み」もあるのでね。」

 その言葉に、ボールズは「現実」に引き戻された。

「仕込み?」

「君のように、平和な時代では生きづらい、と思う人間は、他にもいるのでね。そういう連中に、協力するのも、私の「趣味」なのさ。」

 くすくすと、彼女は笑った。

「またしばらくしたら、今の答えを聞きに来るよ。良い返事を聞かせてくれると、うれしいのだが。」

 そういって笑うグローバーの姿が、夜の闇に溶け込むように消えていった。

「ジレイラを・・・この手に・・・?」

 ボールズは、口の中で、つぶやくように繰り返した。

 そして、グローバーが消えた闇を見つめて、次に、彼女にあった時、自分は何と答えるべきだろうか?

 と自分自身に問いかけるのだった。

  



                                了

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