かくて剣士は、妖刀の誘いを受ける
六
ボールズが、意識を失っていたのは、ほんの数刻のことだった。
「気が付いたか?」
ソールが、彼の顔を覗き込むようにして言った。
どうやら、ベッドに寝かされていたようだ。
「どこだ・・・?」
ボールズは、起き上がろうとして、背中の痛みに顔をゆがめた。
「さっきの屋敷の中だ。もう、だれもいないんで、勝手に使わせてもらった。」
「そうか、手間をかけさせたな。」
ボールズはそう言うと、再び横になった。
もう少し休めば、痛みも引いていくだろう。
彼は、これからのことを考えた。
ここで出来ることは、もうない。
この屋敷を調べるのは、クラカドに任せてよいだろう。
何か、発見があるとも思えないけれど。
ゼダンの遺体も、国許に返せるように頼んでおこう。
ボールズとソールは、運よくエルダに向かう隊商を見つけ、同乗させてもらうことができた。
二日後、エルダに到着したボールズは、ソールに連れられて、エダ・ブリストルの屋敷を訪れた。
ボールズとしては、あまり気乗りしない訪問ではあった。
けれど、クラカドも同行する、ということなので、仕方がなかった。
屋敷のそれほど広くはない、おそらく、よりプライベートな集まりで使う為の応接室に彼らは通された。
ソールが、ブリストルに事の顛末を報告した。
「その魔法士の名は、私も耳にしたことがあります。」
話を聞き終えて、彼女は最初にそう言った。
「不死であるがゆえに、世の中を混乱させて楽しむような人物だと。」
ボールズも、そう思う。
実際に会ってみて、確かにそんな雰囲気があった。
「であれば、今回の事件は、その魔法士が引き起こしたこと。
再び繰り返される危険はあるけれど、一応解決したもの、と思います。」
これはつまり、ゼダンという、都市連合出身の元剣士については、もう何も問はない、という宣言だ。
ブリストル領、ひいては帝国と都市連合の関係悪化も望まない、という政治的な意味あいもあるのだおる。
「ノガラの調査は、クラカド殿がなされるのでしょうね?」
ブリストルに言われて、彼は苦笑した。
「そうですね、そのつもりです。
ゼダンが持ち込んだはずの荷物の件も含めて、わかったことは、包み隠さず、こちらにもご報告します。」
ブリストルは、その答えに満足したようにうなずいた。
モーラー家の情報員も、彼女の前では形無し、のようだ。
「ボールズ卿」
彼女が、ボールズに向かって声をかける。
「今回は、無理に弟子のソールを同行させていただき、ありがとうございました。」
その言葉に、ソールは恥ずかしそうにうつむき、ボールズは表情に困った。
最初は、お互い、帝国と都市連合の剣士ということで、反発も大きかったのだけれど・・・。
「いや、私も、彼女には助けられましたから。」
彼には、そう答えるのが、今は精いっぱいだった。
ボールズとクラカドが、屋敷を出るのを、ソールとブリストルは見送った。
「今回のこと、どうだった?」
ブリストルが、ソールに尋ねた。
「力不足を実感しました。」
ソールは、正直に言った。
「剣士というのが、あれほどの戦いをするのだ、と目の当たりにした気がします。
最初に黒の剣士と相対した時、私はそれがどれほど恐ろしい相手か、完全にはわかりませんでした。
けれど、翌日、改めて対峙した時は、恐ろしくて、剣を抜くことすらできませんでした。
それほど、恐ろしい相手がいる、ということを、初めて知りました。
そして、ボールズという剣士は、その恐怖をものともせず、闘って勝利しました。」
ソールの素直な答えに、ブリストルは満足げにうなずいた。
「恐怖を知ることも、剣士としては大切なことだ。
相手が、どれほど恐ろしいものなのか、それが分かれば、生き残ることもできる。」
ふと、作り物の腕に視線を落とす。
「そのうえで、戦わねばならない、そういう時もあることを知ることだ。」
ソールをボールズの旅についていかせたのは、正解だった。ほんの数日の経験が、彼女をより優秀な剣士へと育ててくれた。
ボールズには、感謝しなければならない、ブリストルはそんな風に考えていた。
「帝都に戻っても、精進を続けることだな。」
師の言葉に、ソールはうなずくのだった。
「そうか、あのゼダンがな・・・」
オハラは、遠い目をしてつぶやいた。昔の彼を思い出すかのように。
初夏の日差しが、道場のわきにある部屋に差し込んでくる。
穏やかな日だった。
ボールズは、ノガラへと向かうクラカドと別れ、今朝がた道場についたところだった。
すぐに、フォークナー卿もやってきて、ボールズはオハラとフォークナーに、事の次第を報告したところだ。
「力を求めるだけが、剣の道ではない、そう教えたのだったがな・・・。」
師の言葉には、わずかな無念さがにじんでいたように、ボールズには感じられた。
「なんにせよ、今回の一件は解決した。ありがとう。」
フォークナーが、ボールズに礼を言った。
「それにしても、黒の剣士と妖刀ジレイラ・・・それに魔法士レイナス・グローバーとは」
フォークナーが、半ばため息をつくように言った。
彼にしてみれば、今後もこうした厄介な事件が起きる、と考えざるを得ないのだろう。
「先生は、かつて別な黒の剣士と闘ったことがあると、聞きました。」
エルダからノガラへと向かう途中で出会った、老人に聞いた話を、ボールズはオハラにした。
それを聞いて、
「あれは、もう剣士ではなかった。」
オハラが、ぽつりと言った。
「あの頃は、私もまだ、強い剣士と闘うことを望む、若造に過ぎなかった。
だから、うわさに聞く黒の剣士と相対することが楽しみだった。」
それは、もう遠い過去の話。
「しかし、あれは、もう剣士ではなく、ただの殺戮を楽しむ化け物だった。」
その姿を見て、力のみを求める自らの愚かさを知ったのだ、
とオハラは言った。
「・・・」
そう聞いて、ボールズはしばらく無言だった。
ゼダンは、そんな「化け物」になりかけていた。
それでも、最後は剣士として、闘って逝った。
彼は、それで満足だったのだろうか?
自分は、完全に化け物になる前に、ゼダンを止めることができたのだろうか?
ボールズは、自らに問いかけた。
けれど、今となっては、その答えは返ってこない。
少し、空気が重くなった。
それを感じてか、フォークナー卿が話題を変えた。
「エダ・ブリストル殿や帝国の剣士とも、うまくやれたようではないか。」
「えぇ、まぁ・・・」
その話題に、ボールズはちょっとだけ言葉に詰まった。
「ブリストル卿には、最初から正体がわかっていたようです。モーラー卿のところの、クラカド殿の正体も。」
ボールズの話に、フォークナーは苦笑した。
「強者は、強者を知る、ということだよ。」
彼女に斬られた、という傷をさするようにして、彼は言った。
「クラカドについては、ディクスンとも話しているが、今回の事も踏まえて、エルダに公館を置いてそこに入ってもらおうかと思っているんだ。」
「正式な形で、情報交換をしていこう、ということですな。」
オハラが、うなずいた。
もう、剣をとって相対する、という時代ではないのかもしれない。
それは、自分にとって好ましい時代なのだろうか?
ボールズは、ふとそんなことを考えた。
その思いを断ち切るように、廊下の向こうから、バタバタと足音が近づいてくる。
「ボールズ兄、帰ってきたの?」
そして、廊下の向こうから、ケイトの声がした。その隣には、ミハエルもいるようだ。
そうだ、時代がどうであれ、まだ彼は剣を捨てたわけではない。
ボールズは、オハラとフォークナーに一礼すると、立ち上がった。
「久しぶりに、稽古をつけてやるぞ。私がいない間、きちんと修行していたか、見せてもらうからな。」
それは、突然現れた。
道場を出て、しばらく歩いていたところだった。もう、日は暮れて、星が瞬き始めている、そんな時間。
「彼女」は、ボールズの目の前に現れた。
「レイナス・グローバー!」
思わず、彼は腰の剣に手をやった。
グローバーは、片手をあげてその動きを制する。
「無駄なことは、よしたまえ。君の目の前に立っている私は、実体ではない。気配でわかるだろう?」
確かに、彼女の言う通り、目の前の姿には、実在の気配が感じられない。
「何をしに来た?」
それでも、いつでも抜けるように、剣に手をかけたまま、ボールズは聞いた。
「なに、少し話がしたくてね。」
ボールズの殺気など、気にもせずにグローバーは、笑みを浮かべる。
「話?」
「そう、話だよ。これのことだ。」
グローバーは、そう言って、片手に持っていた「刀」を差し出す。
「ジレイラ?」
それは、忌まわしき妖刀。
「君、これを手にする気はないかね?」
彼女は、こともなげにそう提案した。
「私に、黒の剣士になり果てろ、と言うのか?」
ボールズが、語気を強めた。
けれど、グローバーは、彼の言葉に笑い声をあげた。
「なり果てろ、か。確かに、並みの剣士であれば、そうなるだろうがね。
だが、私が見たところ、君ほどの胆力があれば、この刀に支配されることなく、使いこなせるのではないか、と思うが?」
笑顔が消え、探るような眼で、彼女はボールズを見つめた。
「ジレイラを、使いこなす・・・?」
つぶやくように、ボールズは言った。
それは、「甘いささやき」のようであった。
「返答は、今すぐでなくともよいよ。今は、他の「仕込み」もあるのでね。」
その言葉に、ボールズは「現実」に引き戻された。
「仕込み?」
「君のように、平和な時代では生きづらい、と思う人間は、他にもいるのでね。そういう連中に、協力するのも、私の「趣味」なのさ。」
くすくすと、彼女は笑った。
「またしばらくしたら、今の答えを聞きに来るよ。良い返事を聞かせてくれると、うれしいのだが。」
そういって笑うグローバーの姿が、夜の闇に溶け込むように消えていった。
「ジレイラを・・・この手に・・・?」
ボールズは、口の中で、つぶやくように繰り返した。
そして、グローバーが消えた闇を見つめて、次に、彼女にあった時、自分は何と答えるべきだろうか?
と自分自身に問いかけるのだった。
了