対決
五
ボールズは、ソールがそれ以上前に出ないようにと、片手で制しながら。ゼダンの真正面に立った。
「あぁ、もらえたとも。」
ボールズは、静かに答えた。
「ところでゼダン。さっき、商会の人間に確認したんだが、この半月のうちに、シルデスとケラという町に仕入れに行っているな?」
「あぁ、行ったな。それがどうかしたか?」
ボールズの問いに、ゼダンは簡単に答えた。
「そこで、剣士が殺害されたこと、知らないわけではないだろう?
いや、そこに「黒の剣士」が現れたことも間違いない。」
少しづつ、二人の間の緊張感が高まっていく。
「問題は、なぜ、そこに「黒の剣士」が現れたか?
獲物となる剣士が、その街にいることを、どうやって知ることができたか?」
ボールズは、続けた。
「昨晩現れた「黒の剣士」は、なぜ我々が、そこにいると知っていたのか?」
「ずっと、私たちと一緒にいた・・・?」
ソールにも「真相」が見えてきたようだ。
顔色が青ざめる。
「転移魔法を使っても、それほど遠くにはいっておらず、そのあとも我々と一緒にいた。」
ゼダンが、笑い声をあげた。
「俺が、その「黒の剣士」だといいたいようだな?」
「昨晩、お前は仕事の途中なのに、酒を飲んでいた。
あれは、血のにおいを酒の匂いでごまかそうとしていたんじゃないか?」
ゼダンの顔から、笑いが消えた。
「何より、剣を交えた俺ならわかる。
「黒の剣士」の剣筋が、かつて、何度も剣を交えて腕を磨きあった、お前の剣筋そっくりだってことを。」
ボールズの話を聞いて、ゼダンは肩をすくめるようなしぐさを見せた。
それから、おもむろに片手を横に突き出す。
黒い霧のようなものが集まってきて、それが刀の姿に変わった。
同時に、ゼダンの姿も、変化した。
黒い装束、仮面姿。
その禍々しい気配は、昨晩、ボールズたちが見た「黒の剣士」だっ た。
「やはり、染み付いた剣筋だけは、ごまかせないようだ。」
ゼダンは、笑いながら、仮面を外した。
「こいつは、もう必要ないな。」
そういって、はずした仮面を投げ捨てる。
「それが、転移魔法を使うための魔法具か。」
ボールズの指摘に、ゼダンがうなずく。
「正体をごまかすのには、役に立ったけれどもな。」
彼は、うつろな笑い声をあげた。
「転移してその場を離れる必要も、顔を隠す必要も、あまりなかったな。」
相手の口を封じてしまうのだから、最初から遠くに逃げる必要も、顔を隠す必要もない、ということだろうか。
「どのみち、その魔法具はもう使えない。」
グローバーが言っていた通り、数回で効果は失われた、ということか。
「これがあれば、十分」
ゼダンは、刀をかざした。
血をすする妖刀、「ジレイラ」。
「剣を捨てたはずのお前が、なぜそんなものを・・・」
手にしたのだ、とボールズは問いかける。
「なぜ?欲しかったからさ、守護聖剣に比肩する剣が。
お前だって憧れただろう?
オハラ師の「ナギ」、フォークナー卿の「ガレス」やモーラー卿の「シン」に。
だが、どれも俺たちでは、目にすることすらかなわなかった。
そして、それを持つ者は決まっていた。
剣の実力の有無にかかわらずに、だ。」
あぁ、そうだった。
ボールズは、道場を去るときにゼダンが、そのことに不満を漏らしていたことをようやく思い出した。
「さて、おしゃべりはここまでだ。昨晩の続き、始めようじゃないか。」
ゼダンは、かざした剣を構えなおした。
ソールが、慌てて剣を抜こうとするのを、ボールズは止めた。
「手を出さないでもらおう。これは、俺の闘いだ。」
ボールズの言葉に、ソールは素直に従った。
彼の言葉に、決意と苦渋を感じ取ったからだ。
何も言わず、そのまま一歩下がる。
ボールズは、腰の剣に手をかけて構えをとった。
ゼダンは、ジレイラを右手でやや突き出すような感じで構えている。
二人とも、それきりピクリとも動かない。
けれど、ソールにも、二人が最初の一撃を繰り出すタイミングを推し量っていることが分かった。
それほど広い場所ではない。
すでに、互いの「間合い」に入っているのは、間違いない。
息がつまりそうな時間が、じりじりと過ぎていく。
それは、数分にも満たない時間だったかもしれないけれど、永遠に続くのではないか、と思われるほどだ。
どこかで、鐘の音がした。それが「合図」になった。
ボールズが、剣を抜き放つ。ゼダンがジレイラを振り下ろす。
それは、ほとんど同時だった。
そして、剣と刀がぶつかり合う、激しい音が耳を打つ。一度や二度ではなく、何重にも重なって。
ボールズは、剣を抜き放つ瞬間、大きく前に出て横からゼダンの胴を狙った。ゼダンが、それを受けるようにジレイラを振り下ろしてきた。
剣と刀がぶつかり、はじかれる。
その反動を利用して、身体をひねるように反対側から斬り込む。
それもまた、ゼダンは受けて見せた。
さらに、今度はその勢いを利用して、ボールズに向かて刀を突き出す。
眼前に向かってくる切っ先を、首をひねってよける。さらに繰り出される刀身を、剣ではじき返す。
再び、剣と刀が激しくぶつかり合い、その衝撃と反動で、二人は左右に飛ぶ。
そしてそのまま、また大地を、壁をけり、ぶつかり合う。
突き出される切っ先をはじき、薙ぎ払う剣を刀が打ち返す。
ボールズは、一度離れて間合いを取り直し、地面をけると、ゼダンとは反対の方向、背後の壁をけり、さらに高く飛ぶ。
空中から、ゼダンめがけて剣を振り下ろす。
相手が刀で受けても、それをたたき折るよう、体重を剣に乗せる。
「甘いぞ、ボールズ!」
ゼダンは、ジレイラでボールズの剣を受けると、さらに彼の体を壁に向かってたたきつけた。
背中から壁にたたきつけられ、ボールズは一瞬息がつまった。
けれど、すぐさま立ち上がって、態勢を立て直す。
ボールズは、内心驚愕していた。
体重を乗せた今の剣で、ジレイラが折れなかったこともそうだが、何より、彼の体を壁まで吹き飛ばした、ゼダンの斥力に。
今も昔も、そんな力が彼の体にあるようには見えないのだけれど・・・。
これも、妖刀ジレイラの持つ力のせいだろうか?
「空中高く跳ぶと、相手の良い的になる。は、お前の口癖だったろう?」
ゼダンは、刀を突き出して、ボールズに言った。
その顔は、昔を懐かしんでいるのか、楽しそうにすら見える。
「楽しそうだな?」
ボールズは、吐き出すように言った。
そうしながら、息を整える。
「楽しい?あぁ、そうとも。こんなに楽しいのは久しぶりだ。
今まで斬った連中は、楽しませてくれるような腕を持っていなかった。」
ゼダンは、笑った。そして、続ける。
「お前だってそうだろう、ボールズ。
戦でもなければ、こんなに思い切り剣をふるえることはないだろう。」
ゼダンの言葉に、ボールズは答えなかった。
・・・確かに・・・
ゼダンの言葉に答えなかったけれど、ボールズは内心頷いていた。
国を守る戦に参加するため、剣士になった。
もともと、「剣士としての血」を受け継いでいたから、その腕も上がった。
けれど、戦は終わってしまった。自分が参加する前に。
剣を思いきり振るう機会を失ってしまった。
それでも、師のもとで仲間とともに腕を磨き続けた。
その仲間たちは、一人、また一人と、剣を捨て、師のもとをを去っていった。
目の前にいる、ゼダンのように。
思いきり、剣を振りたかった。
身につけた、剣の腕を思い切り振るってみたかった。
・・・そう、今、この瞬間のように。
・・・楽しい。この、命のやり取りが・・・
ボールズは、答えないまま剣を構えなおすと、一気に間合いを詰めた。
左右から、立て続けに剣を振る。
刃同士が、激しくぶつかり合い、悲鳴にも似た音を響かせる。
「・・・・よこせ・・」
「?」
頭に響いた声に、ボールズは手を止めそうになり、慌てて間合いを取った。
ゼダンが、ジレイラを構えたまま動かない。
「血をよこせ・・・」
かすかだが、今度はより明確に、その声が聞こえた。
すると、ゼダンが、つぶやくように言うのが聞こえた。
「うるさい・・・邪魔をするな・・・。」
今の声は、ゼダンにも聞こえていた・・・というより、ゼダンに向かって「何か」が言った声がボールズにも聞こえた、という感じだ。
「なんだ、今のは・・・?」
ボールズは、思わずゼダンに問いかけた。
けれど、ゼダンはその問いに答えなかった。
「邪魔をするな!」
同じ言葉を再び発すると、今度はボールズめがけて刀を突き出してきた。
それは、先ほどよりさらに激しい「突き」だった。
目は血走り、まるで正気を失いかけているかのよう。
彼の振るう刀は、荒々しく、激しさを増している。
ボールズは、次々に繰り出される切っ先を、剣で受け、はじく。
刃が交わるたびに、耳に「声」が響く。
「よこせ!
よこせ!
よこせ!」
・・・これは、妖刀ジレイラの「声」なのか?
ボールズは、間合いを取る機会をうかがうけれども、ゼダンの繰り出す刀は激しく、その機会が訪れない。
そして、その機会を狙う、という思考に一瞬のスキが生まれてしまった。
「!」
わき腹を狙って、ゼダンが剣を振る。
対応が遅れたボールズには、かろうじて剣で受ける事しかできなかった。
斬撃の力をもろに受けて、ボールズは再び背後の壁に吹き飛ばされた。
先程より、さらに強く背中を強く打ってしまい、呼吸が止まる。
「ボールズ!」
ソールの声が、遠く聞こえたのは、意識を手放しかけているせいだろうか?
「ボールズ!」
彼が、壁にたたきつけられたのを見て、ソールは思わず叫んだ。
その声に、ゼダンが反応する。
彼女のほうを振り返る。
「お前も、剣士だったな?」
ぞっとするような声に、ソールは思わず剣に手をかけた。
だが・・・
「お前の相手は、私だろうが?」
ボールズが、立ち上がる。
ソールの声に、ボールズは手放しかけた意識を、しっかりと取り戻した。
とはいっても、スキを突かれた一撃は、かなりのダメージだ。
「おそらく、あと一撃・・・」
ボールズは、覚悟を決めて剣を構えた。
ゼダンが、顔をゆがめた。笑っているのかもしれない。
そして、ボールズに向かって剣を構える。
ボールズは、ゼダンとの間合いを一気に半分に詰めると、そのまま床をけった。
頭上から、ゼダンを襲う。
「無駄だと言ったろう!」
ゼダンが、剣を向けて待ち構える。
けれど、その一瞬、彼の視界からボールズの姿が消えた。
「?」
ボールズはゼダンの頭上で、落下する身体を無理やりひねり、彼の視界の外へ、彼の背後に着地した。
「!」
気配に気づいて、ゼダンが振り返る。
ボールズは、そこから一歩踏み込んで、下から一気に斬りあげる。
師匠、オハラの「居合」という剣術からヒントを得た、彼必殺の一撃。
剣を頭上に振りかぶったゼダンを、わき腹から胸、そして肩口へと切り裂く。
ゼダンは、のけぞるようにして、そのままあおむけに倒れた。
その一瞬、ボールズにはゼダンが穏やかに笑っているように見えた。
「お前は、これで満足だった、と言うのか?」
倒れたゼダンを見下ろし、ボールズはつぶやいた。
ゼダンからの答えは、ない。すでに絶命している。
その雰囲気を察してか、ソールはボールズにすぐ声をかけることなく、ゆっくりと近づいてきた。
その足が、途中でぴたりと止まる。
「何・・・?」
ボールズも、驚愕して目をむいた。
倒れたゼダンの傷から、あふれるはずの血が、黒い霧のようになって、ジレイラに吸い込まれていく。
使い手が死んでも、その命を吸いつくそうとでも言うのだろうか?
「・・・」
妖刀の力を止められないかと、ボールズは手を伸ばした。
「やめておきたまえ。」
背後から声がして、思わずボールズは手を止めた。
「その刀に触れれば、今度は君が取り付かれることになるよ。」
振り返ると、二人の背後に、レイナス・グローバーが立っていた。
彼女が軽く手を伸ばすと、ジレイラはゼダンの血と同じように黒い霧のようになって、消えた。
そして、次の瞬間には、グローバーの手に納まっていた。
「もう気付いているだろうが、この刀は、もともと私のものでね。」
そう言って、ジレイラを、抱えていた「鞘」に収める。
「古い知り合いが打ち出した刀を譲り受けて、まぁ、手にした剣士が「黒の剣士」に変貌するよう、私が術をかけたわけだ。」
先程の話を補足する、そんな雰囲気で彼女は言った。
「なぜ、それをゼダンに?」
ボールズは、まだ剣を収めていなかった。
いつでも、斬りかかるつもりだった。
「彼が欲したからだよ。
守護聖剣に匹敵するような力を持った、この刀をね。」
ボールズの「殺気」を受けても、グローバーは平然と話を続けた。
「黒の剣士に変貌する、と承知の上で?」
ボールズは、重ねて聞いた。
「もちろん、承知の上さ。彼は、そうして戦うことを求めたんだ。」
グローバーは、平然と答えた。
ゼダンは、剣を捨てたはずなのに、それでもなお、剣で戦うことを望んだのか?
「それで、満足したのかは、私は関知しないがね。」
彼女は、肩をすくめて見せた。
ボールズの心の問いに、答えるかのように。
「さて、少々おしゃべりが過ぎたようだ。
私も、お暇させてもらうよ。ここでの用事は済んでしまったのでね。」
転移魔法が発動して、グローバーがその姿を消していく。
「いずれ、機会があればまた会おう。」
最後に、そう言い残すと、彼女は消えた。
その場には、ボールズとソール、二人だけが残された。
そして、かつてゼダンであったもの・・・。
「ぐ・・・」
ボールズが、うめき声をあげて、ひざを付いた。
「おい!だいじょうぶか?」
慌てて、ソールが彼に駆け寄る。
「背中を強打したうえ、空中で無理に体をひねったからな。・・・何、大したことはないさ。少し休めば、大丈夫だ。」
ボールズは、言った。
「黒幕は逃したとはいえ、剣士殺害事件はこれで終わりだ。とりあえずはな。」
彼の言葉に、ソールもうなずいた。
「あぁ、とりあえず、は。」
とはいえ、「後始末」はしなくてはならない。
ゼダンの亡骸も、このまま放っておくわけにはいかない。
少し休むつもりで、ボールズはそのまま目をつぶった。そして、意識が遠のいた。
「ボールズ!?」