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エルダの街にて


 都市連合、と呼ばれる大陸北部地方から、大荒野へ向かうには、山間を抜ける一本の街道を通っていかなければならない。

 というのも、大荒野は、その周囲をぐるりと山脈で囲まれているからで、夏場でも雪の残る山を越えて行こう、などと考えるものは、まずいない。

 帝国本土との間も、当然、同じ条件で、こちらは街道が、いくつか設定されている。

 付け加えると、それらの街道の入り口には、「藩王」と呼ばれる帝国傘下の領主が治める国が置かれている。

 ボールズは、都市連合から大荒野へとむかう馬車に同乗させてもらった。

 自らの足で移動しても、問題はないのだけれど、ちょうど「護衛役」の剣士を探していた馬車があったので、それに乗せてもらった、というわけだ。

 馬車は、都市連合と大荒野を分ける山間の街道を抜けると、そこから東側の山のふもとを回る街道に道を取り、さらに進んでいく。

 目的地は、都市連合から最も近い帝国領、ブリストル侯爵領だ。

 帝国領といっても、そうなったのはそれほど昔のことではないらしい。

 もともと、帝国と都市連合のどちらにもくみしない中立の立場をとる土地だった。

 けれど、そのために不安定で、結局、帝国が統治することで安定するようになったのだという。

 その統治をおこなったのが、帝国中央の貴族であった、ブリストル侯爵で、そのままこの地を所領とすることになったらしい。

 なぜ、その時、都市連合が、この土地に干渉しなかったのか、ボールズにはわからないが、そうしていれば、この地は都市連合の勢力範囲だったかもしれない。

 ふと、そんなことも、ボールズは考えたりもした。

 

 ブリストル領の中心、エルダという街で、ボールズは馬車を降りた。

 ボールズは、この地で、モーラー卿の配下の人物と落ち合い、新しい情報を受け取る予定だった。

 相手の顔は知らないけれど、向こうは彼の顔を知っているということなので、声をかけてくるだろう。

 ボールズは、相手が声をかけてくるのを待つのに、エルダの町中をぶらぶらと歩いてみることにした。

 街は、活気があった。

 中心地区で、何か建物をいくつも建てているようで、その工事の関係らしい。

 ただ、ほんのわずかながら、ピリピリとした緊張感が漂っている。

 町中から直接伝わってくるわけではない、ただ、どこからともなく・・・。

「・・・」

 しばらく歩くと、妙な視線を感じるようになった。

 街の人間にとって、剣士が珍しくて、彼を見ているのかとも思ったけれど、どうやらそうではないようだ。

 何しろ、相手は気配を消しているつもりらしい。

 ボールズからすれば、まったく消したうちに入らないのだけれど。

 最初のうちは、二人。

 それが、一人になったところを見ると、仲間を呼びに行ったのだろうか?

 そこらの建物の屋根の上にでも飛び乗って、捲いてしまおうかとも思ったけれど、それはそれで、後々厄介ごとが増えそうな気がする。

「どうしたもんかな?」

 ボールズが思案していると、気配が増えた。

 仲間が加勢を連れて戻ってきたのだろう。とはいえ、三人目は、気配を消すつもりも、最初からないようだった。

 まっすぐに、彼のほうに向かってくる。

「おい、そこの君!」

 その相手が、背後からボールズに声をかけてきた。

「私のことか?」

 ボールズは、そう言って振り返る。

 そして、声をかけてきた相手を、正面から見据えた。

 ライトアーマーを着こんだ、若い剣士が彼を見据えている。

 赤毛の女性だった。アーマーの胸元に、紋章・・・彼の記憶では、帝国本国のもの・・・が描かれている。

「見かけない剣士だな?どこの所属のものだ?」

 彼女の問いに、ボールズは顔をゆがめた。

 それは、相手が気付かないほど、一瞬だったけれど。

・・・帝国本国の剣士は、こうも傲慢な物言いをするものなのか?

 その思いが、彼に返事をするよりも前に、腰の剣に手をかけさせ、一気に「殺気」を膨張させることになってしまう。

 その殺気に気圧されたのか、目の前の剣士も、腰の剣に手をかけるところだった。

 けれど、次の瞬間、別の「気配」が、彼のその殺気をまったく別の形の緊張感に変えた。

「フェリアン・ソール!」

 別の声が、彼女の背後からかかった。

 その声に、名を呼ばれた若い剣士は、身体を硬直させた。

 ボールズには、その声の主の気配が、周囲に紛れていて、突然現れたように感じられた。

 しかも、その相手が、剣士として相当の「格」を持っている、ということが、一瞬で感じ取れた。

 それこそ、目の前の剣士とは、格段の差を持っている。

・・・危なかった。

 ボールズは、息をついた。

 目の前の若い剣士を倒すのは、彼にとってたやすいことだったかもしれないけれど、それこそ、最も避けなければならないことであった。

 つまらないことで、殺気をみなぎらせてしまったことを、彼は深く反省した。

 そして、改めて、目の前の若い剣士の背後から現れた人物を見た。

 壮年の女性、おそらく国許のフォークナー卿と同世代くらいではなかろうか?

 体にまとう気配は、「剣士」のそのもの。

 けれど、剣を帯びている様子はない。

「彼我の力量をきちんと推し量れ、と言っているだろう?一歩間違えると、あっという間に命を落とすよ?」

 その彼女が、帝国の剣士に、一言二言注意をしている。剣士としての格だけでなく、立場も上ということだろう。

 そして、ボールズのほうに向きなおる。

「うちのものが、失礼をしましたね、旅の剣士・・・いや、都市連合の剣士殿?」

 相手は、彼の素性を見破っている。

 改めて、緊張が増す。

「いや、こちらから名乗らねば、また失礼か。・・・エダ・ブリストル、この地の領主の一族、というところです。」

 彼女は、にこやかにそう名乗る。

「エダ・ブリストル・・・?」

 その名に、聞き覚えがあった。

 この地を治める現ブリストル侯爵の妹で、先の戦で、フォークナー卿の片目を奪った剣士。

「握手は、勘弁してもらっています。何しろ、義手の上、まだ調整中でね。」

 ブリストルは、片手をあげてそう付け加えた。

 その腕は、同じ時にフォークナー卿が斬りおとしたのだ、と聞いている。

「ステファン・ボールズ、おっしゃる通り、都市連合の剣士です。あなたが、あのエダ・ブリストル卿でしたか。お会いできて、光栄です。」

 ボールズも、素直に名乗った。

 そして、何か言いたそうな、もう一人の若い剣士に視線を向ける。

「こちらは、私の弟子で、フェリアン・ソール。見ての通り、帝国本国の剣士団に所属しております。」

 ブリストルに紹介されて、ソールという若い剣士は、渋々という表情で頭を下げた。

「ボールズ卿は、この街は初めてですか?」

 さりげなく、ブリストルが尋ねた。

「えぇ、旅客馬車の護衛でやってきたのですが。実に、活気のある街ですね。何か、大きなものを建てているようですが?」

 当たり障りのない答えを返す。

「大学を建てているのですよ。」

「大学?」

「より高度な知識を、広く教えるための場所、とでもいいましょうか。帝国中央にあるのですが、同じものをこの地にも作りたい、と思いましてね。」

 ブリストルは、にこやかにボールズの問いに答えた。

 その様子から、彼女がその「大学」建設に力を入れていることが分かる。

 なるほど、知識は重要だ。

 剣士とて、剣の腕だけで生きているわけではない。知識を広げることで、いざという時に、「生き残る力」というものが得られる。

 まぁ、これも師の教えではあるけれど。

「ところで、ボールズ卿、この後のご予定は決まっていらっしゃるので?」

 さりげなく、ブリストルがボールズの行動について確認してくる。

 友好的ではあるけれど、油断もしない、という立場なのだろう。

「ここから、隊商の護衛をする予定ですよ。これから、斡旋をしてくれる人間と会う予定でしてね。」

 ボールズは、答えた。

 この後も、先ほどの二人が監視についてくるだろうから、人に会う、という事実は先に知らせておいたほうが、変に勘繰られたりはしないだろう。

「そうですか、気を付けて。最近、なんだか物騒な話が聞こえてきますからね。彼女も、そのせいで気がたっているようなので。」

 ブリストルの言葉に、ボールズは顔が一瞬ひきつりそうになった。

 どうやら、帝国側にも、もう事件は伝わっているようだ。

 彼女は、わざわざそのことを彼に教えてくれているのだ。どこまで掴んでいるか、まではわからないけれど。

 それ以上のことを教えるつもりはないのか、ブリストルは、ソールを連れてその場を立ち去った。

 ボールズに張り付いていた二人の気配も、いったんは離れていった。

「さて、どうしたものか。」

 一人になって、ボールズは考え込んだ。

 人に会う、と言ってはみたものの、こちらの情報員も接触がしづらくなったのではないだろうか。

 とはいえ、悩んでいても仕方がない。相手が、考えてくれるだろう。

 何しろ、彼には手段がない。

 ただ、帝国側に、変な疑念を抱かせるような接触を避けてくれれば、良いのだけれど。

 そんなことを考えながら、街を眺めながら歩く。

「ボールズ卿・・・」

 物陰から、そっと声がかかった。

 わずかに気配を感じさせるけれど、姿は現さない。

「モーラー家のものです。返事はしなくていいですよ、先程の監視が、またつきましたから。」

 相手は、姿を現さないまま、ボールズに告げた。

「この先に、「ラクダ亭」という隊商の人間が集まる酒場があります。半刻後、そこのカウンターで「西へ行く隊商を探している」と言ってください。私を紹介するよう、段取りをしておきます。」

 一方的に、そう告げると、相手の気配が消えた。

「ラクダ亭」・・・ね。」

 ボールズは、帝国の監視を引き連れたまま、ぶらぶらと街歩きを続けた。

「ラクダ亭」は、街の中心から少し外れた、南北につながる街道に面した一角にあった。

 周囲は、各地からくる隊商、各地へ向かう隊商で、結構ごった返している。

 街に入るときに使った馬車が、「隊商」ではなかったので、この店には立ち寄らなかったのだ、とボールズは思い至る。

 酒場、ではあるけれど、宿屋も併設しているらしい。

 中に入ってみると、昼間でも、大勢の客がいた。もっとも、酒場の割に酒を酌み交わしている人間は少ない。

 互いに、商売の話や情報交換をしている、というところだろう。

 中には、剣士らしきものもいた。

 隊商の護衛を生業としているのだろう。

 ボールズを商売敵か何かとでも思ったのか、彼が店に入った途端、殺気を交えた視線を感じた。

 もっとも、彼の「力量」を感じ取れるくらいの腕前のものもいるらしく、それ以上は何もなかった。

 彼は、一通りの観察を終えると、奥にあるカウンターに向かった。マスターらしき中年男が、グラスを磨いている。

 ボールズは、その男に声をかけた。

「西へ行く隊商を探しているんだが。」

 マスターは、ちらっとボールズの顔を見ると、カウンター脇の奥へつながる通路を指し示した。

「そこの奥に、仲介屋が来ている。そっちに当たってみな。」

 ボールズは、礼を言ってカウンターに帝国でも通用する銀貨を置いた。

 通路の先は、いくつかのテーブル席を仕切で区切ってあった。より詳しい商談をするためのスペース、という感じだ。

 何組かの商人たちが、書類を前に小声で話をしている。

 その中で、一人でその席を使っている人物がいた。

 歳のころは、ボールズより上、やや痩身でゆったりとした服を着ていでわかりづらいけれど、その下には商人らしからぬ鍛え抜かれた体が隠れているようだ。

 あまり、周囲を気にしているように見えないけれど、その実、油断なく周囲の様子をうかがっている。ボールズが現れた時にも、素早く彼の様子を確認していた。

 ボールズは、その男の席に向かった。

「西へ行く隊商を探しているんだが?」

 彼が、そう声をかけると、男は顔を上げた。

「ちょうどよかった。護衛を探している隊商があるんですよ。」

 男は、そう言って彼に席に座るよう勧めた。

「クラカドです。あちこちで、隊商と剣士の仲介やあっせんをしています。」

「ボールズ、見ての通り剣士だ。」

 相手が名乗ったので、ボールズも名乗った。必要ないかとも思ったけれど、「ここで初めて会った」のだから、名乗るのが当然だろう。

「時間どおりですね。ボールズ卿。」

 少し声を潜めて、クラカドが言った。

 ボールズは、当然という顔をしていて、そのことには触れず、逆に質問した。

「シルデスの事件が、ここの領主の耳にも入っているようだが。何か、新しいことが分かったのか?」

 彼は、先程のブリストル卿との話しを口にした。

「五日前、ブリストル領内の町でも、同じような事件が起きました。」

 クラカドは、何気ない口調で答えた。

 その口調とは裏腹に、彼の緊張感が伝わってくるようだ。

「詳しく聞かせてくれ。」

 仕事の内容を聞くように、ボールズは先を促した。

 クラカドは、うなずくと、テーブルの上に地図を置いた。大荒野の東側三分の一を網羅する街道の地図だ。

 地図には、北の都市連合から、南の帝国に向かういくつもの街道が示されている。

 一番東側の太い街道が、ボールズがとおってきた街道で、この街、ブリストル領のエルダを通って、さらに南に向かう。

 少し時間はかかるけれど、途中にブリストル領があるおかげで、護衛をする剣士を見つけやすく、比較的安心して通ることができる。

 それより西側に、二本の太い街道がとおっていて、これはブリストル領を通らずに、大荒野を抜け、南へと下っていく。

 こちらは、いくつかの宿場町を経由していて、東側の道を通るより、短い期間で大荒野を抜けていく。けれど、途中の宿場町には、護衛をする剣士が出払ってしまっていて雇うことができず、それなりに危険を伴うこともある。

 シルデスがあるのは、二本のうちのブリストル領に近いほうの街道だ。

 殺害された剣士は、たまたまこの街にいたのだろうか。

 そして、太い街道の宿場町と、ブリストル領を直接つなぐ細い街道が、いくつか通っている。

 そして、その内の一つの街道の、ちょうどブリストル領の縁とでもいう場所に、印がつけられていた。

「この街、ケラというところで、事件は起こりました。」

 クラカドが、その印が付いた場所を示した。

「ブリストル領と大荒野を行き来する隊商の護衛を生業とする剣士の一人が、惨殺されました。

 五日前の深夜、その剣士は裏通りに一人でいたところを、襲われたようです。

 相手は、おそらく剣士。その体には、明らかに剣による傷がついていました。

 が、問題は、シルデスの事件と同様、かなりの出血があったはずなのに、その体にも、付近にも、ほとんど血の跡が残っていませんでした。」

「この剣士は、いうなればフリーで、帝国に所属しているわけではないのですが、それでも、帝国傘下のこのブリストル領をベースにしていたので、事件はすぐに帝国の知るところとなりました。」

 帝国側が、事件について耳にしているだろうことは、先ほどのエダ・ブリストルとのやり取りでも予想はついていた。

 それが、確認できたわけだけれど、事態はあまりよくない方向で進んでいる感じだった。

 クラカドが、話を続けた。

「ブリストル領の帝国剣士団が、ケラ周辺を調べましたが、怪しい人物は見つかっていません。」

 剣士であれば、翌日にははるか遠くへと逃げおおせることも可能ではあるだろう。

 けれど、なぜ、人目につかない場所で、他の剣士を倒す必要があるのだろうか?

「その剣士は、誰かに恨みを買っていたか?」

 ボールズが、確認するように聞いてみた。

「隊商の護衛ですから、大荒野の盗賊などからは、恨みを買っていたかもしれません。」

 相手にもよるかもしれないけれど、盗賊に襲われて斬られてしまうようでは、隊商の護衛は務まらないだろう。

「ほかの剣士とは?」

「何か、問題を抱えていた、という話は、聞こえてきませんね。付け加えると、シルデスで殺害された剣士とも、関連性は、今のところ見えません。」

 ケラの事件からは、まだ五日。クラカドにしても、ここまで調べるのが精いっぱいというところなのだろう。

 頭の中を整理しようと、ボールズはしばらく無言で、目の前の地図を眺めていた。

「血の跡が残っていない・・・というのが、やはり気にかかるな。」

 ぽつりと、彼は言った。

 クラカドも、それに同意するようにうなずいた。

「どうやって血を、どうして血を、抜いていったのか?」

「魔法士にでも聞いたほうが、早いかもしれませんね。」

 ボールズの疑問に、クラカドはため息交じりに応じた。

「魔法士か・・・」

 ボールズもつぶやく。

 二つの事件のとっかかりとしては、むしろ彼の言う通りかもしれない。もっとも、ボールズに魔法士の心当たりなどなかった。

「そういえば」

 クラカドが、何かを思い出したように、口にした。

「近々、大荒野のある街にいる魔法士に、荷物を届ける、という隊商があったはず。」

 彼は、懐からメモのようなものを取り出すと、それを確認する。

「えー・・・あぁ、これだ。ゼダン商会、明日一番で、大荒野のノガラという街にいる魔法士に荷物を届けに出発する。まだ、護衛をする剣士を探していたんじゃなかったかな?」

 テーブルにメモを置いて、ボールズに言う。

「護衛として、その隊商に同行させてもらう、ということか。」

 それは、悪くない考えだ。

 ボールズは、うなずいた。

「早速、ゼダン商会につないでみます。待っていてください。」

 クラカドは、そういうと立ち上がった。

「ゼダン・・・か。」

 かつて、そういう名の男が、道場にいたことを思い出した。剣の腕は、なかなかのもので、何度も、手合わせをしたものだった。

 ただ、はじめは、互角だったけれど、その内に彼の剣は鈍っていったように感じられた。

 そして、結局彼も剣を捨ててしまった。

「・・・」

 別れ際、彼は何と言っていただろう?

 何か、自分の心にも引っかかるような言葉を、彼は口にしていたようだったけれど。

 しばらくして、話し声がこちらに近づいてきた。

「腕は、保証するよ。こう言っちゃなんだが、ここいらの剣士とは、格が違う。」

 クラカドが、相手に話している。

「そう願いたいものだね、剣を捨てた私よりも腕が立たないようでは、話にならないんだ。」

 ボールズは、その相手の声を聴いて顔を上げた。

「ゼダン?」

 そこには、かつてともに剣の修業をした旧友が、立っていた。

 その相手、ゼダンも、ボールズの顔を見て目を見張った。そして、一気に笑顔になる。

「ボールズ?ボールズじゃないか!」

 二人は、肩をたたき合い、再会を喜んだ。

「いや、クラカドさん、あんたの言うとおりだ。確かに、こいつはそこいらの剣士とは格が違う。私より、はるかに腕が立つのは間違いないしな。」

 ゼダンは、クラカドに向かってそういうと、さらに笑った。

 クラカドのほうは、少し意外そうな顔をしていた。

「ゼダンさん、あんたが剣士崩れなのは知っていたけれど、まさか、二人が知り合いとは。」

「かつて、同じ師のもとで、修業した身だ。」

 ボールズが、クラカドに答えた。

「私は、修業の途中で飛び出したけどな。」

 ゼダンは、そう言って笑う。

「まぁ、昔話は、いずれ改めて。まずは、仕事の話をしようじゃないか。」

 三人は腰を下ろして、本来の話を始めた。

「私の隊商は、明朝ここを出発して、大荒野のノガラに向かう。行程は、大体一日半というところ。まぁ、目と鼻の先、くらいのものだ。」

 ゼダンが、地図を出して説明する。

 この街、エルダから西に向かう街道を走り、途中で小さな村に立ち寄り、そこから南に向かう。

「ノガラで待つ魔法士に、荷物を届ける。仕事としては、それだけの話なんだが。」

「その魔法士に、紹介してほしいんだ。」

 ゼダンの説明に、ボールズが言った。

「護衛の剣士として、隊商に同行する。そして、向こうで、その魔法士と合わせてくれればいいんだが。」

 ゼダンは、ちょっと不思議そうな顔をして、ボールズの顔を見た。

 理由を聞きたいのかもしれない、と彼は思った。

「それは、難しい話ではないと思う。それほど、気難しい相手ではないから。魔法士の中には、えらく人嫌いな連中もいるというけどな。

 なんにせよ、腕の立つ剣士が、護衛についてくれるのはありがたい。」

「道中、そんなに物騒なのか?」

 大荒野の各地には、戦争が終わった後、自分の故郷にも帰らず、盗賊まがいのことをする輩も多い。

 けれど、今回はこのブリストル領からそれほど離れていないから、道中の治安がそれほど悪いとも思えなかった。

「うーん・・・」

 ゼダンが、難しい表情をする。

「盗賊程度なら、別に問題ないんだけどな。ところが、最近は、剣士を狙うやつがいるらしくてね。」

 その言葉に、ボールズの顔が険しくなる。

「それなりに腕の立つ剣士が、何人かやられているらしくてね。だから、ただ剣が振るえる程度の剣士では、護衛にならないんだ。・・・どうした?」

 ボールズが難しい顔をしているのを見て、不思議そうにゼダンは言った。

「・・・いや、久しぶりに腕が鳴るな、と思ってな。」

 表情を変え、不敵な笑みを浮かべてボールズは答えた。

 古い友人とはいえ、本当の「目的」を話すわけにはいかないのだった。

「頼もしいな。」

 ゼダンが、笑った。

「では、契約は成立、ということで。」

 クラカドが、そう言って立ち上がった。

「あぁ、そうだね。いい相手を紹介してもらったよ。仲介料は、あとでうちのものに届けさせる。」

 ゼダンも立ち上がると、彼と笑顔で握手を交わした。

「これから、戻って明日の支度をしなくては。ボールズ、君はどうする?」

 ゼダンに聞かれて、ボールズは答えた。

「もうしばらく、この街を散策してみよう。仕事の邪魔になるのも嫌だしな。」

「そうか、それじゃ、明朝、またここに来てくれ。」

 三人は、そのまま「ラクダ亭」」を出た。

 その前に、数人の男が立ちはだかる。

 腰に剣を下げているから、剣士だと思われる。

「ちょっと待ってくれ、ゼダン商会さん。」

 真ん中の男が、ゼダンに声をかけた。

「今回の仕事、我々じゃなくて、そっちの流れ者の剣士を雇うっていうのは、どういうことだ?」

 何人かが、ボールズのほうをにらんでいる。どうやら、商売を邪魔された、と思っているようだ。

 ゼダンが、肩をすくめた。

「どういうことも何も、私は腕の立つ剣士を雇った。それだけのことだ。」

 彼の言葉はそっけない。

「その剣士が、我々より腕が立つと?」

 今度は、ボールズが肩をすくめた。

「試してみるかね?」

 彼は、ゼダンの前に進み出た。

 腰に剣を下げているとはいっても、まだ柄に手をかけてはいない。

「後悔するなよ。」

 仲間内では、一番腕が立つのだろう、真ん中の男は、剣に手をかけ、一歩前に進み出た。

剣を抜き放ち、正眼に構えた・・・つもりだった。

「あ・・・?」

 相手が、間抜けな声を出した。

 それもそのはずで、彼が構えた剣は、根元から先がなかった。剣の刃は、その足元に落ちている。

「すまんね、剣士の礼をわきまえないで。」

 ボールズは、手にした剣を鞘に収めた。

「何が起こった?」

 ボールズの背後で、クラカドが絶句している。

「あの男が剣を抜いた瞬間に、一歩踏み出して、その剣を斬り飛ばしたんだ。「居合」という、先生の得意技だったな。」

 ゼダンが、彼に説明した。

「以前なら、剣筋まではっきり見えたんだが、今はほんの一瞬を捉えるのが精いっぱいだよ。また、一段と腕を上げたんだな。」

 相手は、口を利くこともできずに、そのまま退散していった。

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