第3話 いざ、尾張へ
史実をベースにしたファンタジー作品です。
朝日が昇り、日の光で目が覚めた俺は辺りを見渡す。
(やっぱり、夢じゃなかったか)
改めて戦国時代に来たことを再確認した俺は、身支度をする。そこへ、ドアをノックして清太が部屋に入ってきた。
清太を見ると右手に作業着らしきものを持っていた。
どうやら、俺の為に作業着を用意してくれたらしい。
「これに着替えたら、朝食を食べに母屋に来て」
「俺の分の朝食があるの? 了解」
清太が持ってきた作業着を着てみたはいいが、一七八センチの俺には少し小さい。
戦国時代の平均身長は一六〇前後くらいだったはずだから、しょうがないか。ピチピチで動きづらいわけじゃないし。
さてと、母屋に行くか。
俺は離れを出て、母屋に向かう。
「おはようございます。何をやればいいのか分かりませんが、よろしくお願いします」
母屋に着くと、俺は村長に挨拶をした。
「やはり、作業着が小さかったようですな。申し訳ない」
「いえいえ、問題ないです」
「畑に行くまえに、朝食を食べましょう」
「はい」
俺は村長宅に上がらせてもらい、朝食をご馳走になる。
朝食を食べ終えると、村の近くにある畑に案内された。
どうやらそこで、作物の収穫や畑を耕す手伝いをするみたいだ。
◇◇◇
「今日はここまでにしましょう」
「はい」
初めて畑仕事をしたが、想像以上のキツさだった。
経験してみて分かったが、農家って想像してたよりも重労働なんだな。完全になめてたな……。
「そう言えば、清太の両親にお会いしてないのですが、どこに居るんですか?」
ふと気になったので、俺は村長に尋ねた。
「言ってませんでしたね。清太の両親は共に病死しているんですよ」
「そうだったんですね。すみません」
「いえいえ、お気になさらずに」
畑仕事が終わると村長の家に呼ばれ、晩御飯をご馳走になった。
どうやらこの時代は、朝方と夕方前の二回しかご飯を食べないらしい。
明るくなったら起き、暗くなったら寝る。電気が無いから、テレビやゲームなどの娯楽もない。
それに、飽食の時代でもないから当然か!
晩飯を食べる習慣がついている俺にはこの生活習慣に慣れるまで苦労しそうだ。
◇◇◇
翌日の朝、俺は自分の体が若返ったことを改めて実感する。
昨日、あれだけの労働をしたのに筋肉痛になっていない。四十肩や腰痛もない。
「若い体って、素晴らしいぜ。さぁて、今日も一日頑張るかぁ」
◇◇◇
二日目、三日目と過ぎ、あっという間に一週間が経った。そう、この日は俺が青木ヶ原村を旅立つ日だ。
ここで知れる情報は手に入れたし、一宿一飯の恩義も果たせたと思う。少し名残惜しいが思い残すことはない。
俺は母屋にお別れの挨拶をしに向かった。
「一週間という短い期間でしたが、お世話になりました」
俺は頭を深々下げて、村長にお礼を言った。
「いえいえ、よく働いてくれました。龍二さんが旅立つということで、今日の朝食は豪勢な食事にしました」
「魚ではなく、肉ですか? ありがとうございます。ところで、何の肉でしょうか?」
「ウサギが捕れたので、ウサギの肉です」
……ウサギ? マジか!
俺はネザーランドドワーフを飼っていたことがあるから、ウサギの肉は何となく抵抗がある。
だが、俺のために用意してくれたみたいだし、食べないと失礼か。
「ウサギですか? ウサギを食べるのは初めてですね。では、いただきます」
食感が鶏肉に近いからか、鶏肉っぽいな。
少しクセがあるが、戦国時代に来てからの初めての肉料理だから美味い。
「ウサギ肉の味はどうですかな?」
「美味しいです」
「それは良かった。これは一週間分の賃金です。少ないですが、持っていきなされ」
そう言って、村長が一週間分の賃金をくれた。
「部屋を貸してくれたのに、賃金までくれるのですか? 遠慮なくいただきます。今日まで、ありがとうございました」
再び、頭を深々下げてお礼を言った。
朝食を食べ終わった俺は、村長夫妻と清太にお別れの挨拶をした。
「村長、奥さん。短い間でしたがお世話になりました」
「お気をつけて、尾張を目指してください」
「清太、またな」
「バイバイ」
俺は清太に手を振り、清太も手を振り返した。
さぁて、織田信長に会うために尾張へ行くとするか!
◇◇◇
青木ヶ原村を出発して、二週間後に目的地である尾張に到着した!
途中、一週間ほど道草をしたとはいえ、静岡から愛知まで二週間もかかるなんて……。
新幹線や車があれば数時間で着く距離なんだが、さすがに徒歩だと時間かかる。
現代社会みたいに、街道がアスファルト舗装されていないのも要因の一つだな。
尾張に着いたのはいいが、どうやったら信長に会える?
いきなり信長の居城である清洲城に行っても、門前払いだろうし。
下手すると牢獄にぶち込まれる可能性もある。
城の中に入れないなら、信長が城から出て来るのを待つしかないか。
そこで俺は、清洲城の城門が見える山の中から見張ることにした。
(そうと決まれば、早速移動だ)
清洲城が見える山に着くなり、リュックから単眼鏡を取り出し城門を監視する。
(これが……清洲城? なのか?)
俺の目に飛び込んできた清洲城は、現代の清洲城と全くの別物だった。
堀はあるが、石垣と天守閣がない。なので、見た目は城というより、砦に近い感じだ。
勝手に現代の清洲城みたいなものを想像していたから、俺は少しだけショックを受けた。
◇◇◇
清洲城を見張ること三日。ついに、信長一行らしき集団が馬に乗って清洲城から出てきた。
(しまったぁ。馬での移動を想像していなかった。俺はバカか)
馬で移動されたら、この位置からでは見失う。そこで、俺は作戦を変更することにする。
城から出て来たところを尾行し、頃合いを見て声をかける予定だったが、帰宅するところを狙って城門前で待つことにした。
――しかし、ここで想定外のことが起こる!
(あれ、何か俺の居る方に向かって来てね?)
何故か、信長一行がこっちに向かって来ている。
俺は見つからないように身をかがめ、木々の裏に隠れた。
目的地に着いたのか、信長一行が見渡しの良い開けた場所で立ち止まった。
様子を窺っていると、どうやら鷹狩りをするみたいだ。
鷹狩りが始まると声をかける機会がなくなる。そう判断した俺はここしかないと思い、信長であろう人物に声をかける。
声をかけたのは良いが、どう見ても二十代半ばにしか見えん。本当に信長で合ってるのか?
本能寺の変のイメージがあるから勝手におっさんの姿を想像してただけで、桶狭間の戦いの頃は二十代半ばだったはずだから、年齢は合ってるか!
「織田信長様とお見受けします」
信長の側近らしき人物が口を開く。
「何やつ?」
見るからに怪しそうな俺を見て、信長一行は刀を構えた。
「信長様。この怪しい奴を斬りますか?」
やっぱり、これが信長か!
このままでは斬られると思った俺は、慌てて自己紹介をする。
「ま、待ってください。俺は鬼塚龍二と申します。年は二十歳です。信長様にお会いしたく はせ参じました」
「……わしに会いに来ただと? 目的は何だ?」
家臣たちが殺気立っている中、信長は冷静な口調で俺に質問をしてきた。
明らかに警戒している。ここから先は、慎重に言葉を選んで話さないと殺されるかもしれん。
一つ嘘を付くと、その嘘がバレないようにまた嘘を付かないといけない。それを繰り返すと必ずボロが出る。
となると、当初の予定通り一か八か本当のことを言ったほうが良さそうだ。
「理由は分かりませんが、四百年後の未来から時空を超えて、何故かこの時代に来てしまいました。嘘のような話ですが、本当のことなんです。信じてください」
「……四百年後の未来から来ただぁ?」
「はい」
「仮にその話が本当だとして、なぜわしの元に来た?」
「それは、未来の知識を活かして、信長様の天下統一を手伝いたいからです」
「ほぉ。四百年後の未来からやって来て、わしの家臣になりたいねぇ? ハッハッハッハ! 面白い。面白いなお前」
「いえ――」
いえ、それほどでもと言おうとした瞬間、信長が間髪入れずに喋る。
「お前、わしを愚弄しているのか?」
さっきまでの口調と打って変わって、切り殺してやろうかと言わんばかりの口調に切り替わった。
やばい。このままでは殺されてしまう。
そう直感した俺は信長に現代の物を見せ、未来から来たことを信じてもらうことにした。
「いえ、決して愚弄していません。未来から来たことを証明することが出来ませんが、俺の服装を見てください。これはジーパンと呼ばれるもので、この時代には無いはずです」
「……確かに見たことがない服装だが、それだけでは未来から来た証明にはならんな」
さすがに、ジーパンだけでは信じてもらえんか。
「では、別の物をお見せしたいので背中に背負っている袋から道具を取り出しますね。これを見れば、俺が未来から来たと信じてくれると思います」
そう言って、俺はポケットからスマホ、リュックの中から、懐中電灯・単眼鏡・オイルライターを取り出し、信長に見せた。
「ほぅ、これらが未来から来たことを証明する物か?」
「はい。今からこれらの物を使用するので、それを見てください」
使用する前に、懐中電灯は明かりを照らす道具、単眼鏡は遠くのものを見る道具、オイルライターは火を出す道具、スマホは離れている人と会話をする道具だと説明をした。
それと同時に、これらの物を造ることはできないと伝えた。
理由は、あとで造ってくれと言われる可能性があるからだ。
一通り説明を聞いた信長は目を輝かせて、これらの道具を早く使ってみよとせがんできた。
ふぅー。とりあえず、敵意は無くなったみたいで良かった。
まずは、単眼鏡を使って見せるか。
「これは単眼鏡という物です。使い方は簡単で、接眼部から覗くだけです」
と言って、俺は信長に単眼鏡を手渡した。
「おおー! 確かに遠くのものがハッキリと見える。なんだこれは! スゲ―な。お前たちも使ってみろ」
信長は単眼鏡を使い終わると家臣たちに手渡した。
当然、家臣たちも驚いている。
ヨシ! 滑り出しは上々!
次は、オイルライターを使って見せるか。
「これはオイルライターという物です。この発火石を回すと、火が出ます」
「な、なんだと……。火が簡単に出たぞ。らいたーと言うのか。こいつがあれば、労せずに火起こしができるな。して、その薄っぺらい物はどうやって使うのだ?」
「これはスマホと言って、写真や離れている者と喋ることができる道具ですが、残念ながらこの時代では会話はできません。ですが、写真は撮れますので信長様は動かずに立っていてください」
そう言って、信長の写真を撮ってみせた。
「どうやって、わしの姿をその中に入れた? あと、離れた者と話すことができると言っていたが、どうやってもできんのか?」
――どうやって、中に入れる?
そういえば、当たり前のように写メを使っていたからな。俺の頭じゃ、原理が全く分からん……。
「申し訳ございません。写真については、全く分かりません。離れている者と話すには、電波を利用しなくてはならないので、残念ながら俺の知識では使えるようにすることは出来ません」
この時代に千空が居れば、携帯を作ることができたんだろうけど、俺じゃ100億%無理だ。
「本当に遠くにいる者と話すことが可能なら、戦で有利になるのだが……。できないんなら、しょうがない。最後のそれも使ってみせてくれ」
「申し訳ございません。こちらの懐中電灯は夜に使用するものなので、昼間の今は使用できません。とりあえず、俺が未来から来た話は信じてもらえたでしょうか?」
俺は、恐る恐る聞いてみた。
「確かにこの時代にはない道具を持っているが、現時点では全てを鵜呑みにすることはできんな。とりあえず、晩飯に招待してやる。申の刻(十六時)に城に来い」
「ありがとうございます。では、申の刻に伺わせていただきます」
そう言って俺はこの場を立ち去り、申の刻になるまで適当に時間をつぶした。
そして約束の時間、俺は清洲城の城門前に着いた。