9話 2人で登校します!(※破壊力つよめ)
引き続きよろしくお願いします〜(さっそく、似た題材の短編がはねてて、にやりしてます)。
ひどく、身体も頭も疲労に満ちていた。
無理もない、と自分で自分を擁護したくなる。
転校生が元同級生のアイドルで、告白を受け、隣の家だとカミングアウトを受けたうえ、二人で家に入りご飯を食べた。
……うん、これは妄想以外のなんだろう?
ラノベ好きのオタクでさえ、簡単には受け入れられない状況だと思う。
だから、一日を終えベッドで寝付いたことまでは覚えていたが、あとはなにも覚えていない。
ーーそして、
「あぁ、やばいやばい。このままじゃバスに乗り遅れちまう……!」
寝坊。
なぜか、ギリギリ間に合わなくもない時間に目覚める、タチの悪いやつだ。
それに、仮にもクラス委員長に就任した翌日である。
無様に遅刻なんてしたら、若狭先生にどやされてしまいかねない。
いつもなら、ゆったり朝ごはんをとるところだが、そんな営みに費やす時間はない。
大急ぎで洗面所へ駆け込み、顔を洗い、コンタクトレンズをイン。寝癖はもう、後回しだ。
続いて冷蔵庫から、ストックの菓子パンを二つほど、昼飯用に突っ込む。これらの立派なカロリーは、高校生には常備必須の代物だ。
(もしかしたら昨日のことは都合のよすぎる夢だったんじゃないか……?)
こうまで慌ただしく動いていると、そんなふうによぎる。
……浴室の突っ張り棒に、女性ものの服と水玉模様のブラジャーとパンツが吊るされていていたが、きっと寝ぼけて見えた幻想だ。
普段メッセージのやり取りをしないような同級生や、去年一緒に委員をやった比嘉さんなどから、たくさんのメッセージが届いているのもきっと気のせい。
やっぱり現実味を感じ切れないまま、家を出たところで、
「おはよう、翔くん。あれ、なんか焦ってるね?」
出くわした、その彼女に。
幻想なんかではなく、本当にそこに制服姿で。
俺の部屋は、鉄骨ボロアパートの二階部分の一番端、階段の目の前にある。
その一番上の段に、ちょこんと天使が座っていた。
ガラスの階段に座っていそうな彼女の透明感に、錆の目立つ鉄階段がとにかく似合わない。
彼女は、アイドル・佐久杏子…………ではなくて、佐久間杏だ。
雲間から溢れる日差しが、まるで彼女だけに注いでいるかのように、そのショートヘアは艶めき、肌は光を目一杯弾く。
一瞬見惚れかけて、次の瞬きで、はっとする。
「遅刻だ、遅刻! 駅まで走るぞ」
「えぇ!? 私、委員長さんが遅刻するわけないと思って、待ってたのに〜! 久々の電車バス通楽しみにしてたのに〜」
そうだった、そういえば佐久間さんが副委員長なんだっけ。
ダブル遅刻なんてことになったら、もっとまずいじゃないか。
俺たちは息を切らし走る、走る。
ここから、最寄りの駅までは、大した距離ではない。
が、次に来るものに乗り遅れたら、もう間に合わない。
それでも、女子のペースに合わせるつもりはあって、少し手を抜く。
今でこそ帰宅部だが、中学生の頃は陸上をやっていた。種目は棒高跳びだったけれど、走るのだって、学年で上位に入ったこともある。
まだ速すぎるか……? と思ったのだが、そこは歌って踊ってが仕事のアイドル様だ。そこらの女の子とは一味違う。
佐久間さんは俺の横を快活に駆け抜け、笑う余裕さえ見せていた。
駅前の交番を横目に、かろうじて電車に飛び乗る。
二人揃って、扉にもたれかかって肩で息をついた。
「いやぁ、久しぶりに走ったよ、気持ちいいかも!」
「そんな爽やかな感じの汗じゃねえよ。冷や汗もいいところだっての」
「ふふっ、私には翔くんの汗、爽やかに見えるよっ?」
彼女はさらりとそんなことを言うが、俺はといえば、今度は別の理由で冷や汗をかいていた。
勢いよく飛び乗ったせいだろう、乗客らの視線が、俺たちに集まっていたのだ。
もしこんなところで彼女の存在が、正体がバレようものならーー考えるだけで、背筋が寒くなった。
指をちょいちょい動かして、耳を貸すよう彼女に言う。
すると、まるで構ってもらえるのが嬉しい犬かのごとく、ぐいっと彼女は距離を詰めてきた。
……汗の匂いまで、爽やかな柑橘系の香りがするのは、生まれつきの特殊能力かなにかだろうか。
シーブリーズいらないんですか。
「そんなに平然としててバレたりしないのかよ? もし正体がバレたら大変な騒ぎになるんじゃ……?」
今度は俺が返事を聞く側だ。
左耳を彼女の方へ傾けると、彼女は両手を俺の耳に軽く当てて……、息を吹きかけた。
後に続く、ふふっという溢れた声がなんとも官能的に耳の奥を痺れさせる。
ど定番の悪戯だというのに、完全にやられていた。心臓の拍動が異常値を叩いている。
「大丈夫だよ。髪型も髪色も変えたし、なによりキャラが違うと思うんだよね。とくに君の前だと」
「そんなものか?」
「うん、そんなものだよ。ちょっと似てるなぁ、って思われるくらいじゃないかな? それにもし本当に都会に行く時はーー」
じゃーん! と彼女がポケットから取り出したのは、銀縁のメガネだ。
「私、かなり目がいいから、伊達だけどね。どう、インテリでしょ?」
「なりきれてない。インテリもどきだよ、それじゃあ」
インテリ度でいうなら、30点だ。きらきらオーラが消せていない。
じゃあネズミーランドの耳でもつけようかなぁ、などと言うが、それはただの楽しんでいる人だ。
よしんば佐久杏子とバレなくても、人目を引く美貌があるという条件は同じままである。
そこに存在するだけで、男からも女からも、自然となにかしらの感情を引き寄せてしまう。
「なぁ、一つ提案なんだけどさ。一応、外ではなるべく喋らないようにしないか? 人目が気になるというか、バレたら怖い」
「それって学校でも……?」
「まぁしばらくはその方がいいかもしれないな。今だって、めちゃくちゃ問いただされてるんだよ、俺」
「……………前向きに検討させていただくね」
つんと、そっぽをむかれた。素っ気ない横顔まで可愛いが、そうじゃない。
……それ、検討しないときの常套句じゃねぇか!
俺はとりあえず、食い下がる。
「じゃあ話したいことがあったら、メッセージ使うっていうのなら、どうだ? それなら、一応退屈はしないし」
ちょっとした代替案。
それくらいのつもりだったが、彼女の瞳にはきらんと星が宿った。
スカートのポケットから、いそいそスマホを取り出す。
「それは交換したいかも。昨日言いそびれたんだよね。
ずーっと翔くんにメッセージ送れるんでしょ、すごいね文明の利器だ。ね、ID教えて!」
「分かったけど、その代わり……だな」
「それは前向きに検討するから!!」
「答え変わってないじゃねぇか」
学校の最寄り駅までは、二駅程度の距離しかない。
せめて降りるまで、と粘り強く説得をした結果、
「背に腹は変えられないよね、休日にも連絡できる権利を考えたら、仕方ないっ。本当に、善処するよ」
一応、ある程度は約束してくれることとなり、ついで連絡先を交換した。
結局あいまいな表現でごまかされた感じがするが、そこはご愛嬌だろう。
誤魔化すような表現だけを知識が豊富なのは、テレビ業界で得た知識なのだろうか。
一方で、メッセージアプリの使い方には、彼女はとんと疎かった。
アイドルをバリバリやっていた頃は、私用のスマホを持つことさえ禁じられていたとかで、最近ついに購入したのだとか。
本当に初めてらしい、辿々しい手つきだった。
それでも、なんとか連絡先を交換する。
彼女のアドレス帳には、家族と俺の名前しかなかった。
電車からバスへ乗り継ぎ、同じ高校の生徒で満員の席に、素知らぬ感じで前後に座った。
ぽん、と早速メッセージが飛んでくる。
なにかあったのだろうか。
決して他人に見られないよう、手で覆いながら見てみれば、
『翔くん、好きだよ。大好き』
あやうく、スマホに顔面を強打しそうになった。