6話 美少女アイドルちゃんの特殊すぎる二重の告白
応援ありがとうございます!
じわじわ、伸びてきている……、ありがとうございます(語彙力)
そして、話はその程度で終わるものではなかった。
長話になるからと言うので、俺は家に彼女をあげる。
ちなみに普通の男子高校生が危惧するような、エッチな漫画が、とかゴミ箱がティッシュの山ということは、ない。散らかってもいない。
一人暮らしだからこそ自分が掃除をしなかったら、無法地帯になるという恐怖感から、かなり綺麗にしていた。
昨日、一人でテレビを見ていたローテーブルを挟み、佐久間さんと向き合う。
どぎつい色のエナジードリンクを、気つけのワインかのようにお洒落に飲んで、その一言目だった。
「私ね、このアパートの大家さんになったの」
「大家? なんで、アイドルが大家?」
「そりゃあ、アイドルなんて人気商売だし、これくらいやらなきゃダメかなぁ……って嘘嘘。翔くんの隣に住むためです!」
さも結論を述べたかのように、彼女は腕を組んで得意げな顔になる。
が、俺の眉間からシワは消えないままだ。
「すまん、一から頼む。なんにも入ってこない」
「端折りすぎちゃったかな? 分かったよ。私が、ここに翔くんが住んでることを知ったのは、翔くんママに聞いたから。
昔は仲良かったじゃん、うちの叔母と翔くんママ。だから、どうにか連絡取ってもらって今の君がどうしてるのか、探りを入れてもらったんだ。
たしか、一月くらいかな?」
……ふむ。
「そしたら、今は翔くんがアパートで一人暮らしをしてるって話を聞いてね。そんな滅多なチャンスないじゃない?
だから、なんとか押して、住所まで聞いてもらったの!」
おいおい、うちの母ときたら、がばがばプライバシーすぎん?
「あれ、でもそこまでやるなら連絡先とかは聞かなかったのか」
「うん、聞いたんだけど、それはダメだーって」
なんでだよ! どういう基準なんだよ! くそ、身内であることが恥ずかしくなってくるぞ、おい。
「『その方がドラマチックで面白いよね』『分かる〜、突然お隣さんって萌えるよ、これは』って会話があったみたい」
息子の恋愛、ドラマ感覚で楽しんでやがる……!
こっちは生身なんだよ。韓流ドラマやってるわけじゃないんだが!?
「アドバイスも貰ったんだ〜。恋愛は突然の方が、落としやすい、ってね!」
「またなんつーか…………」
文明の利器をあえて利用しないことに、美徳を見いだす。
うちの母の口から飛び出ることの想像がたやすい。かなり昭和なテクニックだ。
そして、いわばなんの影響も受けていない白地の彼女は、そのやり方に簡単に染まった。
騙されてるよ、とは言わないであげたい。
佐久間さんは、悪くない。
「そんなわけでアパートだけ借りちゃって、突然現れて驚かせよう作戦に出たんだ!
隣の部屋も空いてるって話だったから絶対キープしたかったんだけど、考えてるうちに取られたら最悪じゃん? 悩みたくなかったの、細かなことで。
だから、もういっそ買っちゃえ! と思ったんだ。大家になっちゃえば、自分のための空き部屋作っても、誰にも文句言われないじゃない?
アイドルやってたから、それくらいのお金はあったしね」
名義は、彼女の育ての親である叔母だが、権限は全委任されているのだとか。
いや、待て、でも、そもそも大前提が欠けている。
「なんで、俺なんかのためにそこまで……?」
「あれれ、朝礼で言ったよ。それに、昨日の会見でも言ったもん」
そう言うと、彼女はテーブルの上に置いていたリモコンのボタンを押す。
学校は短縮授業だったため、時刻はまだ昼前だ。
専業主婦ウケしそうなワイドショーが放映されていて、それはちょうど彼女の会見だった。
『私に好きな人がいるのは本当です。
私はその人のことがずっと好き。もう、その人のことしか考えられません』
『私・佐久杏子は、その人を落とすため、無期限で休業いたします』
「と、まぁこういうこと! その好きな人が、君なんだよ。湊川翔くん」
テレビの音声と、そこから出てきた本人と。二度、告白された気分だった。
頬が一気に熱くなってくる。それは、やった本人も同じらしい。
ぱたぱた、朱色に染まった顔を仰いでいた。
こんな時、どう答えるか分かるほど、恋愛達者ではない。
それに俺の知っている告白とは規模感が違いすぎる。
「その、えっと……まだなんとも言えないというか、理由もわからないし」
「……あ。別に、今は返事くれなくていいよ。急に現れて、答えろー! なんて、傲慢な人間じゃないつもりだから。それもう怖い人だもんね」
でも、本気なんだ。
彼女はその邪気のない瞳を見開き、俺をまっすぐ見つめて言う。
一切の揺らぎがなく、その茶色は透き通っていた。強い意志がその奥で輝く。
「君は気づいてなかったかもしれないけど、昔からずっと好きだったんだよ?
君の隣の席になって、君の側で時間を過ごして、女優の娘としてじゃなく、私を佐久間杏を見てもらって。もうどうしようもなく好きだった」
あの頃の俺も、そうだった。同じくらい佐久間杏が好きだった。
告白はついぞ、できなかったけれど。
よっぽどあの日のことを聞こうかとよぎるが、俺は喉元でそれを堪える。
今ここで蒸し返して、なにになるだろう。責めても、好き「だった」と伝えても、生まれてくるものはない。
彼女は俺の密かな葛藤をよそに、続ける。
「家の事情とか芸能界のことで引っ越してからも四年間、私は胸の中でずーっと練り練りしてきたの。
誰に会っても、どんな格好いい人に口説かれても、君のことしか考えられなかった。
小学六年生の見た目のまんまでも、翔くんが好きだったの」
切ないラブソングも、ポップな恋の歌も、歌詞の「君」や「あなた」は全て俺を思い浮かべていたとか。
「じりじり焦がして、今に燃えそうで、それで耐えきれなくなって、これだよ!」
佐久間さんは再び、テレビを指差す。
話題は、『俳優Kの印象ガタ落ち!? CM10本取り消しか』なんてものに移っている。
「あの人が口説いてきたのは、本当。でも、興味もないし、下心見え見えだし、最悪。
だから、休業する口実にしてやったの。そしたら事務所も、しぶしぶ認めてくれたんだ。自分たちが灰被らなくて済むでしょ?」
ざまぁみろ〜、とテレビの中の二枚目風俳優に、舌を出す。
「……いいのか、あんなにめちゃくちゃにして」
「うん。佐久の名前は、ほら、ママが海外で派手に活躍してくれてるおかげで、芸能界ではかなり強いんだよ。いくら人気だからってブランドが違う。
あの俳優さん、もうダメだろうね」
怖い、怖いこと言ってるよ、この人!
でもまぁ、非は全面的に、この俳優にあるわけだから、自業自得なのだが。
番組では、何度も昨日の会見映像を繰り返す。
クールビューティーとさんざん謳われているが、目の前の彼女と接していると、かなりズレている気がした。
「あれは、なんなんだ? キャラだったのか?」
てっきり成長するうち性格が変わったのかしらと思っていたが……。
今の彼女は、あの頃とほとんど変わらない。氷というよりは正反対、眩しい太陽だ。
「キャラというか……。私、馬鹿じゃない? 喋るとボロ出るじゃない?」
「うん。昨日の会見とかな、ボロ出過ぎだったよな」
「そう、そう! ボロが出るから、一時期、箝口令が敷かれててねぇ。全部台本覚えて喋ってたんだ〜。
そしたらいつのまにか、クールキャラってことになってて、それからずっと台本地獄でーーーー」
一拍子開けて、
「というか、誰がボロボロだっ! あれでも、真面目に誠実に伝えたいこと言ったんだよ? ファンの人に悪いもの。
昨日の言葉に嘘はない。全部を投げ打ってもいい、って本音を込めたの」
口を尖らせ、俺の頭にぽふっと柔らかい手刀を落とす。
触れられて、どきりとしないわけがなかった。
この整った顔に、うん百万払う人がいる、国民の偶像である美少女だ。
そして、瞼の裏に焼きついた、初恋の面影もある。
「……ねぇさっきの告白、というかプロポーズだけどさ。私は私なりに目一杯アピールするから! それで返事決めてくれるかな?」
髪から手をのかさないまま、彼女は言う。
身分違いもいいところの美少女に告白され、返事に猶予まで貰ってしまった。
断る理由など、もはや探す方が難しい。そもそも、俺は断れない性格なのだ。
事実、その性格のせいで学級委員にもなった。
「佐久間さんがそう言うなら……、分かった」
「よし、もう聞いたからね!
それと私、目標ができたよ。まず一つ目はね、昔みたいに杏ちゃんって呼んでもらう!」
「……なっ。俺も努力はするけどさ」
ちゃん付けはどうなんだろうか、少なくとも。
彼女は、茶目っ気たっぷりに、目を前にして笑う。
「努力してなかったら、家賃上げるからねっ!」
「大家権限フル活動して脅すのやめよう!?」
「あ、そうだ。それで、思い出した。どうせなら一緒の部屋がいいかなと思ってね。
翔くんさえよければ、私、部屋の壁打ち抜けます!」
やめてくれるぅ!!?