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38話 佐久間さんは公約を守る。




引き続きよろしくお願いします〜!!



やると言ったからには、やる。

宣言したからには、公約に嘘はつかない。


そんじゃそこらの政治家よりよっぽど信用できるのが、佐久間杏だ。

仮にアイドル総選挙があったとしたら、その誠実さだけで圧倒し、勝ち抜いてしまうだろう器である。


本当に、彼女ははぐいぐいと、押せ押せとばかりに迫ってきた。


「翔くん、お昼ご飯食べよっか?」

「あぁ、うん。じゃあ、また中庭でもいくか?」

「ううん、ここで食べるんだよ。ほら、その鞄、反対にかけ直して? 机くっつけられないよ」


そこまでやるのか、と思うが、もう机はスライドしてきている。


俺がひとまずカバンを避けると、教室後方に、二人だけの小島ができた。

そして彼女は、ふにゃっと目元を緩める。俺だけにしか向けない、信頼しきった顔だ。


「いつもありがとうね。本当に、ありがたいじゃ済ませられないくらい感謝してる」


なんの躊躇いもなく言い、渡していた赤の弁当包みを解いていった。


あれは、湊川家で購入したものだ。

対になる青色のものは今、俺の鞄に入っている。

全く同じ犬のロゴが入っていて、それがセットなのは丸わかりだ。


「今度、私も作ってくるね、お弁当。ひっそり練習してるんだ〜」

「……楽しみだけど、怪我はすんなよ? ラー油と見せかけて、血でした、みたいなのはやめろよ」

「むぅ、ありえないしっ! 前のはトマトだし!」


周りの目を気にしたくなるところだったが、そう、ここはぐっと堪えて、あたかも自然に振る舞う。

下手なことをすれば、より目立ってしまう。


同時に弁当の蓋を開けることとなる。


当然、中身は、なにからなにまで一緒だった。俺がそう詰めたのだから、間違いない。


きんぴらごぼう、ちくキュウ、オクラの煮浸しという、若干渋めなメンツがお出迎えしてくれる。


学生のお弁当らしいのは、かつおが香る関西風だし巻き卵と、冷食の肉団子くらいか。


…………所帯じみている、我ながら。


一人暮らしなんだけどな、一応。


しかし、そんな地味なお弁当へ日本一華やかだろうJK、佐久間さんはスマホのカメラを構える。

くくっとピンチして、おかずたちをズームする。


ま、まさか、このザ地味弁当をインスタにでも、上げるつもりか!? 


いつの間にそんなに使いこなせるようになったのだろう。この間まで、連絡先交換すら危うかったのに。


「い、いや、これはSNSには向かないと思うな、うん。アップするなら、もっと華やかなものを作るけど……」

「あげないよー、SNSなんか。

 そもそも、私そういうの絶対見ないしやらないようにしてるからね」

「え、そうなの?」

「事務所の方針でもあったしさ♪ 家のPCでもエゴサ厳禁だったんだ」


彼女はピントを合わせるのに苦心しながら、無頓着そうに言う。


なるほど、それは実に賢い。事務所、グッジョブだ。さすが、一流アイドルを抱えているだけある。


「って、じゃあなに用の写真だよ」

「これは私の個人的な趣味ってだけ〜。翔くんとお喋りできなかった三日間で始めたんだ。

 これを見るだけで、いつでも翔くんのあったかさを感じられるじゃない?」


彼女は写真をスクロールして見せてくれる。が、すぐ一番上に達してしまった。

そもそも数える程度しか撮影されていない。


そして、そこに保存されていたのは、俺の弁当、俺と見て買った家電、それからたぶん俺のために練習したのだろう料理(残骸に見えたが、そこは指摘しない)だけだ。


「あ、これね、翔くんと一緒にお買い物行った時のオムライス〜!」


孫を溺愛するおばあちゃんの簡単スマホかよ……!


唯一違うとすれば、俺本人の写真がないことだろうか。

こうも周縁のものばかり、収められているのも、身体の輪郭をそっと撫でられているみたいに、こそばゆい。


「俺、写ろうか」


それは落とすつもりのなかった言葉だった。


なのに、うっかり言ってしまった。もう喉元には帰ってきてくれない。


「ほんと!? やった〜、待ち受けにする!! やり方わかんないけど……」

「それくらい、俺がやるよ」


一度言ったものを撤回させてくれるほど、彼女は甘くない。

そう、佐久間杏は公明正大なのだ。


地味弁当をいったん脇に置いて、即席の写真撮影が行われる。


「もうちょっと、右肩上げて? そう、それで、にこって」

「こ、こうか?」

「えーっとね、もうちょっと。……あ、そうだ、好きなもの。じゃあ美味しい煎茶のこと思い浮かべてみて?」


俺の頭に真っ先に浮かび上がったのは、八女茶。

福岡県のブランド茶で、ふくよかな甘さがあって、そのライトグリーンな色も心を落ち着けてくれてーー


「翔くん、その腑抜け顔はだめ!」

「……そんな顔してたのか、俺。お茶の効果絶大だな、飲んでもないのに。カテキンすごい」

「今、カテキンの効果はいいのー。

 もうちょっとこう、きりっと爽やかに微笑む感じだよ。

 恋愛ドラマのエンディングで、俳優さんが女優さんの手を、控えめに引くときみたいに。10話中の3話めくらいの感じね」


要求が細かい! 素人に要求するレベルじゃないっての。テイク何回めですか、これ。


というか、それ以前に言わせて欲しい。


「こんな証明写真みたいな撮り方する必要ある……?」


わざわざ、俺は窓際に座らされていた。


背景はカーテンで真っ白にして、背をピンと伸ばして自然な笑み。こんな写真、高校受験の時以来だ。


「えっ、なんか違うかな? ズレてる、私?」


うん、と頷いてやる。角度にしたら120度は違う。


「もう俺が撮るよ。二人で写ればいいんじゃないか?」

「あっ、それだよ、それ! そっか、翔くんだけを写さなくてもよかったんだ。ふふん、じゃあやっぱり二人だね〜♪」


俺とて慣れているわけではないが、佐久間さんよりはマシだ。一応、スマホと共に青春時代を四年間送ってきているのだ。


スマホをインカメにして、見切れないようにだけ簡単に角度を調整する。


もうちょっと寄ってくれ。


普通ならば、そんなやり取りがあるのだが、初めからほとんどゼロ距離だ。


すぐそこに女の子の、脳髄を痺れさせるような匂いがする。

俺は理性をフルで駆り出して、シャッターを一回だけ押した。


「見せて、見せて!」


犬のしっぽが見えるくらいの、食いつき方だった。

佐久間さんは俺の横へと回ってくる。その黒く美しい瞳には、きらきら星が宿されていた。


スマホを彼女の前に差し出してやると、おー、と新鮮な反応をする。


一般的な女子高生の反応ではない。彼女らなら、リテイクを求められているかもしれない。やや、ぶれてしまっていた。


……たぶん、俺の動揺のせいで。


写真を知らない人と話しているような気分だった。


あ、これあれだ。

たぶん、異世界転生した漫画の主人公と同じ気分だ、これ。


「撮れてるね。ばっちり撮れてる! 翔くん、撮るのうまいね? わぁ、えへへ! 嬉しいがすぎるよ」

「……それってどれくらい?」

「お弁当二個食べられるくらい!」

「いや、俺の弁当は、俺のものだからな?」


やっと即席撮影会が終わり、俺たちはランチに戻ることにする。


正常な違和感センサーを取り戻したのは、ようやっとそこだった。


ここ、教室だったわ⭐︎


暗示の魔法が弾けたみたいに、俺は唐突に全てを理解する。

そして恥ずかしさは、身体中の毛を立たせながら、俺の体を硬直させた。


佐久間さんは、とぼけ顔で首を捻り、頭の上に、はてなマークを浮かべて俺を見る。


強心臓がすぎないか、君?


「…………すげぇな、お前ら」


ずっと一連のやり取りが終わるのを待っていたらしい。


陸奥が言葉通りの感心半分、残りは呆れ半分だろう、一歩後ずさる。


クラスメイト全員が、俺たちを遠巻きに白い目で見ていた。幸いなのは、同じ弁当だと気付かれなかったらしいことか。


「えっと、悪い、陸奥。なんか用事だったか?」

「いや、用事はあったんだけどよ。お前らのミラクルワールド見せられたら、すまん、飛んだ。

 全部飛んだ。全部、彼方へハラウェイした」

「…………帰ってきそうか?」

「いや、帰ってこないわ、これは。あまりにも衝撃的すぎた」



また思い出したら来るわ、と。


記憶の飛んだらしい親友は、そのまま後退りして、自席へと帰っていく。


たしかに、彼女がいる日々を普通にしていこうという話だったけども。


これは、明らかに域を超えてしまっていた。






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