表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/45

35話 真夜中お電話デート



その日の夜、俺はかなりそわそわしていた。


なにをしても手につかず、挙句に縫い物に手を出して、失敗をする。

うっかりして、糸をかける場所を間違えてしまった。そしてそれに、随分経ってから気付いた。


紐解けばいいだけ、なのだが、元への戻すのはこう見えて実はかなりの上級技だ。下手をすれば、さらに絡まってしまう。


俺が手こずっていると、その時間がきた。


夜の十時だった。

俺からかけるべきか、少し待ってみるか、なんて逡巡しながらスマホの前で正座していると、かかってきた。

3コール目で、ボタンを押して


「きこえてるかな? おーい翔くん」


彼女の第一声を、スピーカーから聞いた。

こんな時だけ、喉がつっかえる感じがして俺が喉を鳴らしていると、


「聞こえてるなら、はーい! って返事して〜」

「はーい…………ってなにこれ? 新手のはずかしめ?」

「えへへ、可愛かったよ。録音して目覚ましにしたいくらいだ」

「絶対にさせないよ、そんなの。というか、腑抜けすぎてて目覚められないと思うし」


実に、半日ぶりの会話だった。


こう言うと短いように思うかもしれないが、学校で他人のように振る舞うのは、なかなかに根気がいる。


それも隣の席なのだから、ちょっとしたことで顔を見合わせたりもしてしまう。

陸奥が当てられ5択を4回外した時などは、お互いに笑ってしまったりもしたが、それでも一応会話はしていない。


結局、朝の件は特例ということになったのだ。

今日までは、『無関係を装う』こととなり、明日以降のことは、今からすり合わせをして決める。


そう、別棟のトイレ掃除をしながら、俺たちは決めたのだった。


けれど、


「今日の生物の時、翔くん、遺伝のページの枝豆に落書きしてたでしょ、見たよ」

「……したけどさ。そこわざわざ言うような話かよ」

「目が変だったね、もうちょっと可愛くしてあげないと。私も描いたから、今度見せてあげるね」

「なにそれ、なんで描いたの」

「お揃いだよ。あとから見返したらこういう、些細なことが思い出になるんだよ。…………たぶん」

「枝豆に過度な期待をかけてやるなよ」


なかなか本題には入らず、取り立てるようなことでもない話に花を咲かせる。


時間が経つほど、明白にあったはずの目的は、だんだんピントがぼけた。


近況報告などではない。積もる話など、そこにはミリもないのに、話の穂が途切れる気がしなかった。


本題のことは頭にあっても、どちらも触れない。

俺だけでなく佐久間さんも、触れてしまって、終わるのを避けているようでもあった。


「ね、せっかくだから、このままゲームでもしない?」


彼女がこう言い出したのは、もう日付も回った頃だ。

でも、俺はその提案に乗ることにした。


スマホで通話しながらできる、簡単な対戦型のパズルゲームに手を出す。


俺はもう電気も消してしまって、ベッドに転がる。


枕元から彼女の声が溢れるのが、妙に照れくさい。

すぐ横で寝ているみたいな、触れれば届きそうな距離に思える…………いや、いるはいるんだけどな。


「また翔くんの負けだよ〜、手抜いてない?」


受話器からする声の質が変わった。

受話器のすぐそばにいるらしく、息の音が伝わってくる。


「……ん、ふ、んっ」


妙に艶かしく、生々しい声だった。


深夜に聞かされると、ニュアンスの異なる解釈をしそうになる。


「な、なにをしてるんだ?」

「ストレッチだよー。ゲームばっかりしてると、身体が固まっちゃうし」

「そこはちゃんと継続してるんだな」

「私もアイドルですから。一応、気にしてるんだよー。ま、休業中だけどね」

「………….休業中。そうだよな、いつかは復帰するんだよな、つまり」


間違えたかもしれない。

食事も気にしろよー、みたく、突っ込まない方向に舵を取るのが正解だったかもしれない。


頭は回らないくせに舌ばかりが回る。

深夜特有の現象に任せて、それは俺の口から飛び出ていた。


「もー、急に真面目なこと聞いちゃうんだね? ずっとしてたかったのになぁ、だらだらお電話デート」


ぱふぱふ、と電話口から音が聞こえる。たぶん、俯きになり足をバタバタさせているのだろう。


「……明日も学校だしな。初めて聞いたよ、そんな珍妙なデート」

「でも、夜にお電話って特別でいいよね? 本当に二人でいるみたい。ね、翔くん。今ベッドの上?」

「そうだけど、佐久間さんもだよな」

「うん。じゃあさ、真面目なお話の前に、一個だけ叶えたいことがあるんだ。背中くっつけようよ! 壁越しにさっ。私のベッド、翔くんのベッドのすぐ横にあるから」

「なにそれ……」


別にやらなくても彼女には分からないだろうが、変に律儀なのが俺だ。

むくり起きあがり、壁をしばし見つめてから、もたれかかって足を伸ばす。


電話の向こう、つまりこの壁の向こうでは、彼女も同じようにしているらしい。


なんだか、映画みたいだなと思う。絶対に会ってはいけない二人が、壁越しに会話を交わす。

物語のクライマックスにありそうな一幕だ。


でも、俺たちにとってみれば、そう盛大なものでもない。そして、クライマックスでは困る。まだプロローグにも入っていない。


「あったかい…………気がする! 翔くんの体温かな?」

「絶対自分の熱だからなー、それ。もしくはガス管とか配線とか」

「ロマンチックじゃないなぁ、翔くんは。そっちはあったかい?」

「……まぁ、俺の体温のおかげで」


身体は、そうだ。

でも、心の方をじわじわ蒸していくのは、彼女のくれた熱かもしれない。


なんて、口にすればロマンチックは陳腐へ成り下がるので、自分の感覚だけにしておく。


このじれったさは、一人、壁に寄りかかるだけでは感じられないだろう。


「……それで、明日からのこと、そろそろ話すか」

「ねぇ、その話なんだけどさ。外で、しない?」

「また急だな。どこか公園でも行くのか?」


人目にはつかないかもしれないが、この深夜に歩くのは、単純に危険だろう。


補導される可能性だってある。自慢じゃないが、俺は童顔なのだ。中学生に間違えられるまであるかもしれない。


「ううん、もっと簡単に出られる場所があるでしょ。部屋、見渡してみて」

「……なるほどな」

「分かった? じゃあ、ちょっと後でね」


電話が切れる。


スマホから光がなくなれば、部屋をほんの薄明かりで染めるのは、大窓からの月明かりだけになった。


春の深夜は、まだまだ冷え込む。


俺は暗さに慣れた目でパーカーを探し当て、着込んでからベランダへと出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作宣伝!
みんなにバカにされる陰キャな主人公が、クラスメイトの超美少女とこっそりカップルチャンネルをやるお話です。 ビジネスカップルのはずなのに、彼女はなぜかぐいぐい迫ってくる!?
★ 陰キャな俺、クラスの美少女と擬似カップルチャンネルをやっているんだが、最近彼女の様子がどうもおかしい。 美夜さん、なんで離れてくれないの? 俺たちビジネスカップルだよな? 今カメラ回ってないですよ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ