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第30話 君の前にいるよ、私(※ きゅん甘注意です)




今日もよろしくお願い申し上げます。



「……翔くん」

「…………はい」


一日を作戦どおりになんとか乗り切って、帰宅後。


俺は自室で、正座をさせられていた。


と言っても、クッションは敷いてもいい、という優しさのおかげ、別に足は痺れない。


なんなら可愛い美少女さまが、仁王立ちになる姿を間近で、しかも下から見れるというご褒美つきだ。


ファンは発狂して欲しがる権利かもしれない。



朝、ご飯を食べてもらうため、佐久間家のポストに鍵を入れたことを失念していた。


帰るなり、彼女がすぐ部屋へ入ってきて、こうだ。


「今朝のメッセージはなんですか、学校での素っ気ないのはなんですか、放課後帰っちゃったのはなんですか」


むすっと腕を組んで、矢継ぎ早に問いかけてくる。


「……書いたとおりだよ。しばらく、ただの隣人でって」

「へぇ翔くんはただの隣人さんのために、朝ご飯もお弁当も用意するんだ?」


……言われてみれば、たしかにそうだ。


やばい。思いっきり、隣人の枠超えてんじゃねぇか、俺。


とくに横のつながりが希薄な今どき、そんな隣人どこにもいない。


「味噌汁、大根の煮物、美味しかったよ。ありがとう。

 でも寂しかったよ。ちょっとしょっぱい気持ちになったよ」


彼女は目をきゅっと寄せて、切なげに俺を咎める。


「なんでもやるって言ったけど、やだ。あのお話はやりたくない。ただのお隣さんは無理だもん」


ぶんぶんと、彼女は艶めいた髪を振り乱す。

どうしても胸が締め付けられてしまうが、


「説明するから、ちゃんと」


ここで折れてはいけない。

そもそも叱られイベントが発生していなかったとして、今日には、ちゃんと伝えるつもりだったのだ。


俺は彼女にも、座ってもらう。


姿勢を正して、今日の行動の理由をなるたけ丁寧に説明した。


ストーカーのことは伝えない。

代わりに、他のことは洗いざらいに話した。


世間がスーパーアイドル・佐久杏子を忘れかかる頃まで、もう少しだけ、今日のような日々を続けたい、と。


「佐久間さんがいない日常は、正直変な感じだったよ。歯車狂うっていうかさ」

「私は、君のいない日常、めっちゃ、つまんなかったよ。

 昼休みもメッセージだけのやり取りって、変だよ。だって、私はここにいるのに、翔くんの真横に、真ん前に!」


声を荒げて、彼女は訴える。そんなのは俺だって、だ。俺だって……


「…………こっちも、つまんなかったさ。佐久間さんのいない日常」


えいや、で言ってしまった。


どうしても照れ臭く、つい顔は背けてしまったが、口にはした。


これが俺の本音だ。


この程度のことしか言えないけれど、逆にいえば、加工一切なしの無添加である。


彼女がそこにいる刺激的な日々の外は、穏やかではあるが面白さには欠けた。

もう身体は、彼女がいることに慣れてしまっている。


「でも、それでも少しの間だけ、無関係を装っているべきだと思うんだ」

「少しってどれくらい? 一日? 無理だよ、そんなに」

「……一日もダメなのかよ」

「ずっと我慢してきたんだもん。もう毎日でも、翔くん摂取しないと生きていけないよ、私」


大真面目な顔で彼女は言ってのける。


そのまましばらく、その琥珀色の瞳は俺を真っ直ぐに見続けた。

目角は尖って、かなり力が入っているのが窺える。


本気の目。

でも、それなら俺だって軽い気持ちで、距離を取ろうなどと言ったわけじゃない。


しばらく目と目だけで、やり取りを交わす。


その末に、彼女は無言で両手を俺の方へと広げた。

脈絡が読めず、俺は少し戸惑う。


「……えっと、組手でもする?」

「もう、わざと言ってないかな、それ。

 違うよ、言わせないでほしいけど、鈍い君だもんね。仕方ない」


やっぱりまだ怒っているらしく、ところどころ当たりがきつい。


けれど、そんな一面さえも、受け取る側の心を温めてしまうから不思議だ。


リバーシがひっくり返そうが返すまいが、一つの石であるみたい。

結局のところ、可愛い。


「ハグ、して」

「…………ハグ?」

「そう、ハグ。

 ちょっとの間ならね、私、我慢するから。だから、ハグして? そうしたら頑張るよ。翔くんと一緒に過ごすために、私頑張るから」


その顔は、真っ赤に染まっていた。

大窓から差し込む夕日とほとんど変わらない。


ベッドに潜り込んできたり、時には大胆な行為をやってみたりする彼女だけど、この行動には一大決心が必要だったらしい。


指先もほんのりと震えているし、強く結んだ唇は歪んでいる。


「翔くんから、お願い」

「……でも、俺まだ、その佐久間さんの気持ちに答えられてもないし」

「関係ないよ、そんなの関係ない。今。今、私は抱きしめてほしいんだ、君に」


俺は時間をかけて悩んだ末、こくりと頷いた。


恐る恐る、彼女の首裏に手を回す。

ちょっと触れて、ぎこちなく胸の中に彼女を引き寄せた。


断れないから、ではなく、それは自分の意志からだった。

過去の想いも、今の想いも、ないまぜにした結果、そうしたいと思った。


つまりもう、佐久間さんの好意への返事は、ほとんど決まっているのかもしれない。


けれど今、その答えを言うのは逃げだ。

こんな流れに乗せて、ぽろっと言うのではいけない。


ちゃんと今も、過去も整理して、俺から伝えるのが筋だ。


なにも言えなかった過去を乗り越えるためにも、そうする必要がある。


だから、少しだけの抱擁ののち、俺は彼女の身体を離す。


けれど、佐久間さんは腕を下ろさなかった。


「翔くん、もうちょっと」

「わかったよ、わかったから」

「二回言わないんだよ、そういうのは。一回でいいの」

「……わかったよ」


なかなか終わらない、「もうちょっと」だった。


佐久間さんは、いつまでも俺の胸の中にいた。


今に霧になってどこかへ消えそうな、不安定な温かさだった。





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