3話 それでも誰も立候補しないのがクラス委員
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まさしく、春一番だった。
新クラスに激震をもたらした、転校生兼アイドル・佐久間杏の自己紹介が終わり、迎えた一限目。
さぞ、ロングホームルームも盛り上がるのだろうと思えば、打って変わって、教室内はしんとしていた。
さながら、さざ波一つ立たない夜の湖面だ。
さっきまでの盛り上がり、ちゃんとキープしてこいよ! と突っ込みたくなる。
「クラス委員長、立候補したい人いないの〜? 誰か〜」
理由は、毎年恒例のコレである。
いくらクラスにアイドルが転入してきたからって、急に豹変する若狭先生が怖いからって、このイベントばかりはどういうわけか立候補者が現れない。
いつもは姦しくお喋りしている女子まで、だんまりを決めて辺りをキョロキョロ見回し牽制しあうのだ。
「委員長と副委員長になったら、隣同士の席になれるよ〜」
子どもみたいな猫撫で声で先生は誘うが、高校生にもなれば、誰もこんな大きすぎる釣り針には掛からない。
普段は公然といちゃつくリア充たちも、素知らぬふりである。
……デメリットが多すぎるんだよなぁ、委員長って。
とくにうちの高校は、大変な方だと思う。
去年一年間の経験があるので分かるが、クラスのまとめ役、先生の雑用、委員会出席など、とにかく仕事が多い。
やってくれよ、お前しかいないだろ、とでも言いたげな視線が俺によこされるのは、ひしひしと感じていた。
先生さえも、ちらちら俺と、それから去年一緒に委員をやった比嘉さんを懇願するように見る。
ふと目があって、俺と彼女は苦笑いしあった。
彼女の淡くカールした茶色いポニーテールが、ふわっとその背中で揺れる。
ちらりと見えた柔らかい表情が、彼女の魅力だ。
目下のホクロがまた、なにとはなく、いい。
俺は、基本的に物を断れない。よっぽどでなければ、断らないようにもしている。
それは小学校の卒業式の日、そう、佐久間さんへの告白に失敗したあの日に原因があるのだけどーーーー今思い返しても仕方がない。
……なんにせよ、もう受けるしかなさそうだった。
外堀も内堀も、すっかり埋まっているのだし。
俺は、無言で手を挙げる。
同志たる比嘉さんも少し遅れて手を挙げてくれたのだが……
「あら、女子の委員は二人も立候補してくれるんだ! 先生、嬉しいよ〜」
新しくやってきた女神さまの手も、ぴんと上がっていた。
佐久間さんは、席替えが決まるまでの措置として、前方の空いていた席に座らされていた。
ここからでは表情は窺い知れない。
アイドルさまと隣の席になれる、滅多にないチャンスである。
これで男子たちも立候補に走るかと思ったのだが……、それは起こらなかった。
「どうせ、湊川にぞっこんだしなぁ。どうせ立候補したのも、あいつが手をあげたからだろ」
「戦略的撤退だな、これは……」
などと、ひそひそ話が交わされる。
ぞっこん、って言うけれど、俺本人さえその理由が分かってないんだけどね……?
「じゃあ、お二人さん! 立候補への熱い思いを語ってくれるかな。いわば、選挙演説〜!」
機嫌のよくなったらしい若狭先生の主導で、突然のアピールタイムが始まる。
俺と似て、比嘉さんは空気を読む側の人間だ。
こめかみをかきながらも、恥ずかしそうに席を立って、
「えっと、うちは去年も委員をやったから……その、今年もやってもえぇかなって思って」
これだけ言い残して座る。
まぁ消極的な理由である以上、仕方がない。クラスメイトの大半が同情の目を向ける中、ターンは佐久間さんへと移った。
席を立ち、後ろを振り返って胸に手を当てる。
指がむにゅっと沈み込んでいたことは、誰も言葉にはしないが、男子は全員、気づいていただろう。
こうしてよく見れば、制服の内側では窮屈そうなほど、たわわに実っている。
が、そんな邪な目にかかわらず、彼女は清らかな声で言う。
「私は、絶対にクラス委員になりたいです。なぜなら、私はこれまで諸事情であまり学校にも通えず、こういった役割とも縁遠い人間でした。
せっかく新しく転校してきたこともあります。ここで新しいことに挑戦したいんです」
これがアイドルの影響力なのか、と感服してしまった。
月並みな言葉、だというのに、どこか感じさせるものがある。
「クラスのみんなに支えて貰いながらになるかもしれませんが、ぜひ、どうかよろしくお願い申し上げます」
彼女が頭を下げると、自然、拍手が沸き起こった。
結果は火を見るよりも明らかで、多数決もとっていないのに満場一致、佐久間さんに決まった。
「じゃあ二人とも、クラス委員よろしくね〜」
俺も立たされて、形ばかりの拍手を受ける。
教室の端と端に離れていた佐久間さんは、俺へ向けて、ぱちんと片目を瞑って見せた。
席移動が始まる。クラス委員二人の席は、全体を見渡せるようにということで、教室後方の窓際だった。
佐久間さんが窓際で、俺はその隣である。
今行くからね! という会見終わりの一言が、鮮明に蘇る。
だって、本当に自分の元へ来るだなんて誰が思うだろうか。
昨日、日本中の人が、俺が私が、と取り合っていた彼女の隣という特等席。
「よし、っと。隣の席もらえた! じゃあ翔くん、これからよろしくね」
そこに、なぜか俺がいた。
四年の時を経て、本当に彼女は目の前に帰ってきた。
「なんかこの景色懐かしいね。なんだか小学校に戻ってきたみたいだ」
「……そんなに幼く見えるか、俺」
ぶっきらぼうになりつつも、どうにか会話に応じる。
「まぁたしかに、童顔だとは思うけどね」
「いきなり、それ言うか……?」
「えへへ、いいじゃんか。会ってないうちに、めっちゃ渋い顔になられてたら分かんなかったかもしれないしさ」
首を傾げて、彼女はこちらを覗き込む。
そして、テレビのクールな印象とは違う。言ってしまうならば昔と同じような、可愛らしい笑みがそこには咲いていた。
「ねぇ、どっちが委員長やろっか?」
おかしなことが起きている。そのはずだ。
けれど、それがさも当然かのように、彼女の振る舞いは変わらない。
「……俺がやるよ。去年もやってたからさ」
「そっか、じゃあ私が副委員長だね。協力しあおうね?」
春だ。
気を失いそうなほど、春。
夜も投稿いたします。




