第27話 滑った転んでラッキーなアレ。
爽太郎はアパートの前まで、荷物運びを手伝ってくれた。
彼が帰ったのち、俺は佐久間さんの家のチャイムを鳴らす。
荷物を持って行くことは伝えておいたはずだ。
しかし、反応はない。
メッセージも、ついさっきまでめちゃくちゃな通知がきていたのに、一転なしのつぶてだ。
「……もう入っちまおうかな」
俺を探しに外へ出て、そのまま帰っていない可能性も考えられなくはない。
ついさっきのストーカーのこともあるから不安になって、俺はキーケースを探り出す。
そこには二本、同じような形状の鍵がついていた。
片方は、佐久間さんの家のものだ。
本当に、合鍵を預かってしまっていた。有事の時に使うという話だが、今はそれに近いはず。
俺は鍵を開け、一応「入るぞ〜」と言ってから、廊下に置いた荷物を入れこめていく。
それを二往復したところ、
「し、し、翔くん!? な、なんで今っ!!」
あちゃあ、なものを見てしまった。陸奥には申し訳ないが、帰していて本当によかった。
端的に言おう、裸だった。一糸纏わぬ、あられもない姿だった。
ふっくら上品に、そのうえ豊かに膨らんだ胸、それが美しい曲線を保ったまま、くびれを作り出し、めりはりの効いた腰つきをも生む。
その完璧に綺麗な体を記憶に収めてしまったのは、一度瞬きする間だけだ。
すぐに反転して、脱衣所の中へと彼女は引っ込む。
俺は俺ですぐさま玄関扉を閉め、扉へ自分の頭をもたげる。
すぐにさっきの肌色がもわもわ浮かんでくるので、何度か打ち付け煩悩を振り払う。
返事がなかったのは、お風呂タイムだったかららしい。それにしても、なんでこうなるんだか。
「お、おかえり。心配してたんだ。でも、遅いから気を紛らわそうと思って」
扉の奥から、ひっくり返った裏声が聞こえる。
彼女は彼女で恥ずかしいらしい。
「ちなみに、なんで裸のまま廊下に……?」
「えっとね、油断したんだ。タオルも下着もブラジャーも、外に置いてきちゃって」
なんにも考えずにシャワーだけ浴びにいったんだろうなぁ。
なんとも彼女らしい、青天井に天然さんだ。
「と、取ってもらっていいかな」
「後ろ二つはお断りしたいんだけど!?」
「じゃあ、とりあえずタオルお願い。洗濯機置き場の上にあると思うから」
「……分かったよ」
もう、さくっと取って、さくっと渡して、彼女が着替え終わったらまた来よう。
俺が今後の流れを浮かべながらタオルを手にしたしようとした時、足がつるんと滑った。
佐久間さんが濡れ足で踏んでいたのを、忘れていた。
すぐ横にはキッチンのある狭い廊下、俺は見事に転倒する。手をキッチン収納に強打し、床に打ち付けた腰には疼痛。
さらに、
「だ、大丈夫!? なにがあったの、ってうわっ」
慌てたらしい佐久間さんが脱衣所から出てきて、扉に挟まれ、極め付けには……。
こちらも勢い余って躓いた佐久間さんに、真上に乗られてしまったではないか。
一枚タオルが間に挟まっているが、ほとんど直だ。
重さも触感も、生々しくて困る。
だめだ、目を開けたらダメだ。目を開けたら、天国へ連れられてしまうかもしれない。
こんな時こそ死んだふりだ。俺は鉄の心で、目を瞑り続けるのだが、
「翔くん、大丈夫!? 意識ある?」
あろうことか裸のまま、俺の身体の上で、腕を揺すってくる。
見ていなくても分かってしまう。なにがとは言わないが、揺れている。
それだけじゃない。濡れ髪のままだったからだろう。髪から滴る水滴は顔にかかって、それが口の中へと入ってきた。
ただの水、ただの水のはずが、蜜のように甘くもある。
「ごめんね、痛かったよね」
自分が裸だということを忘れているのか、俺の上半身を起こして、背中に大きく手を回し、強く強く抱きしめてくれる。
「…………と、とりあえず離れてくれ。これ、タオルあるから!」
だいぶ遅れて現状を把握した彼女は、今度こそタオルを手にして身体の上から退いてくれる。
俺は色々な事情があって、玄関側を向いて三角座りになった。
「目瞑ってるから開けてよくなったら、言ってくれるか」
「……う、うん」
「ちゃんと服まできてからでいいから」
「……うん」
目を封じると、今度は耳が敏感になってしまう。
そこで、アイドルが生着替えを行っているわけだ。
身体を拭き上げる音、布が肌を擦れながら伝いあがっていく音、腰までついてぱっと話す音、それから、かちゃというほんの軽い金属音。
「……そのね、翔くん」
そこで、話しかけられた。
たぶんまだブラジャーとパンツ、いわゆるブラパン状態だと思うんですが……! なぜ今話しかける!?
「別に翔くんになら、いいんだ。翔くんになら、いつかは全部、私は全部……見せても。嫌じゃないなら! ……えっと、やっぱりなんにもない」
「……そっか」
ちょこちょこ床を鳴らしながら、彼女はリビングの方へと歩いていく。
少しして、「もう大丈夫だよ」と言うので見れば、カァッと茹で上がった顔が扉の奥から俺を覗き込んでいた。
凛々しく気高いアイドルらしい眦も、今は一少女のそれだ。
とんでもない。
本当に、とんでもないことを言い残してくれやがった。
ほとんど言ってしまってから、なんでもないは反則ではなかろうか。
何にもやってませんよ!!(強調)
まだの方は、下記の短編もご覧になって言ってくださいませ〜




