第20話 国民的アイドルちゃんは、教科書を忘れたい。
二章どーんと始めます! 連投だ!
海沿いの街に移り住むと、最初は磯の香りがするが、慣れてくると徐々に鼻が慣れて、匂いを感じなくなるらしい。
それと似たようなものかもしれない。
国民的アイドルがすぐ近くにいる生活も、はじめこそ、超刺激的だったが、徐々に体が馴染んでくる。
それは学校の馬鹿ども、失礼、クラスメイトたちにも同じらしい。
だんだん追いかけ回されることも減りだして、とりあえず二週間が経過していた。
ニュースでも、取り上げられる時間は減ってきている。今朝のトップニュースは、『俳優K、地方営業でW不倫トラブルか』だった。
いや、落ちぶれすぎだろ。これも自業自得だけどさ。
まじで、色々なことのあった二週間だった。本当に些細な日常でも、彼女がいるだけで刺激的に変わってしまう。
ある日の授業中にあったのは、こうだ。
古典の時間、佐久間さんはなにやら鞄をひっくり返していた。
英語表現、数学Ⅱの教科書問題集、順々に出てくるのに、いつまで経っても古典の教科書は出てこない。
先生がそれに気づいたらしく、
「隣の人に見せてもらいなさい。いいよな、湊川」
と、超鉄板な許可を彼女に与える。もはや俺への了解確認は、ないに等しかった。
教科書を忘れたことへの罪悪感はあったらしく、それまでは少し焦った様子だった佐久間さん。
しかし、俺が机をくっつけると態度が豹変した。
いい意味でも、悪い意味でもくるりと180度変わっていた。
そわそわと、魅惑的な小尻を何度も浮かせて、最終的には肘をつく佐久間さん。
二人で見るために立てた教科書の下、小さな頭を隠すように俺へだけ、彼女はにこっと笑顔を見せた。
消しゴムを俺の方へぴんと跳ねてきて、ほんの小さな声でささやく。
「えへへ、合法的に近づけた」
授業中に俺の心臓を止める気かと思った。
あぁ少女漫画に出てくるイケメンなら、こんな時に同じポーズを取って、見つめあったりするんだろうなぁ。
なんて思いつつ、授業がつい耳半分になってしまった。
そして、ここで終わらないのが佐久間さんだ。
次の授業である英語表現の時間、彼女は再び席をくっつけてきた。
「教科書忘れちゃったや⭐︎」
嘘つけ、と喉元まで出かけた。
だって、さっき教科書を見た気がする。
とくに英語表現の教科書は、わかりやすいのだ。
アメリカンな親父が車のハンドルに足を乗せている謎のワンシーンが表紙で、見まごうわけもない。
るんるん踊り煌く瞳が、こちらを見つめていて、俺は指摘を飲み込まざるをえなくなる。
完全に、味をしめていやがった。
まるで、お手をすれば餌をもらえると分かった犬みたいだ。
副委員長がそれはどうなんだよと思いつつも、俺は仕方なく再び席をくっつける。
わざわざ指摘するほど、公明正大な正統派委員長キャラじゃないのだ、俺は。
ズルやサボりをやっていても、表面的にそれらしく見えればいい。
英語表現は、担任の若狭先生が担当だった。
この時間のことしか知らない先生は、「仕方ないなぁ」とでも言わんげに、眉を落としていた。
が、
(く、く、くそ! こんな時間までいちゃついてやがるのか、奴ら!? それも、若狭先生の前でまで!? 怖いもの知らずかよ)
(クラス委員の風上にもおけねぇ!! どうせ、教科書の下でキスしてるんだ、あいつら。舌入れて×××ーー(以下自主規制))
(二人だけの世界って感じ。あぁ羨ましいかも、私もあれくらいラブになりたい!)
事情を知っているクラスメイトたちは、ひそひそ己の感想を囁き合う。
とびきりのゲス発言をした奴を締めてやりたい気持ちに駆られた俺だったが、佐久間さんは違った。
そんな些末な風聞は、聞かないようにしているのか、本当に意識の外なのか。
彼女はプリントを押さえて、かりかりと真剣な顔でなにやら書き込む。
さすがは一流アイドルだけあるな、と思った。
言われてみれば、日本中の人にそんな風に色目で見られたり、非難の目を刺されたりしているわけだ。
耐性がついているのだろう。
少し感心していたのが、間違いだった。彼女は一生懸命書き込んでいたプリントを、そっと俺の前へ伏せる。
『教科書、これから毎日忘れようかな? 君の横になれるんだもん』
そこには、およそ副委員長とは思えない感想が綴られていた。
一応、俺とて委員長である。示しをつけなければならない。
ここはしばらく黙殺しようと決める。
もう事前にやった範囲で、目新しいことのない授業だった。
いつもならポーズだけ取って聞き流すのだが、先生の話にどうにか耳を傾けていたら……
『From now , I forgot the text every day!』
いや、英語の授業だから英語で書け、ってこともでないんなけどな?
しかも、微妙に文法が違う。
will で未来系にするべきだし、なぜか「忘れる」が過去形だ。
もうこうなったら、返事せざるをえない。結局突き返せないのが俺である。
返事というか、添削をして差し戻す。
すると今度は、怒った顔の絵文字だけが返ってきた。
彼女を見れば、足を組んでつーんと窓の外へ首を振っている。
くっ、逆効果かよ!
俺は取り急ぎ、別の手立てとして、返事をしたためる。
『教科書持ってるだろー、本当は。若狭先生に言っちゃおうか?』
思ってもない、雑な脅しだ。
それをちらっと見るや、彼女はがたっと椅子を後ろへと下げる。組んでいた足を、すうっと元へ。
プリントを片手に震えだして、ぎこちなく俺の方を見た。
どうやら若狭先生の怖さは、インストール済みらしい。
『ずるいよ、そんなの! 昔、翔くんが居眠りしてた時、黙っててあげたよね!?』
『いつの話だ。昔は昔、今は今だよ』
『そんなこと言ってたら、クラスに広めちゃうよ』
『なにを』
『この間、家であったこととか♡』
こ、このアイドル様め。なんて姑息な手を使うんだろう。
策士が相手を罠に嵌めた時のように、へんっと笑って、彼女は机へ再度肘をつく。
余裕の態度だった。なんなら、たぷんとした胸を机に乗せて、からかってまでくる。
もうこうなったら止まった方の負けだ、と俺は再びペンを走らせだす。
『佐久間さんにそんなことができると思えないんだけどなぁ。人見知りさん』
『やればできるよ?』
ペンを耳にかけて、両目を瞑り、澄ませてみせる。
あくまで強気でくると分かった俺は小学生の頃のエピソードを詳細に文に起こしだして、
「おい、湊川。なァにやってんだ?」
やらかしたことに気がついたのは、えぇ、もうとっくに遅かった。
若狭先生が、いつの間にか俺の隣にちんまり立っていた。
その小さなサイズ感と比べて、まるで百獣の王と対峙したかのような威圧感だった。俺はさしずめ、ネズミといったところ。
「おら、てめぇ。バトミントンの羽根打ちつけんぞ!」
そういえば、顧問だったね、バトミントン部。
だからって、それで生徒指導するのは反対だ。
委員長の面目は、もう丸潰れだった。
強烈に叱られた、……佐久間さんともども。
授業が進まないから、という理由で、見逃してくれていたらしい。
人生で初めて、補習を受けた。
二章開始です!
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ちょっと強めに連投入れていきますので、お付き合いくださいませ! どうせなら表紙に届きたい……!
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