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18話 今度は俺がアイドルの髪をセットするらしい




引き続きよろしくお願いします。



攻守交代して、今度は俺が彼女の後ろへと回る。



なにが五科目合計なら、学年でも上位に入れるんだ。

俺は自分が大馬鹿ものであると、ここに至ってやっと気づいた。


やってもらうのと、こちらがやるのでは話が違う。


「ふふん、お仕事の時は長い髪だったから大変だったけど、今なら楽でしょ?」

「……楽じゃねぇよ」


長さだけの話なら、そうかもしれない。


けれど、そんなものは些細すぎる話だ。全体の1%にも満たない要因である。



絹糸みたいな光る髪の毛は、触れていいものなのか分からないほど美しかった。


短いながらもしっとりとコシがあり、キューティクルとは無縁。

襟足の間にふんわり空洞が開いたうなじなどは、男を無条件で虜にさせる。


「えぇー、楽になったんだよ、これでも。長い時は、一日三十分はかかってたもの」

「ちなみに今は?」

「気にしなくていいよ。私は翔くんにやってもらえるだけで、満足だからね」


恐る恐る俺はその髪先に触れた。


彼女は、ふっと短く息を吐き、肩を縮こめるから、どきりとさせられる。


ドライヤーを握る手にばかり、力が入り、まともに髪を乾かせない。


「くすぐったいよ〜」

「わ、悪い」

「ううん、謝らなくてもいいんだけどさ。慣れないでしょ? ゆっくりでいいからね」


鏡越しに、満面の笑みを見る。それは純粋に、今という時間を楽しんでいる顔だ。


「別に、慣れてないってほどでもないんだけどなぁ」

「え……!? それって、ま、ま、まさか彼女さんがいたりしたの。もしかして今もいたりするの」

「……だったら佐久間さんを家にあげてないよ。残念ながら、彼女いない歴=年齢だ」


小学生以来、人を好きになる方法さえ分からないのだから、当然だ。


中学生の頃、意気投合したクラスメイトと、いい雰囲気のようなものになったこと自体はある。


けれど、彼女がなにを望んでいたのだとしても、俺には付き合うだとかは、夢のまた夢くらい遠い世界の話だった。


「姉がいただろ? 実家にいた頃は、たまにやらされてたからさ」

「あぁ、お姉さんか〜。びっくりさせないでよ。朝から心臓に悪い!」


それはこっちのセリフだけどな。


後ろに立つと、覗き込むような角度になるのがまたいけなかった。


緩く開いた胸元の奥へ、自然と視線が潜り込もうとしてしまう。

寝巻きのチャックの奥、胸の立派すぎる膨らみが作った隙間が、生唾を飲ませた。


首元だって、抜群だ。

無駄毛なんかはひとつもなく、目に入る限りが血色のいい白肌。


見ていてふと、机に隠したネックレスの存在が頭をよぎる。


あれじゃあ安っぽすぎて、むしろ彼女の魅力を減らしてしまうかもなぁ。なんて考え込んでいると、


「ねぇ翔くん」


彼女が顔を上を向け、こちらを見上げる。柔らかい前髪が、ドライヤーの風で横へと流れた。


この角度から見ると、おぼこく映る。


「ど、どうかしたか?」

「ちょっと熱いかも。髪焦げるよ〜」


やべぇそうだった、この髪はもはや商品でもあるんだったわ……!


ぼうっと考え事にふけっている場合ではない。


「いいんだよー。髪焦げたら、責任取ってもらうだけだから♪」


責任を取るとか取らないとか、そういう次元の話じゃない。


とにかくこの髪を傷つけてしまっては、世界的に大損失だ。経済が動くレベルの話かもしれない、というか間違いなく動くわ。


俺はひとまず集中しなおして、彼女の髪を整え終えたのだった。


顔を洗ってスキンケアまでやって、二人、鏡の前に並んで立つ。


「うん、髪の毛落ち着いたね。格好いいよ」

「……そりゃどうも。ありがとうな」

「むー、そこは可愛いよ、って返してよ」


軽口を叩き合う。


彼女は頭の上に手をやり、鏡まで真っ直ぐに伸ばした。


「でも、こうして並んで見ると、翔くん背伸びたね?」

「佐久間さんも同じだろ、それは」


中学の頃にぐっと伸びて、俺の身長はいま174センチ。

決して高くはないが、小さくもない。平均的な方だと思う。


彼女は公称どおり160センチ程度らしいが、実は少し下回っているのだとか。


「これは全然関係ない話なんだけどさ」


佐久間さんが、唐突にもこう前置いた。


「カップルの身長差15センチくらいがベストらしいよっ。肩に寄りかかって頭が乗るくらいがいいんだって」

「な、なんだよ、その怪情報」

「えへへ、秘密! それに、全然関係ない話だからさ♪」





次で一章ラストになります〜!

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