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第15話 【佐久間 杏side】たしかに呼んでくれた。(※きゅん甘注意)



よろしくお願い申し上げます。

たしかに呼ばれた。

杏ちゃん、って呼んでくれた。


それだけで、胸がいっぱいになって溢れかえっていた。

たかが自分の名前を呼ばれただけなのに、おかしい。


芸能界でも気安い人だったり、下心を隠さない人は、同じようにちゃん付けで呼んでくることもあった。


それなのに、彼の口から言われると、なにかが違う。

身体の火照りが止められない。奥の奥から、幸せがふつふつ、湧き出してくる。


「ごめんね、翔くん。私、起きてたんだよ?」


そう、起きてしまっていた。

ほんのちょっとした、駆け引きのつもりだった。


といって恋愛なんてまともにしたこともない私が頼ったのは、他人の知識だ。

恋愛のイロハが記されたウェブサイトに、


『寝たふりをすると、あざと可愛いポイントアップ!』


と書かれていて、それをそのまま、物は試しとやってみたのだ。


それが、思わぬ方向へと転がった。


あんなのを聞いてしまったら、今さら起きているだなんて、言い出せるわけもない。 


だから、私はズルを通すことにした。やりきって、嘘を真にしてしまえと思った。

真っ赤だっただろう顔を隠すためにも、ひたすら伏せ続ける。


彼が寝つくのを待って、やっと動けるようになった。


翔くんは、すっかりベッドで横倒しになり目を閉じていた。私はその枕元に肘をついて、優しい人の顔を見つめる。


狸寝入りだったのに、毛布をかけてくれたうえ、クッションまで用意してくれた。


翔くんの匂いがする毛布、あれはご褒美だったなぁ……貰って帰りたいなぁ、ってそうじゃなくて。


湊川翔は、私が好きだった、ううん、大好きな彼のままだ。


自覚はないだろうが、彼だって十分に綺麗な顔をしている。

目元などに幼さは残しつつも、四年前より彫りの深くなった顔立ちは、男らしさも増して格好よくなった。


仕事柄、二枚目俳優やら男性アイドルらを見てきたけれど、誰一人彼には敵わない。

たぶん、たっぷりバイアスがかかっているのだろうけど、私の目にはそう映る。


「今日のお勉強、懐かしかったね」


返事があるわけないと分かっているので、半分一人ごととして呟く。




そもそも彼と仲良くなったきっかけも、たしか勉強からだった。


その頃から芸能活動の準備を始めていた私は、なかなかどうして勉強に割ける時間が少なく、頭がよくなかった。


まるで授業にもついていけず、課題などは欄をただ埋めるだけになってしまい、理解はゼロ。


そして、そんな状態に陥っても、私には頼れるような友達がいなかった。


それは私の性格のせいもあれば、芸能人の娘だというのもどちらも影響していたと思う。


周りからは、常に特別視された。

あるものは賞賛ばかりしてきて、あるものは嫉妬から虐めたりしてくる。


共通して言えるのは、彼らにとって私が、女優『佐久光里の娘』でしかないということだった。


そういう人の思考の裏が透けて見えるようになってから、私は一人でいることが多くなっていた。


だから、休み時間も話す相手なんかいない。


「なにやってるんだ、勉強?」


初めて声をかけられたのは、ほんと何気ないことだったと思う。


だって彼は、頬杖をついていた。手が空いて、時間を余していたのだろう。


隣の席の、湊川翔くん。


身長が低く、背の順に並べば、いつも前方で腰に手を当てている。その程度なら知っていたが、それ以上の関わりはなかった。


「ん、あれ。そこ、式が間違ってるな。たぶん、こうでーー」


そんな彼が、唐突に声をかけてきたと思ったら、ノートに解き方を書き出して見せてくれる。


大いに戸惑ったし、信用できなかった。

どうせこの人も、裏があるに違いない。最初は、そう思っていた。


だって私に親切な人は、たいてい母に取り入ろうとしたり、サインをねだったりした。遅かれ早かれ、みんなボロが出る。


けれど、彼はいつまで経ってもなにも言い出さなかった。

小学生にとっての勉強なんて義務以外の何者でもない。

なにが面白いわけでもなかっただろうに、連日、私の横で休み時間を過ごす。


それどころか数日したところで、


「……翔、なに。あたしも解かなきゃダメ?」

「頼むよ、瑠璃。国語はお前の専売特許だろー」


友人まで巻き込んで、私に協力をしてくれた。

彼の幼馴染で、名前は西にし 瑠璃るりちゃん。


この時は、やっと翔くんに話しかけられるのに慣れてきたところだった。

正直、瑠璃ちゃんにはビクビクしていたが、彼女はのちに、初めての女友達になった。


静かで大人しい子。その印象そのままに、慎ましやかで可憐な子だった。


静かに一人ぼっちでノートに向かっていたはずが、気づけば笑いながら三人で机を囲んでいる。


まるで、普通の小学生みたいだ。

その状況が、私には半ば信じられなかった。それから、うんと嬉しかった。


それからというもの、宿題をもらうことさえ苦痛じゃなくなった。



教室以外でも、翔くんと瑠璃ちゃんとは、仲良くしてもらった。

帰り道を一緒に帰って公園やらに寄り道したり、休日には家へお邪魔したり。


もっとも強く記憶に残っているのは、翔くんのお母さんに連れて行ってもらって、ゲームセンターに行ったことだ。


昔から憧れていたのだけど、女優のお母さんが連れて行ってくれるような場所じゃない。


翔くん、瑠璃ちゃんと三人お揃いの星型キーホルダーを取れたときの感動なんかは、今も覚えている。

今ではすっかり塗装が剥げてしまったが、いまだに持ってもいた。



誰かにとっては、なにげないことかもしれない。


でも、そんな普通を、私は六年生にして、はじめて味わっていた。

翔くんが、それを私にくれたのだ。



でも、私がそんな当たり前を享受することを、快く思わない人たちもやっぱり一定数いる。


私が何もかも手に入れた幸福者に見えて、妬ましかったのだろう。


事件が起きたのは唐突なことだったけれど、ある意味おこるべくして起こったのかもしれない。



ある日、私の上履きやら鞄やら一式が忽然となくなっていたのだ。


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