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第6章 8 ファーストキス

 その頃、ルドルフは自転車に乗ってフィールズ家へと向かっていた。マルコのお弁当を届ける為だった。本当はヒルダと鉢合わせをしてしまうのが嫌だったのだが、母親に強く持って行くように言われ、仕方なくフィールズ家へ行く事にしたのだ。


(母さん・・・ぼくがヒルダ様と婚約破棄された事は知っているのに・・何故屋敷に行かせるような真似をするんだろう・・・。お弁当が無くたって、お願いすれば食事を用意して貰えるのに・・・。)


ルドルフは溜息をつきながら自転車をこいでいた。


実は3日前にフィールズ家から帰って来た父が食卓の席でルドルフと母にヒルダとの婚約の話が無くなった事を告げたのだ。何も知らなかった母は驚きを隠せなかったし、ルドルフは父親から直に話を聞かされ本当にヒルダとの婚約の話が終わりになってしまった事にショックをうけてしまった。本当はルドルフは少しだけ期待を持っていたのだ。ヒルダが婚約を破棄すると言っても、フィールズ家の当主がそれをみとめなければ婚約解消には至らないだろと・・。そしてヒルダに献身的に尽くせば、自分の事を愛してくれるようになるのでは無いかと淡い期待をしていたのだが、それが完全に断ち切られてしまったからである。

ヒルダと一緒になれる夢が完全に断ち切られてしまった事を思い知らされた時のルドルフの絶望感は計り知れなかった。


 そして今ルドルフはもう二度と来たくなかったフィールズ家へと向かっていた。

やがて邸宅へと続くガーデンアプローチが見えてきた。

ルドルフはアプローチに到着すると自転車を押して中へと入って行った。フィールズ家のガーデンアプローチは庭師によって1年中美しく整えられている。今まではこの道をヒルダに会えるのでは無いかと胸を高鳴らせながら歩いていたが、今のルドルフに取っては悲しみの気持ちで一杯だった。


 アプローチを抜け、裏に回ると使用人専用の出入り口がある。ルドルフはその呼び鈴を押すと、ルドルフとは顔見知りの男性使用人が現れた。


「ああ、ルドルフじゃ無いか。久しぶり。」


「お久しぶりです。あの・・・これお弁当なんですが・・父に渡して置いて頂けますか?」


ルドルフはバスケットに入ったお弁当を手渡した。


「ああ、分かった。渡しておくよ。そうだ、ルドルフ。少しお茶でも飲んで行くかい?」


男性使用人に誘われたが、ルドルフは断った。


「いえ、用事があるのでこれで失礼します。」


本当は用事なんか無かったが、一刻も早くルドルフはこの場を離れたかった。

一礼すると、自転車を押して逃げるようにその場を後にした。


(もう二度とここには来たくない・・・。最後にしよう・・・。そうだ、最期にあの場所へ行ってみよう。)


ルドルフにはフィールズ家の敷地でお気に入りの場所があった。東の門を抜けると草原が広がる小高い丘があり、立派な大木が生えている。その丘に登るとフィールズ家の屋敷全体を眺める事が出来るのだ。


(フィールズ家の屋敷を目に焼き付けて・・・こことはお別れするんだ・・。)


ルドルフは心に決め、自転車を押しながら丘へと向かった。



(え・・・?誰かいる・・?)


丘の頂上に近付いていくと、大きな巨木の下に人影が見えた。その人影は巨木に寄りかかっている。目が良いルドルフはその人物を見て息を飲んだ。何とそこに寄りかかっていたのはヒルダだったのだ。


(ヒルダ様・・・っ!)


ルドルフの目に涙が滲んできた。よく見るとヒルダは目を閉じている。全く身動きしないと言う事は眠っている様だった。


(眠っているなら・・・近付いて行っても・・。)


ルドルフは自転車を倒すとヒルダの視界から外れ、背後に回り込むように静かに近付いて様子を少し離れた場所でヒルダの様子を伺うが、やはりヒルダは目を閉じたまま動かない。

ルドルフはゆっくりヒルダに近付き、正面に回るとやはりヒルダは眠っていた。

長い睫毛に縁どられ、目を閉じて眠るヒルダは本当に美しかった。

ヒルダは上を向くような姿勢で眠っている。


「ヒルダ様・・・お許し・・・下さい・・・。」


ルドルフはヒルダに顔を近づけ、そっと触れるだけのキスをした。

それは2人にとっての初めてのキスだった。


「うう・・ん・・。」


ヒルダが身じろぎしたので、ルドルフは慌てて離れると逃げるように自転車に乗って走り去って行った。


(ヒルダ様・・・眠っている貴女にキスをしてしまって・・お許し下さい・・!)


この思いでは一生自分の心に秘めておこうとルドルフは思うのだった—。


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