第5章 16 せめて夢の中では
その日の夜、夕食の席の事―。
「お父様、お母様。お話したいことがあるの。」
ヒルダは食事に手を付ける前に2人に話しかけた。
「何だい?ヒルダ。」
「分ったわ、話し聞かせて頂戴。」
父と母も手を降ろすとヒルダの顔をじっと見た。実は2人はヒルダの様子がおかしいことに気付いており、絶対に夕食の席で話をしてくると思っていたのだ。
「お父様、お母様・・・私とルドルフの婚約を破棄させて下さい。」
その声は今にも泣きそうだった。
「ヒルダ、一体・・・!」
父、ハリスは驚いて何か言いかけようとしたがマーガレットに止められた。
「どういう事なの?ヒルダ。理由を説明して頂戴?」
「私・・・やっぱり自分の結婚相手は・・・私よりも爵位が高い男性じゃないと・・い、いやなの。」
「ヒルダ、お前・・・。」
ハリスはまた言いかけようとして、再びマーガレットに止められた。
「ヒルダ、どうしてそんな事を言うの?」
マーガレットは優しく問いかけて来る。そこでヒルダは以前から婚約破棄の言い訳に考えていた理由を説明した。
「私が世間でどう言われているのかはよく知っています。ヒルダ・フィールズは3本足になってしまったって言われているんでしょう?そんな私が自分よりも爵位の低い相手と結婚して、パーティーとかに参加したら絶対悪口を囁かれるに決まってるもの。だけど・・・相手の爵位がずっと上の方だったら・・・悪口を言われる心配も無いでしょう。だから・・・。」
「そうね。分かったわ。貴女の思う通りになさい。」
マーガレットは言った。
「マーガレットッ!お前・・・!」
「貴方っ!」
キッとマーガレットはハリスを見た。
「な、何だ?」
ハリスはビクリとした。
「・・・後で大事な話があります。いいですね?」
「は、はい・・・。」
ハリスはすっかりマーガレットの気迫に押されて返事をした。そんな様子の2人をヒルダはじっと見ながら言った。
「お父様、お母様。もう一つお願いがあります。」
「ええ、何ですか?」
今、この場で主導権を握っているのはマーガレットになっていた。
「私と婚約を破棄してもルドルフの爵位を剥奪しないで下さい。後、ルドルフを高等学校へ行かせて?だって今回の婚約破棄はルドルフは全く悪くないんだもの。全て私の身勝手な行動だから・・・。お願いします。」
「「・・・・。」」
ハリスとマーガレットは互いに顔を見合わせたが、あまりにもヒルダの思いつめた表情に何も意見する事が出来なかった。
「あ、ああ・・・・分かったよ。他ならぬヒルダの頼みだからな。よし、分かった。ルドルフとの婚約は破棄しよう。そして爵位も剥奪しないし、ちゃんと高等学校へもいかせてあげるよ。何せ彼は優秀な少年だからな?」
「・・・有難うございます。お父様、お母様。それで・・・私食欲が無いから今夜はもう部屋に戻らせて貰います。」
ヒルダは力なく立ち上がると言った。
「分かったわ、ヒルダ。ゆっくり休みなさい。」
「はい、お母様。」
ヒルダはぺこりと頭を下げると、杖をついて足を引きずりながら部屋を出て行った。
そんなヒルダの後ろ姿を見つめながらマーガレットはポツリと言った。
「きっと・・・ヒルダの婚約を破棄したい理由は爵位の事ではありませんね。」
「ああ・・・そうだな。恐らくルドルフと何かあったんだろう。」
「だけど・・・分かってますね?あなた。」
「あ、ああ・・分かってるよ。ルドルフには何も尋ねない。明日・・・マルコにだけ伝えるよ。ルドルフとヒルダの婚約は破棄にすると。そして爵位もそのままで・・屋敷も住み続けて良いとな・・。」
「後はルドルフの進学の件ですよ?」
「勿論だよ。マーガレット。」
そして2人は溜息をついた。
その夜、ヒルダは夢を見た。それはルドルフと結婚式を挙げる夢。夢の中でルドルフはヒルダに優しく笑いかけると言った。
<ヒルダ様、僕は貴女を愛しています。一生貴女を幸せにします。>
「ルドルフ・・・。」
ヒルダは寝言でルドルフの名を呼んでいた―。




