第9章 10 2人きりの食事会
午前11時20分―
「すみません、ノワール様。お昼の用意をしなくて」
玄関先でヒルダはノワールに頭を下げた。外には既に呼んでおいた迎えの辻馬車が待機している。
「何言ってる?だからそんな事は気にしなくていいと言ってるだろう?」
「ですが…古書店のお誘いも…」
項垂れるヒルダの頭にノワールは触れようとして…思いとどまると言った。
「そんな事は気にしなくていい。どうせここで一緒に暮らしているんだから、いつだって行けるだろう?」
「はい、そうですね」
ヒルダは笑みを浮かべた。ノワールの「いつだって行ける」と言う言葉は安心感を与えてくれた。いつまでここに住めるのか不安なヒルダにとっては嬉しい言葉だったのだ。
「…そ、それじゃ…気をつけてな」
「はい、行ってきます」
そしてヒルダはノワールの手を借り、馬車に乗り込むとフランシスの待つレストランへと向かった―。
****
ヒルダがレストランに到着したのは約束の時間よりも10分程早かった。
「少し早目に着いてしまったけれど…大丈夫かしら?」
ガラス扉から中を覗き込んでいると、コック姿のフランシスがこちらを見ている事に気がついた。
「あ…」
2人の目が合い、フランシスは嬉しそうに駆け寄ってくると扉を開けた。
「ヒルダ、本当に来てくれたんだな?嬉しいよ」
「こんにちは、フランシス。約束していたのだから来るのは当然でしょう?」
「うん…そうなんだけど…でも、ひょっとすると来てくれないんじゃないかと思って…」
フランシスは儚げな美しさを持つヒルダを見る度に、何処かへ行ってしまうのでは無いかという不安を初めて会った時からずっと感じていたのだ。
「大丈夫、余程のことでは無い限り約束は守るから」
「…ありがとう。それじゃ中に入ってくれよ」
「ええ」
そしてヒルダは定休日で静まり返った店内へ足を踏み入れた。
「こうしてみると誰もいないレストランて何だか変な感じがするわ」
窓際のテーブルに案内されて着席したヒルダが言った。
「そうか?俺は見慣れた光景だけどお客にとってはそうじゃないのかもな。それじゃ料理を運んでくるから待っていてくれよ」
「ええ」
ヒルダが返事をすると、すぐにフランシスは厨房へと消えていった。
「きれいな景色ね…」
窓から見える港の景色を眺めていると、フランシスが声を掛けてきた。
「お待たせ」
「あ、フランシス。早いのね?もう出来たの?」
振り向きながらヒルダは尋ねた。
「ああ、バゲットにクリームスープだからな」
2人分の食事をテーブルに乗せながらフランシスは答えた。
「よし、食べようか」
ヒルダの向かい側に座るとノワールはヒルダに声を掛けた。
「ええ、そうね。頂くわ」
そしてヒルダとフランシスの2人きりのレストランでの食事会が始まった―。




