第9章 6 フランシスの誘い
美しい港の夜景の見えるレストランでワインを飲みながらヒルダとノワールは食事をしていたが…2人の間には微妙な緊張感があった。その原因はノワールだった。
ノワールはヒルダとフランシスが親しげな様子が気に食わなかったのだ。
弟のエドガーの時は、ヒルダを完全に諦める覚悟が出来ていたのだが、何故かフランシスの場合は許せなかった。
「…」
ノワールは黙って食事を口にしながら、頭の中では先程のヒルダとフランシスが楽しそうに会話をしてた姿を思い出していただけなのだが…ヒルダはこの重苦しい空気を何とかしたかった。
「あの…ノワール様…」
「何だ?」
「お食事…とても美味しいですね」
「そうだな」
しかし、ノワールはぶっきらぼうに返事をするだけ。そのような態度を取られてしまってはヒルダにはどうしようも無かった。
(何か私が気に障る事をしてしまったのかしら…?もう…これ以上話しかけない方が良いかもしれないわね…)
折角ノワールとの距離が近づけたかと思っていただけに悲しかった。今はただ静かにしていた方が良いのだろう…ヒルダはそう判断し、黙って食事をする事にした―。
気まずい雰囲気の中、食事が終わった。
テーブルで会計を済ませるとノワールがヒルダに声を掛けた。
「それじゃ…帰るか」
「はい」
席を立ったノワールに促され、ヒルダも席を立った。そして店を出ようとした時―。
「ヒルダ」
フランシスが話しかけて来た。
「あ、フランシス」
「もう帰るのか?」
「ええ。食事も済んだし…とてもおいしかったわ。御馳走さま」
ヒルダは笑みを浮かべてフランシスに言う。
「そうか?そう言って貰えると嬉しいな」
するとノワールが言った。
「2人は知り合いなんだろう?積もる話もあるようだから…俺は外で待っている」
「ノワール様…」
(別にもうフランシスと話す事は…)
ヒルダはそう思ったのに、フランシスは言った。
「ありがとうございます」
「え?」
「…ああ」
ノワールは振り返る事も無く、店の外へ出てしまった。するとすぐにフランシスが尋ねて来た。
「ヒルダ…今の方は誰だい?君のお兄さんに似ているみたいだけど…」
「あ…」
(そうだったわ。フランシスはお兄様に会ったことがあるのだったわ。そして…私とお兄様が本当の兄妹だと思って…)
でも今更ヒルダは真実を語る気にはなれなかった。エドガーとは血のつながりは無く、もう少しで恋人同士になれるはずだったのだが、それは叶わなかった事。そしてノワールはエドガーの実の兄であると言う事を。
「ヒルダ?どうかしたのか?」
「い、いえ。何でもないわ。あの方は…親戚なの」
「そうか?親戚だったのか?てっきり…恋人同士なのかと思っていたよ。それじゃ…明後日店定休日なんだけど、12時に店に来ないか?」
フランシスは何所か安堵したかのように言った。
「え?」
「実は…新作のスイーツを作ったんだけど…誰かに食べて貰いたくて…」
フランシスは顔を赤らめながらヒルダに言った―。




