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第8章 21 複雑な気持ち

 バス停に到着すると、すでにバスが停車していた。


「それじゃ、ヒルダ。気を付けて帰れよ」


バスに乗り込もうとするヒルダにノワールが声を掛けて来た。その時になってヒルダは気付いた。


「あ…そう言えば、ノワール様とは帰る方向が違いましたね」


「そうだ。何だ?忘れていたのか?」


「はい。うっかりしていました。まさか…わざわざ私をここまで送って下さったのですね?」


「ああ、そうだ。もう時間も遅いしな。でもバスが来ていて良かった。あまり長時間寒い場所で待っていれば足に悪いからな」


「…お気遣いありがとうございます」


ヒルダは頭を下げた。


「ヒルダ」


「はい」


顔を上げると、そこにはじっとヒルダを見下ろすノワールの姿が。


「明日の予定はどうなっている?」


「明日…ですか?特に何もありませんが…」


「そうか?なら明日は俺のアシスタント業務をしてくれないか?」


「はい、勿論です」


ヒルダは笑顔で返事をした。何故ならノワールからアシスタント業務を頼まれたのは今回が初めてだったからである。


その時、バスの運転手が乗客に向かって声を掛けた。


「まもなく発車致します」


その声を聞くと、ノワールは後方に下がってヒルダに言った。


「明日…11時にアパートメントへ迎えに行く」


「はい、分りました」


そしてバスに乗り込み、空いている席に座ると扉が閉まってエンジン音と共にバスは走りだして行った。


「…」


ノワールは寒空の下でヒルダを乗せたバスが見えなくなるまで黙って見送っていたが…やがて踵を返し、コートの襟を立てると歩き去って行った―。




****



 ヒルダがアパートメントに到着したのは21時を過ぎていた。


カチャリと扉を開けて室内へ入る。


「ただいま…」


「ヒルダ様?お帰りなさいませ!」


カミラが慌てた様子で玄関まで迎えに現れた。


「ただいま、カミラ」


「ヒルダ様…あまりに遅いので心配しましたわ。どうなさったのですか?」


「ええ。実はノワール様と一緒だったの」


ヒルダはコートを脱ぎながら答えた。


「え?ノワール様と?」


「ええ。アルバイト先を出たところで偶然お会いしたの。それで2人で古書店に行ったのよ。そこは喫茶店にもなっているの。2人で買った本を飲物を飲みながら読んで、その後はパスタ料理専門店へ連れて行って下さったの。とても美味しかったわ」


するとカミラが目を細めながら言った。


「まぁ…まるでデートみたいですね?」


「デート?そんなんじゃないわ」


リビングに向かいながらヒルダは答えた。


(だってノワール様は別に私に好意を抱いているわけではないもの)


「そうでしょうか?」


小首をかしげるカミラにヒルダは言った。


「そんな事より、カミラ。貴女は?アレン先生との結婚話はどうなったの?」


リビングに到着し、2人は椅子に座るとカミラが頬を染めながら言った。


「そ、それが…式は後でも構わないから…先に入籍して一緒に暮らしたいと言われたんです…。ヒルダ様、私どうすれば…」


「何を言ってるの?迷う事は無いじゃない。直ぐにお受けするべきよ。おめでとう。カミラ」


「ありがとうございます…ヒルダ様」



嬉しそうな様子のカミラを見つめながら、ヒルダはどうしようもない寂しさを覚えるのだった―。

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