第8章 11 ノワールの提案
「あ、あの…ノワール様。今のは一体どう言う意味でしょうか…?」
ヒルダにはノワールが何を考えているのかまるで分からなかった。もともと不愛想で必要以上に話はしない。いつも何処か冷めた性格。そしてそっけない態度…。そんなノワールから真意を測る事はヒルダには出来なかった。
「…つまり…俺を…エドガーのように兄のように思えば…いいんじゃないかと思って…」
ノワールは口ごもりながら言った。
「あ、そういう意味ですね?でも…ノワール様は私の事が…お嫌いでしょうから…」
するとその言葉にノワールは反応した。
「ヒルダ、俺は…お前の事を嫌ってなんかいない。もし…本当に嫌っていたら、俺のアシスタントを頼まないし…こうやってお前の顔を見に来たりだってしない」
「ノワール様。もしかすると…お兄様の事で責任を感じていらっしゃるのですか?」
ヒルダは静かに尋ねた。
「え…?」
「ノワール様がお兄様の事で気にすることは少しもありません。ノワール様は何も悪いことはしていませんし、お兄様だって…本当は最初からアンナ様と婚約されていたのですから…元通りに形に収まっただけのことなんです…」
ヒルダは寂しそうに言う。その様子からヒルダはまだエドガーの事を忘れられず、心に深く刻まれた傷が癒えていない事がノワールには分かった。
「…違う、そうじゃないんだ…。別にエドガーの事で責任を感じているからでは無いんだ…俺は…ヒルダが…」
しかし、そこから先は言えなかった。ヒルダは愛する人間を2人も失っている。ここで自分がヒルダに愛を告げたとしても、逆に傷つけてしまうだけなのではないだろうかとノワールは考えていた。
「ノワール様?」
「ヒルダ…もしカミラが結婚した場合…その後、どうするつもりだ?」
ヒルダは少し考えた後、答えた。
「このアパートメントは便利な場所にあって、しかもカミラのお姉さんのご厚意で安く借りることが出来ています。でも、1人で暮らすには広すぎるので…カミラが出ていった後は何処か別の場所に部屋を借りて暮らそうかと思っています。私でも家賃を支払えそうな安い場所を何処か探す予定です」
「そうか…その事なんだが…。お前には良く分からないかもしれないが、安い物件というのは大体不便な場所にあることが多いんだ。それだけじゃない、治安が悪かったり…設備が古かったり、使い勝手が悪い場合も多い。そんな環境でヒルダが暮らすのは…はっきり言って難しいと思う」
「そうなのですか?」
ヒルダはノワールの言葉に少なからずショックを覚えていた。
(私って…自分では人並み以上に苦労していると思っていたけど…世間一般の常識をまだまだ知らなかったのかしら…?)
しかし、もともとヒルダは15歳まで伯爵令嬢として何一つ苦労することなく生きてきた。なのでその様な事実を知らないの無理も無かった。
「それで…。俺から一つ提案があるんだが…聞いてくれるか?」
ノワールは真剣な表情でヒルダを見つめた―。




