第7章 7 ライト文芸社
ライト文芸社は駅前にあった。二人は辻馬車を拾うとエドガーは早速ヒルダを抱えあげて馬車に乗り込んだ。
「エドガー様…もう、そこまでして頂かなくても大丈夫ですから…」
ヒルダは座席に座ると向かい側の席のエドガーに言う。
「いいんだよ、俺がそうしたいだけなのだから…。それに寒い季節は足に負担がかかるだろう?それなのに、俺の我儘でヒルダを連れ出してしまい…本当に申し訳ないと思っているんだ」
言いながらエドガーは頭を下げてくる。
「そんな事気にされないで下さい。足のリハビリの為には出歩くことも必要なのですから」
ヒルダは慌てたように言い、話題を変えた。
「ところでこれから何処へ向かうのですか?」
「ああ、実は兄に頼まれて『ライト文芸社』に顔を出さなくてはならないんだ。執筆中のおおまかなストーリーを記したノートを担当者のアシスタントに渡してくるように言われているんだ」
その話にヒルダの目が輝いた。
「まぁ…『ライト文芸社』ですか?私、あそこの出版社で制作された絵本が好きなんです」
「へぇ…そうだったのか?そう言えばヒルダの将来の夢は絵本作家になることだったな?」
「はい、そうなんです。子どもたちに夢を与えてあげられる絵本作家になりたいんです。今も色々書き溜めているのですが…いつか私の絵本を出版出来たら…」
ヒルダが嬉しそうに自分の夢を語る姿をエドガーは愛しげにじっと見つめている。その視線に気付いたヒルダは頬を赤らめた。
「あ、あの…すみません。こんな夢物語を語ってしまって…」
「俺は夢物語だと思わないけどな?色々書いて…出版社に持ち込みするのもいいと思う。そうだ、まずは『ライト文芸社』に掛け合って持ち込みしてみたらどうだ?」
エドガーの提案はヒルダにとってまたとない話だった―。
馬車が『ライト文芸社』の前で停車した。エドガーはヒルダを抱きかかえて馬車を降りると銅貨5枚を支払い、ヒルダに言った。
「ヒルダ。行こう」
「はい」
そして二人は『ライト文芸社』の中へと入っていった。
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「え?エドガーさんがいらしたのですか?!」
ノワールを担当している編集者のアシスタントをつとめているリゼがメッセンジャーボーイからエドガー来訪の知らせを受けた。
「はい、アイデアのつまった執筆ノートを届けに来て下さいました。エドガーさんはその場で渡して帰られようとしていたのですが…」
「何言ってるの?エドガーさんがやってきたら必ず私に連絡するようにって言ってあるでしょう?」
リゼは椅子から立ち上がると言った。
「はい、なのでお引き止めしていますよ。打ち合わせ室へお通ししました」
「でかしたわ、ボブ。すぐに行くわ!」
エドガーの事を好きなリゼは以前からメッセンジャーボーイに次にエドガーがやって来る場合は打ち合わせ室へ案内するように言っていたのだ。本来であれば新人がその様な指示を下すこと等出来ないのだが、彼女だけは別だった。なぜならリゼはこの出版社の創設者の孫だったからである。リゼは自分の立場を隠すことなく、ひけらかしていたので他の社員たちからは疎まれていたのである。
リゼは周囲の社員たちの目も気にすること無く、慌ただしく打ち合わせ室へ向かった…。
一方その頃―
ヒルダとエドガーは打ち合わせ室の椅子に座ってリゼが来るのを待っていた。
「あの…いつもこの様に部屋に通されたりするのですか…?」
ヒルダは落ち着かない様子でエドガーに尋ねたその時、ノックの音が部屋に響き渡った―。




