第6章 19 ヒルダの思い出話
汽車の中ではエドガーとノワールが今後の事について話していた。ヒルダは2人の会話には混ざらず、1人車窓を眺めていた。田舎だった町並みはどんどん都会の景色に移り変わってゆく。その時、ヒルダの目に大きな工場が目に入った。
「『ボルト』の町だわ…」
思わずヒルダはポツリと呟いた。『ボルト』…この町はヒルダにとって、ある意味忘れられない場所となっていた。
ルドルフと2人きりで訪れた初めての場所…キスをしたのも、恋人として深く結ばれたのもここ、『ボルト』だった。そして過酷な労働環境で働かされて、飢えていたコリン。肺結核に侵され、余命いくばも無かったノラ…。ルドルフと2人でノラを大きな病院に転院させたものの、結局ノラは死んでしまった…。感慨深げに『ボルト』の町並みを見つめていると、エドガーが声を掛けて来た。
「ヒルダ、『ボルト』の町がどうかしたのか?」
「あの…それは…」
ヒルダは話をするべきかどうか迷った。
(お兄様は…私の事を好いてくれている。けれど私はお兄様を苦しめる元凶を作ってしまった人間。気持ちを受け入れる事なんて出来ないわ…)
ヒルダは思った。エドガーが自分に思いを寄せる気持ちを断ち切ってあげるべきなのだと。そこでヒルダは正直に話す事にした。
「この町は…以前ルドルフと2人で訪れた事がある場所なんです」
「え?」
エドガーの顔色が変わる。
「…」
ノワールは黙ってヒルダの話を聞いていた。
「実は、ここには…グレースさんの友人だったコリンさんとノラさんという人がこの町の工場で働いていたんです。私とルドルフは2人に会う為に『ボルト』に来ました」
「この町の工場で…」
エドガーは窓からボルトの町並みを見た。空は吐きだされる煙で薄汚れている。
「この工業地帯はまだ成人年齢にも達しない少年少女を劣悪な環境で働かせていると聞いている。その為に命を落とす人達も多いらしい。…こんなところは人が住むような場所じゃない。家畜の様にこき使われて…悲惨な死を遂げるだけだ」
ノワールは静かに言った。
「確かにそんな話は聞いたことがあります。『カウベリー』の若者たちも毎年数人はこの町に出稼ぎに来ているようです。だが、それ程数は多くない…それなのに、よりによってグレースの友人たちが…?」
エドガーはヒルダを見た。
「はい、ルドルフは言っていました。もしかすると、教会が焼失した事件で…ノラさん一家もコリンさん一家も『カウベリー』に住んでいられなくなったかもしれないって。だから『ボルト』の町へ移り住んだのかも知れないと話していました」
「そうか。それで2人の様子はどうだったのだ?」
ノワールが尋ねて来た。
「はい。コリンさんは会いに行ったときは…酷い環境で働かされていましたが、今はオルゴール職人として働いています。一方、ノラさんの方は…肺結核に侵され、満足に治療も受けられない施設に入れられていました。そこでルドルフが大きな病院へ移したのですが…もう亡くなってしまったそうです…」
「「…」」
エドガーとノワールは神妙な面持ちでヒルダの話聞いていたが、やがてノワールが尋ねた。
「『ボルト』の町は『ロータス』から中々遠い。日帰りだったのか?」
「いえ、ルドルフと2人で…宿泊しました…」
ヒルダが俯いて話をする様子にエドガーは気付いてしまった。
(間違いない。きっと…その時、2人は…)
エドガーは暗い気持ちでヒルダを見つめた―。




