第4章 15 美術館にて
「この絵…とても素敵ですね」
ヒルダとエドガーは美術館に来ていた。そしてヒルダはある1枚の油絵の前で足を止めて、じっと見つめると口を開いた。その絵は小高い緑の丘にある可愛らしい1軒屋が描かれたイラストだった。この風景は…まさにヒルダの理想そのものであった。
まだルドルフがこの世に生きていた頃…2人が恋人同士だった時、ヒルダはずっと思い描いていた。小さくても構わない、自然に囲まれた1軒屋でルドルフと幸せな結婚生活を送りたい…と。しかし結局それは儚い夢で終わってしまった。
「ヒルダはこの絵が余程気に入ったんだな。ひょっとすると・・・将来はこんな家に住んでみたいとか思ったんじゃないのか?」
隣に立っていたエドガーがヒルダに尋ねた。
「え…?どうしてその事を…?」
エドガーの言葉にヒルダは驚いて振り向いた。するとエドガーは笑みを浮かべながら言った。
「それは分るさ。ヒルダの事はね」
その声は…どこか少し寂し気で、ヒルダはエドガーの事が気になってしまった。
「お兄様は…今、幸せですか?」
「幸せさ。ヒルダと今こうして2人で美術館へ来られたからね」
だが、それはヒルダが聞きたい言葉では無い。
「い、いえ。そうでは無く…今の生活が幸せかどうか尋ねたくて」
すると真剣な顔でエドガーはヒルダに向き直った。
「どうして…そんな質問を?」
「それは…何となくお兄様が寂しげに見えたからです」
その言葉にエドガーは自分が今置かれている状況を何もかもヒルダにぶちまけてしまいたくなった。実の家族にも伝えていない話を…。
「ヒルダ…今からする話…ノワール兄さんには言わないと誓ってくれるか?」
「ええ。お兄様がそれを望むなら…絶対にはノワール様に話しません」
「そうか…。実は妻とは現在別居中なんだ。今俺はフィールズ家の離れで1人で暮らしているんだ」
「え…?」
予想もしていない言葉にヒルダは驚き、エドガーを見つめた。
「な、何故…ですか?」
「…」
しかし、エドガーはそこから先を伝える事が出来ない。まさか夫婦生活の営みが無いから、泣きだされて実家に帰ってしまったとは、とてもではないがヒルダの前で話せなかった。ヒルダはエドガーが口を閉ざしてしまった為、自分が失言してしまったことに気付いた。
(そうだわ…。お兄様とエレノア様の話に私が口を出すわけにはいかないわ…)
「ごめんなさい、お兄様。今の話はどうか忘れて下さい」
「ヒルダ…」
「夫婦間の話に私が口を出すわけにはいきませんから。でも…まさか別居しているとは思いませんでした」
「ああ、そうなんだ…とてもハミルトン家には言えなくて…まさか妻が出て行って今は離れに1人で暮らしているなんてね」
口ではそう言いながらも、しかしエドガーは密かに心の中で祈っていた。どうかこのまま出て行ったままで離婚が成立してもらえないかと。こうしてヒルダに会ってしまえば再びヒルダへの思いが募ってしまう。
(どうせ報われない思いなら…いっそ再会するべきでは無かったのかも…)
そしてエドガーは美しい義理の妹の横顔をそっと見つめ、心の中で溜息をつくのだった―。




