第4章 5 プレゼントの中身は
ヒルダとノワールは今、ボックス席に向かい合わせで座っていた。
「…」
ノワールはヒルダの事を完全無視し、持参してきた本を読んでいる。一方のヒルダは困っていた。
(どうしよう…ノワール様の家族の事殆ど何も知らないのに…いきなり会わせられるなんて…しかもハミルトン家の方々は全員フィールズ家の事を嫌っているのよね‥?)
そんな場所へ連れて行かれるのは、ヒルダにとっては恐怖でしかなかった。恐らく冷たい目で見られ、罵られるかもしれない。帰りたくても帰らせてくれない可能性だってある。
(でも仕方ないわね…フィールズ家はお兄様に酷い事をしてしまったのだから。お兄様の犠牲の上に今の私がいるのだから…)
ただ、ヒルダにとって唯一の救いはエドガーが来る事であった。エドガーに会えるのはまたとないチャンスだった。決して許される事ではないが、会って…受け入れてはもらえないだろうが、謝罪の言葉を述べたかった。
「ヒルダ」
黙って窓の外を眺めていると、不意に向かい側に座るノワールが声を掛けて来た。
「は、はい」
慌ててノワールの方を向き直り、ドキリとした。ノワールは妖艶な笑みを浮かべながらヒルダを見ていたからだ。それは…とても美しい姿だった。
「な、何でしょうか?」
まさかノワールが自分を見つめていたことに気付いていなかったヒルダはドキドキしながら尋ねた。
「緊張してるのか?」
緊張…そんなのは当然の事だった。何しろヒルダにとっては敵地へ赴くようなものだったから。だが、その言葉を口にする事はためらわれた。
「い、いえ…大丈夫です…」
「嘘をつくな。身体が震えてるじゃないか」
「え?」
ノワールに指摘されて、ヒルダは自分が小刻みに震えていることに気が付いた。そこで、ヒルダはその事を誤魔化す為に言った。
「あの、実はノワール様のお母様にお誕生日プレゼントを用意させて頂きました」
「何?誕生プレゼントだって?」
ノワールが意外そうな表情を浮かべてヒルダを見る。
「はい。どんなものがお好みなのか分らなかったので、紅茶とハーブティー、それにドライフルーツとナッツをギフト用にラッピングしました」
「…見せてみろよ」
ノワールはヒルダに手を差し出した。
「は、はい」
ヒルダは持っていたボストンバッグから淡いピンク色の包装紙でくるまれたプレゼントを取り出した。包装紙の上からはさらに薄い黄色のリボンが掛けられている。
「自分で…やったのか?」
ノワールは手にしたプレゼントを見ながら尋ねた。
「はい、買ったお店は何所も違うので自分でラッピングしました」
「…そうか。ありがとう。きっと母が喜ぶよ」
「え?」
始めてノワールから優しい言葉を掛けられて、ヒルダは思わずノワールの顔を見つめた。
「返すよ。ちゃんとしまっておけ」
ノワールはヒルダの視線を意に介する事も無く渡して来た。
「はい」
素直に返事をするとヒルダは大事そうにボストンバッグにプレゼントをしまった。その様子をじっと見つめていたノワールが言った。
「そろそろ『エボニー』へ到着する。降りる準備をしておけよ」
「は、はい」
ヒルダに緊張が走る。
(いよいよ…『エボニー』へ着くのね…。何を言われても頭を下げて赦しを請わないと…)
ヒルダは覚悟を決めた―。




