第3章 14 本のある教室
ヒルダが振り返ると、腕を組んで扉によりかかりじっと自分を見つめているノワールの姿がそこにあった。
「何処へ行こうとしているんだ?このゼミに何か用があってやってきたんじゃないのか?」
「ええ、そうよ。私とヒルダはこのゼミに入りたくて訪ねてきたのよ」
ドロシーの言葉にノワールはぶっきらぼうに言った。
「俺は君に尋ねていない。ヒルダに尋ねているんだ。余計な口出しはしないでくれないか?」
「な、何ですって…!随分失礼な人ね!」
ドロシーは憤慨したが、ノワールは彼女を無視して立ち去ろうとしていたヒルダに尚も尋ねる。
「ヒルダ、何故帰ろうとした?君はこのゼミに入りたいんだろう?」
「え、ええ…そうなのですが…」
「だったら教室の中で入って、待っていればいいじゃないか。今教授は不在だが、じきにやって来るはずだ。それに教室の中は俺しかいないし」
そう言って、ノワールは部屋に入ろうとした。
「あ、あの!」
ヒルダは大きな声でノワールを呼び止めた。
「何だよ?」
面倒臭そうに振り向くノワール。
「入っても…いいんですか?」
「…好きにすればいいだろう?」
そう言うと、ノワールはさっさと中へ入ってしまった。そこへドロシーが素早くヒルダに近付くと耳打ちしてきた。
「ねぇ、どうする?あの男…どうやらここのゼミの学生みたいよ。すごく感じ悪い男だと思わない?」
その言葉にヒルダはうつむくと言った。
「いいえ…そうじゃないのよ。ノワール様は…私のことを嫌っているから…」
「え?そうなの?」
その言葉に黙って頷く。
「ひょっとしてやっぱりヒルダはあのノワールって男と以前から知り合いだったの?」
「知り合いではないわ…昨日大学で初めて会ったばかりの人だもの」
「だったらどういう関係なの?」
「それは…」
そこまでヒルダが言いかけた時、ノワールが教室から顔をのぞかせると言った。
「何やってるんだ?入るのか?入らないのか?」
「どうする?ヒルダ」
ドロシーが耳打ちしてきた。
「…入るわ。だって…私はこのゼミに興味があるから」
「そうよね。私も同じよ。それじゃ行きましょう」
2人は頷くと、ノワールのいる教室の中へと入った。
部屋の中は窓から入る日差しで明るく照らされていた。左右の壁には天井まで続く本棚があった。棚の中にはびっしりと本が並べられている。中央には大きな長方形の木製テーブルが置かれ、同じく木製の丸椅子が置かれている。
ノワールは窓際に椅子を寄せ、コーヒーを飲みながら読書をしていた。
…それはまるで1枚の絵画にでもなりそうな美しい光景に見えた。
「…あの男、悔しいけどハンサムよね」
再びドロシーは耳打ちしてきた。
「え、ええ。そうね」
ヒルダは返事をしたが、気が気では無かった。
(どうしよう…ノワール様に言われてつい中へ入ってしまったけど、私はあの方に嫌われている。それなのに図々しく入ってしまって…)
その時―
「ええっ!す、すごい!私の読みたかった本がこんな所に!」
突然ドロシーの大きな声が背後で聞こえた。
「え?」
振り向くとドロシーが本棚から本を抜き取り、パラパラとめくっている。するとその様子をちらりと見たノワールが言った。
「手にとって見るのは自由だけど、ちゃんと元の位置に戻しておいてくれよ」
「当たり前でしょ」
ドロシーはそれだけ言うと、丸椅子に座ると夢中になって本を読み始めた。
(ドロシー…)
ドロシーの姿を見ていたヒルダにノワールが声を掛けてきた。
「ヒルダは読まないのか?…この教室にある本は閲覧自由だ」
「あ、で・では私も読ませていただきます」
そしてヒルダは本棚をじっくり見つめ…。
「あ…これは…」
1冊の本を手に取った―。




