第1章 9 近況報告
「ヒルダ、昨夜は卒業パーティーだったんだろう?楽しかったか?」
馬車が走り出すとエドガーは早速ヒルダに質問してきた。
「はい、楽しかったです。お料理も美味しかったですし」
「ダンスパーティーだったんだろう?友人と行ったのか?」
エドガーは興味津々だった。だが、次のヒルダの言葉に激しく動揺した。
「いいえ、ダンスパーティーにはアレン先生がパートナーとして一緒に参加してくれました。初めてでしたけど、一緒にダンスも踊りましたし、帰りは2人で港で海を眺めてからアパートメントまで送って頂きました」
その声はどこか楽しげに聞こえた。
「そ、そうだったのか。アレン先生には感謝だな。だがパーティーを楽しめたようで良かったじゃないか」
そんなエドガーの様子をカミラはじっと聞いていた。カミラは薄々気付いていたのだ。エドガーのヒルダへの恋心に。そしてハリスに頼まれていた。なるべくエドガーとヒルダを2人きりにさせないようにと。
「ところでエドガー様。アンナ様はお元気ですか?」
カミラはアンナの事を尋ねた。
「そう言えば、お兄様はアンナ様との結婚が延期になりましたよね?」
ヒルダも思い出したかのように言う。
「ああ、そうなんだ。まさかあの日、突然に外国に留学したいから結婚を先延ばしにして欲しいと申し入れがあるとは思わなかった」
エドガーとアンナは結婚が延期されていたのだ。婚約発表を行った翌日にアンナが突然外国へ留学したいから結婚を延期させて欲しいと願い出てきたのだ。勿論その話に両家の親たちは猛反対したが、頑としてアンナは受け入れなかった。そして反対を押し切る形で半ば強引にアンナは遠縁の少年、ジャンと一緒に海外留学をしてしまったのだった。
「どうして突然海外留学したいのかいくら理由を聞いても明確な返事をしなかったんだ。全く…どういう事なのかさっぱり分からない」
エドガーは首をひねった。
アンナが海外留学を決意した理由…それはエドガーから自分という婚約者から開放してあげる為だと言う事にエドガーは全く気付いていなかった。アンナはエドガーが愛する女性がヒルダだという事を知ってしまった。その為、自分がいなくなればいずれ縁談の話も無くなり、エドガーはヒルダと結ばれるのでは無いかと思ったのだ。
全てはエドガーの幸せを祈ってのことであった。
「そうですか…お兄様も理由をご存じないのですね。でもお手紙のやり取りはされているのでしょう?」
ヒルダは尋ねた。
「ああ。高校生活を充実して過ごしていると手紙には書かれているよ。ただ、俺達の今後の話については一切触れてこないけどな」
「そうなのですね?でも高校生活を楽しまれているようなら何よりです」
「ああ、彼女は元気にやっているよ」
そしてその後もエドガーとヒルダは互いの生活の事を屋敷に付くまでの間、報告しあった―。
****
「お帰りなさい、ヒルダ」
屋敷に到着し、エントランスまで出迎えたのはマーガレットと使用人達だった。
「ただいま帰りました。お母様」
マーガレットはすっかり元気になり、もはや車椅子は不要な生活に戻っていた。母娘はしっかり抱き合った。
「お父様はお仕事ですか?」
ヒルダはハリスの姿が見えないので尋ねた。
「ええ、そうなの。でも夜には帰るわ。カミラ、貴女もご苦労さま」
マーガレットは後ろに控えているカミラに声を掛けた。
「いいえ、奥様、とんでもございません」
カミラは深々と頭を下げた。
「さ、ヒルダ。荷物は部屋に運んでおくからリビングにいらっしゃい」
しかし、ヒルダは首を振った。
「いいえ、お母様。自分で部屋まで荷物を運んできますから大丈夫です。部屋に置いたらすぐにリビングへ行きますので」
「そうなの?分かったわ」
ヒルダは頭を下げると、カミラと連れ立って部屋へと向かった。その後姿を見つめながらマーガレットは隣に立つエドガーに言った。
「一体、ヒルダはどうしてしまったのかしら…?」
「はい、ヒルダはこれからは出来るだけ人の助けは借りないように生きてこうと決めたと話していました」
「そうなのね…」
ヒルダの後ろ姿をマーガレットとエドガーは複雑な気持ちで見つめた―。




