第5章 11 それぞれのクリスマス 7
「おい！お前…一体どういうつもりだ？！何故あんな事を言った！」
エドガーはニールの襟首を掴んで締め上げていた。
「あ、あんな事とは一体…？」
ニールにしてみれば、ほんの軽口のつもりで言っただけであって、その言葉がどれ程ヒルダの心を傷つけたか…ヒルダを愛してやまないエドガーの怒りをどれ程買ったのかなど知りもしなかった。
「とぼけるつもりかっ！ヒルダは人を狂わせると言っただろう？！まさか忘れたとは言わせないぞ！」
エドガーは憎しみを込めた目でニールを睨みつけ、ますます襟首を締め上げていた。
「あ…！」
その時になってニールはほんの軽口で言った言葉がエドガーの耳に聞こえていたことを知った。そしてその言葉がどれ程エドガーの逆鱗に触れたのかを悟ったのだった。
「可愛そうなヒルダは…お前のその言葉に酷く傷つき、折角クリスマス礼拝に参加したのに…怯えて…様子がおかしくなって帰ってしまったんだぞっ？！お前は恐らくその事にも気付いていなかったんだろうなっ？！」
「ヒッ・・・・！」
ニールの目に怯えが走った。
「…」
エドガーはニールを視線だけで射殺せそうな形相で睨み付けている。そして自分でも驚くくらい感情が高ぶっているのを感じていた。エドガーは自分の事を冷静沈着な男だとずっと思っていた。あまり裕福では無い子爵家の3男として生まれ、フィールズ家に行った時に初めて出会ったヒルダ。まるで人形の様に可愛いヒルダにエドガーは一瞬で恋をしてしまった。そして時が流れ成長したヒルダは絶世の美少女になっていた。エドガーはますます募る恋心を押さえて今日まで過ごして来た。どうせ叶わない恋ならせめて傍で守ってやりたいと思っていた。そのヒルダを傷つける男が今、目の前にいるのだ。
「お前のせいでヒルダが…！」
「ヒイッ！！」
思わずエドガーがニールを殴りつけそうになった時―。
「待って下さい！エドガー様！」
小さな身体が背後から思いきり抱き着いて来た。驚いて振り向いたそこには目に涙を浮かべて震えながらエドガーを見上げているアンナの姿があった。
「ア、アンナ嬢…？」
エドガーは思わずニールを離した。
「ヒッ！」
ドサッ！
ニールは恐怖で腰が抜けてしまったのか、降り積もった雪の上に尻餅をついてしまった。
「お願いです、エドガー様！どうか乱暴な事はしないで下さいっ！いつもの優しいエドガー様に戻って下さい！」
「アンナ嬢…」
目に涙をためて震えながら、それでも必死でエドガーを止めようとしているアンナはとても健気だった。
（俺は…怒りに任せて何て真似を…）
「すまなかった…アンナ嬢」
エドガーはアンナの頭に手を置くとそっと撫でた。そして足元に座り込み、無様な恰好をしているニールに怒りを込めて言った。
「お前…確かニールとか言ったな？今後フィールズ家の…ヒルダの悪口を言おうものならこの土地から追い出すからなっ？！分ったか！」
「は、はい！わ・・・分りましたっ！」
ニールは震えながらも何とか返事をした。その言葉を聞いたエドガーは改めてアンナを見つめると言った。
「アンナ嬢。本当に今夜は悪いことをしてしまったね。それじゃ君の邸宅へ行こうか？」
エドガーはアンナに手を差し伸べた。
「は、はい。エドガー様」
アンナはエドガーの手に自分の手を添えると大きな手でぎゅっと握りしめられた。
（エドガー様…！）
アンナは頬を染めてエドガーを見た。だがしかし、エドガーはアンナを見る事も無く、ただ前を向いて馬車に向って松明に照らされた教会の敷地を歩いている。
その横顔を見てアンナは思った。
（知らなかった…エドガー様とヒルダ様は実の兄妹では無かったなんて…でも先程のエドガー様の怒りよう…。まさか…エドガー様は…？ヒルダ様の事を…？）
アンナは…暗い考えにとらわれるのだった―。
