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第4章 30 母と娘の涙

 ヒルダを抱きかかえたまま、エドガーはマーガレットの寝室を目指した。ヒルダは一言も話さず、憔悴しきった様子でエドガーの胸に頭を押し付けてぐったりしている。


(可愛そうに…ヒルダ。ただでさえ痩せていたのに、こんなにやつれてしまって…。何とか元気づけてやりたいが、所詮俺ではルドルフを失ったヒルダの心の隙間を埋めてやる事は出来ないのだろうな…)


やがて、エドガーはマーガレットの部屋の前に辿り着くと声を掛けた。


「ヒルダ。母の部屋の前に着いた。立てるか?」


「はい…お兄様…」


ヒルダは小さく頷く。

そこでエドガーはヒルダを下ろすと、言った。


「お前が1人で母に会いに行ってこい。帰りは…」


するとヒルダは言った。


「大丈夫です。お兄様…帰りは1人で部屋に戻れます。ここまで連れてきて下さってありがとうございます」


ヒルダは涙交じりの声でエドガーに頭を下げた。


「ヒルダ…。俺は…」


エドガーは震える手でヒルダの頭に手を置いた。


「お兄様…?」


ヒルダはエドガーを見つめた。ヒルダの青く、涙に濡れた大きな目には自分の姿がはっきり映し出されている。どんなに泣き崩れても‥ヒルダはやはり美しかった。

思わず強く抱きしめたくなる衝動を抑えるとエドガーは言った。


「俺は、お前の兄だから当然さ。母が待ってる。行っておいで」


「はい。お兄様」


そしてヒルダは扉の方を振り向くとノックした。


コンコン


そしてカチャリと扉を開けて、部屋の中へと入って行く。


「…」


その後ろ姿をエドガーは黙って見つめるのだった―。



****


キイ~…


ヒルダは扉を開けて母であるマーガレットの部屋へと入ってきた。


「ヒルダ。お帰りなさい。私の可愛い娘…」


すると赤々と燃える暖炉の前に、揺り椅子に座ったマーガレットが声をかけた。

なにか編み物でもしていたのだろうか?彼女の膝上には編かけの毛糸が乗っている。


「お母様…!」


途端にヒルダの両目から涙が溢れた。ヒルダは足を引きずりながら母の元へ行くと、母に抱き着き、激しく嗚咽した。


「お母様…!ルドルフが…ルドルフが死んでしまったの…!わ、私の事愛してるって…言ってくれたのに…こ、高校を卒業したら…け、結婚を申し込まれていたのに…私これから…どうやって生きていけばいいか…も、もう分らないの…すごく辛くて…息も出来ない位…胸が苦しいの…このままいっそ死んでしまいたい‥!」


「ヒルダ…可愛そうに…。貴女がどれだけルドルフを深く愛していたか知っているわ。ヒルダ…でも死んでしまいたいなんてそんな悲しい事言わないで?」


母の悲し気な声にヒルダは顔を上げ、ハッとなった。マーガレットも涙をボロボロこぼしていたのだ。


「ヒルダ…私はね、貴女と引き離されて…生きる希望を失って病気になってしまったの。だけど…ルドルフ達の計らいでもう一度貴女に会えて、生きる希望を見いだせて…こんなに元気になれたのよ?だからお願い。私の為にも死んでしまいたいなんて言葉は言わないで?ルドルフは貴女の死を絶対に望んでいないはずよ?貴女にもしもの事があったら…私も生きてはいけないわ…」


マーガレットはヒルダの頬を両手で挟みながら、涙ながらに訴えた。


「お、お母…様…」


ヒルダはボロボロ泣きながら母を見つめ…再び母に抱き着いた。


そして母と娘はいつまでもいつまでも…2人、しっかり抱き合ったまま互いに涙を流しあうのだった―。

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