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第11章 5 ヒルダの帰郷 5

 カチャリ・・・


 ヒルダはゆっくりドアを開けた。そこは広々とした部屋だった。大きな2枚の窓ガラスにはレースのカーテンが閉められ、外の淡い光が差しこんでいる。暖炉の火は赤々と燃え、優しい温かさに包まれている。家具の類は殆どなく、大きなベッドが窓際に寄せられ、部屋のあちこちには温室で育てられた薔薇が花瓶に飾られている。

まさに・・そこは病室の様にヒルダには思えた。


 ヒルダは緊張する面持ちで、コツコツと左足を引きずるようにベッドに近付いていく。すると・・・。


「貴女が・・・エドガーの話していたお客様なのね?」


ベッドの上から弱々しい声が聞こえてきた。その声は今にも消え入りそうなか細い声ではあったが、紛れも無い・・・。


「お・・・お母様・・・。」


ヒルダは声を震わせた。


「え・・・?」


ベッドの上で、マーガレットのハッとする気配をヒルダは感じた。


「ま・・・まさか・・その声は・・ヒルダなの・・・?」


病人のマーガレットはゆっくと身体を動かし、ヒルダの方を向いた。

そこには眼鏡をかけ、栗毛色の髪の少女が立っていた。目が弱っていたマーガレットは一瞬誰なのか分らなかったが・・・。


「ま・・・まさか・・・ヒ・ヒルダなの・・・?」


マーガレットは恐る恐る声を掛けた。


「はい・・・お母様・・・。私です・・ヒルダです・・・。」


ヒルダは声を震わせながら返事をする。


「ヒ・・ヒルダ・・・ッ」


マーガレットは一体何所にそんな気力があったのか、身体をベッドから起こして、両手を広げた。


「お母様!」


ヒルダは不自由な足を引きずるように駆け寄ると、母娘はしっかりと抱き合った。


「ヒルダ・・・ヒルダ・・私の可愛いヒルダ・・・どんなにか・・貴女に会いたかった事か・・・。」


マーガレットは愛しい我が娘を抱きしめ、ハラハラと涙を流した。


「お母様・・ごめんなさい・・。私のせいで病気にさせてしまって・・親不孝な娘で本当にごめんなさい・・。」


一方のヒルダも堰を切ったように涙があふれ・・・一度流した涙はとどまることを知らなかった。2年前・・・『カウベリー』から追い出されるように出て行った時・・ヒルダは泣いて泣いて涙も感情も枯れ果ててしまったはずだったのに、今再び愛する母に再会した事で、涙が戻ってきたのだ。

母と娘はいつまで抱き合って涙を流し続けた―。



それから約30分後―


ガチャリ・・・


扉が開けられ、ヒルダが母マーガレットの病室から出てきた。部屋のドアの前で椅子に座りながら待っていたエドガーは立ち上がった。


「ヒ・・・い、いや・・ライラック・・。どうだったかい・・。母と話が出来たかい?」


そしてヒルダの顔を覗き込み・・ハッとなった。ヒルダの目が真っ赤になっていたのだ。


「まさか・・部屋で泣いてきたのか・・・?」


エドガーは声を震わせて尋ねた。


「はい・・。」


ヒルダは小さく頷く。


(ヒルダが泣いた・・。)


その事実はエドガーの心を大きく揺さぶった。カミラから聞かされていた話では、ヒルダは『カウベリー』で壮絶な体験をしたせいで毎日毎日涙に明け暮れ・・とうとう涙が枯れ果ててしまったと聞いていた。それなのにヒルダは泣いた・・いや、泣くことが出来たのだ。


(ヒルダは涙を取り戻すことが出来たんだ・・・。)


その事実はエドガーの心を大きく揺すぶった。


「そ、そうか・・それで母の様子は・・。」


その時・・。


「エドガー。」


部屋の奥からマーガレットの声が聞こえた。


「はい。」


エドガーは部屋の中を覗き込み・・目を見開いた。そこには身体を起こし、こちらを見つめているマーガレットの姿があったのだ。


「え・・?は、母上・・?」


エドガーは目の前の光景が信じられずに目をこすった。


「エドガー。話があるの。こちらへ来て頂戴。ヒルダ・・貴女もこちらへいらっしゃい。」


「はい、お母さま。お兄様・・・行きましょう?」


ヒルダはエドガーを見上げると言った。


「あ、ああ・・。」


エドガーは戸惑いながらもヒルダと共にマーガレットの近くまで歩いてきた。するとマーガレットは口を開いた。


「ありがとう、エドガー。ヒルダに会わせてくれて。貴方には・・本当に感謝しているわ。」


そして弱々しいながらも笑みを浮かべてエドガーを見た―。






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