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第9章 1 ルドルフの帰郷 1

 朝10時半―


 『ロータス』駅から始発の汽車に乗り、雪深い『カウベリー』のホームにルドルフは白い息を吐きながら降り立った。

  どこか物寂しいこの駅はロータスに比べると規模は10分の1にも満たない小さな駅である。

1日に走る汽車は10回も無い。ホームで汽車を待つ人影も無く、雪化粧された周囲の光景はとても寒々しく見えた。粉雪混じりの時折吹き付けてくる冬の冷たい風は、容赦なくルドルフの頬に吹き付け、彼の身体を芯から凍えさせる。


「寒いな・・・。」


ルドルフは防寒用コートの襟を立てて、改札へ向かう為にホームを歩いていると帽子をかぶった男性清掃員が長いトングを持ってごみ拾いをしている姿が目に入った。


「え・・・・?」


ルドルフは清掃員を見て足を止めた。その横顔に見覚えがあったからだ。すると清掃員の方もルドルフの視線に気づいたのか、顔を上げた。


「君は・・・。」


ルドルフは白い息を吐きながら清掃員を見た。


「ル、ルドルフ・・・。」


大きく目を見開いて向かい側に立つ彼は・・・・かつての親友、イワンであった―。




「イワンは・・この駅で働いていたのかい?」


駅舎のベンチに座ったルドルフは少し距離を開けて隣に座るイワンに尋ねた。


「あ、う・うん・・・。こ、この駅で・・・掃除の仕事を・・・しているんだ。」


イワンは帽子を目深に被り、ルドルフの視線から自分を隠すように俯きながら口を開く。ルドルフとイワン・・・。2人がこうして話をするのは実に2年ぶりの事であった。2人が疎遠になってしまったきっかけは、やはりルドルフがフィールズ家から男爵家の爵位を貰ってからだった。


「・・他の皆はどうしてるんだい?イワンや・・ノラ・・。そして・・。」


ルドルフはそこで口を閉ざした。グレースの名前は口にしたくは無かったからだ。


「グ、グレースなら・・・まだ自分の屋敷にいるよ・・・。か、顔の火傷のせいで縁談が破談に・・なったらしい・・から・・・。」


あまり頭の良くないイワンは前よりもさらに言葉を話すのが苦手になっていた。そのきっかけになったのは・・全てグレースが引き起こしたヒルダの悲劇的な事件の後の事である。


「グレースに縁談の話が出ていたのは噂で聞いていたよ。縁談の話があった事もね・・。そうか・・でも顔に火傷を負ったのが原因で破談になった事は知らなかったよ。それは気の毒な話だね・・。」


ルドルフはポツリと言った。


「・・・。」


そんなルドルフの話をイワンは震えながら聞いていた。ルドルフは何も知らない。ヒルダが落馬事故で左足に大怪我を負ったのも・・・『カウベリー』の領民たちから嫌われ、激怒した父親からは縁を切られ、この地を追われなくてはならなくなった全ての元凶が・・・グレースだと言う事を。もしこの事実をルドルフが知ったら、きっとルドルフは怒り猛り・・・グレースはただでは済まないだろう。そしてその一連の事件に自分たちも不本意ながら関わってきてしまったのだ。しかもそれだけではない。いくらグレースにそそのかされてしまったとはいえ、ヒルダの落馬事故の原因を作ってしまったのは・・・蜂の巣を叩き落とした自分が原因なのだから。


(ど、どうしよう・・・。ルドルフは中学校を卒業した後は外国へ行くって話を聞いていたから安心していたのに・・まさか帰ってくるなんて・・・。)


イワンは激しく後悔していた。イワンは頭の良くない少年である。なので中学卒業後は農家の畑の下働きをする予定だった。しかし、運よく駅員の清掃員の仕事で欠員が出たのでイワンは仕事に就くことが出来たのだ。清掃員の仕事はとても楽だった。何故なら電車の本数は少ないし、利用客もほとんどいない。なのでイワンでも勤める事が出来ていたのだ。なのに・・・。イワンは一番会いたくない・・・会ってはいけない人物に再会してしまった。


(どうしよう。ヒルダの事を聞かれたら・・。今すぐ逃げたいよ・・・。)


イワンは青ざめた顔でガタガタと震えている。そんな様子のイワンをルドルフはいぶかし気に見ると尋ねた。


「どうしたんだい?イワン。何だか顔色が悪いようだけど・・?」


「い、いやっ!な・・・何でも・・ないよっ!」


「そうかい?それでさっきの話の続きだけど・・コリンとノラは・・。」


「知らないっ!」


突如イワンはルドルフの言葉を押さえるかのように声を荒げた。


「し、知らないよ!あ、あの2人の事なんて!も、もう・・いいだろうっ?!か、勘弁してくれよっ!」


「え?どうしたんだい?イワン。」


ルドルフには何故突然イワンが怯え始めたのか理解できなかった。


「・・・。」


震えていたイワンはベンチから立ち上がると逃げるように走り去って行ってしまった。


「イワン・・?」


ルドルフにはイワンが何故走り去って行ったのか理解することが出来なかった―。






 

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