第5章 4 ヒルダの夏休み ②
夕方4時―
ヒルダのアルバイトの終了時間がやってきた。ちょうど患者が全てはけた時間帯だったヒルダはエプロンを外し、カバンにしまうと診察室へいるアレンに声を掛けた。
「アレン先生、それでは4時になったので帰らせて頂きますね。」
患者のカルテを見直していたアレンは顔を上げると言った。
「ああ、もうそんな時間だったのか?お疲れ様。ヒルダ。」
「はい、それではまた明後日よろしくお願いします。」
ヒルダは頭を下げて、帰りかけた時に診察室奥にある処置室のカーテンがシャッと開けられ、看護師のレイチェルが現れた。
「ああ、ヒルダ。良かったわ、まだ帰っていなくて。はい、これ・・持ってお行きなさい。」
レイチェルは手に持っていた大きな紙袋を手渡してきた。
「あの・・?これは・・?」
ヒルダは首をかしげて尋ねるとレイチェルは笑顔で言った。
「これはミートパイだよ。お姉さんと夕食にでも食べておくれ?」
「まあ・・ミートパイですか?私の姉も大好きなんです。ありがとうございます。レイチェルさん。」
それを見ていたアレンが言った。
「レイチェルさん。私の分もあるかな?」
「ええ、勿論ございますよ。先生もミートパイお好きですものね?」
レイチェルは笑顔で言う。
「ああ。そうだね。貴女のミートパイは絶品だ。」
すると今度は受付のリンダが姿を見せた。
「ヒルダちゃん。良かった。まだいてくれて。」
そしてリンダも紙袋を手に持っている。
「はい、ヒルダちゃん。これ受け取って。全粒粉のレーズン入りパンよ。お姉さんと食べて頂戴。」
「え・・?いいんですか?この間もパンを頂いたのに・・。」
ヒルダは目を丸くした。
「ええ、いいのよ。だってほら、うちの夫はパン職人なんだから気にしないで。」
リンダの言葉にヒルダはお礼を述べた。
「ありがとうございます。今度姉と一緒にお店に行きますね。」
ヒルダはしっかり紙袋を抱えるとお礼を述べた。そして3人を見るとヒルダは再び頭を下げた。
「お先に失礼します。」
診療所を出たヒルダのカバンの中には先程貰ったミートパイとパンが入っている。
「レイチェルさんとリンダさんのお陰でお夕食作るのが楽になったわ。」
ヒルダは独り言のようにつぶやくと、マルシェへ向かった。メインの食事を貰ったので、後は野菜を買って帰ろうと思ったヒルダは青果を売っている店に向った。
「まあ・・・おいしそうなトマト。」
青果売り場には色とりどりの野菜やくだものが売られていた。『ロータス』は海のある都市でもあったが、郊外では野菜の栽培が盛んな都市でもあった。特に有名なのはトマトである。
「ここのトマトは本当においしいのよね・・・。」
ヒルダはトマトとジャガイモ、それにレタスにパプリカを買った。
「お嬢ちゃん、荷物重くなるけど大丈夫かい?」
青果店の年老いた店主が心配そうに尋ねてくる。
「はい、何とか持てそうです。」
ヒルダはすっかり重くなった布カバンを肩から下げながら言う。
「そうかい・・・気を付けて持って帰るんだよ?」
「はい、ありがとうございます。」
そしてヒルダはマーケットを後にした。
「ふう・・・・やっぱり買いすぎちゃったみたい・・。重いわ・・・。」
ヒルダは足を引きずりながら家路へ向かっていると、背後からヒルダを大声で呼ぶ声が聞こえてきた。
「ヒルダーッ!!」
「え?」
その声に振り向くと、なんとフランシスがこちらへ向かって駆け寄って来ている。
ヒルダは立ち止まって待っていると、フランシスは息を切らせながらヒルダの元へとやってきた。
「ふう~・・・・良かった。ヒルダに偶然会えて・・・。」
「どうしたの?フランシス。」
「い、いや・・実はさ。俺も今夏休みで家のレストランの手伝いしてるの・・知ってるだろう?」
「ええ、そうね。」
「そ、それでさ。これ・・・店であまった料理なんだ。ヒルダ・・・良かったら食べてくれよ。・・て荷物一杯だな。よし、ヒルダ。荷物持つよ。」
フランシスはヒルダが何か言う前にサッとヒルダからカバンを奪うように取った。
「あ・・・。」
「それじゃ、行こうぜ。ヒルダ。」
フランシスは笑みを浮かべた。
「ありがとう、フランシス。」
ヒルダはフランシスを見上げて礼を言う。
「なあ・・ヒルダ。」
2人でアパートメントへ向かって歩く道すがら、フランシスは声を掛けてきた。
「何?」
「あ、あのさ・・・7月になったら・・皆でまた島へ行かないか?今度はヒルダも泊りがけで・・・。」
「旅行・・・。」
ヒルダは呟く。
(そうね・・・。カミラは私の夏休みの過ごし方を心配していたわ。カミラの為にも少しは夏季休暇を楽しんだ方がいいかも・・・。)
「そうね・・考えておくわ。」
ヒルダは潮風に長い髪をたなびかせながらフランシスに返事をするのだった—。




