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第5章 3 ヒルダの夏休み ①

 季節は流れ、6月に入った。ヒルダたちは今長い夏休み期間の真っ最中である。


「ヒルダ様、それでは仕事に行ってまいりますね?」


「ええ、行ってらっしゃい。カミラ。」


ヒルダは玄関前まで見送りに出てカミラに手を振る。


「そういえば、ヒルダ様。本日は・・。」


「ええ。今日はアレン先生の診療所でお手伝いなの。」


「そういえばそうでしたね。お時間は何時からでしたか?」


「午前10時から午後4時までよ。だからお夕食は私が作るからカミラは気にしないでね。」


「すみません、ヒルダ様。ヒルダ様は勉強もしなくてはならない立場の方なのにアルバイトの上、家の事まで・・・。」


カミラは頭を下げた。するとヒルダは言う。


「いいのよ、カミラ。アルバイトだって週に3回しかないし、手が空けば勉強だって出来るもの。それに昼休みはアレン先生、勉強も教えてくれるのよ?お金も頂けて勉強も見てもらえるのだから。アレン先生がアルバイトを探していた私を自分の診療所で働かせてくれるなんて・・。私は本当に幸せ者だわ。」


ヒルダは言うが、カミラはヒルダが気の毒で仕方がなかった。ヒルダの通う学校は名門高である。この学校に通う生徒は貴族か、爵位は無いが、裕福な家庭で暮らす子供達ばかりである。ヒルダも年間金貨50枚も貰っているので決して貧しいわけでは無い。しかしハリスから高校を卒業した後は援助を打ち切られてしまうのである。なので2人は質素な生活を送っていた。カミラは外で働き、ヒルダは夏休みの間は開業医アレンの元へ週に3回アルバイトに通っているのである。きっかけはヒルダが足の診察でアレンの元を訪れたとき、夏休みのアルバイトを探している話をしたところ、その場でアレンが提案してくれたのであった。


(本当なら他の皆さんは別荘へ遊びに行ったり、里帰りしたり、家族と旅行等をして楽しく過ごされているのに・・ヒルダ様は故郷へ帰る事も許されず、アルバイトと勉強、そして家事まで・・・。)


思わず俯くカミラにヒルダは声を掛けた。


「どうしたの?カミラ?お仕事に行かなくていいの?」


「あ、は、はい。行ってきます。ヒルダ様。」


「行ってらっしゃい、カミラ。」


そして玄関がバタンと閉じられると、ヒルダは動き出した。これから洗濯に食器の片づけが待っている。アレンの診療所までは歩いて20分ほどの距離にある。家を出るまでには残り1時間半だ。


「いそがなくちゃ・・・。」


ヒルダは呟くと、洗濯場へと向かった―。



午前9時20分。


水色のワンピースに着替えたヒルダは戸締りをして、帽子を被ると大通りへと出た。

6月の『ロータス』は海から吹く風で潮の香りに満ちている。空を仰ぎ見れば雲一つない青空が見える。


「綺麗な空・・。」


ヒルダはポツリと言うと、人々や馬車が行き交う賑やかなメインストリートを通り、アレンの診療所を目指した。




「おはようございます。アレン先生。」


診察時間10分前に診療所に到着したヒルダはドアを開けて中へと入ってきた。


「ああ、おはよう。ヒルダ。」


そこへ白衣を着たアレンが現れた。


「どうだ?足の具合は?」


アレンは長いハイソックスの下に隠されたヒルダの足をチラリとみる。


「はい、ここ最近雨も降らないので足の具合は大丈夫です。」


「そうか。昼休みにリハビリをしよう。それじゃ今日もよろしく頼むよ。」


「はい、分かりました。」


そしてヒルダは真っ白いエプロンを付けると仕事にとりかかった。



 ここでのヒルダの仕事は、包帯を洗って煮沸消毒をしたり、ガーゼの布を均一の大きさに切ったり、処方された軟膏を瓶に入れたり・・と様々な雑用をこなしていた。時にはアレンのお昼ご飯を買いに行くこともある。

ヒルダはここで働くのが好きだった。アレン以外は皆ヒルダの両親ぐらいの年代の人達ばかりだったが、皆ヒルダを可愛がってくれたからだ。親に捨てられたヒルダにとっては皆が自分に向けてくれる愛情がとても嬉しく、皆の役に立てるように一生懸命ヒルダは働いていた。


そしてそんなヒルダを優し気に見守るアレン。実はアレンにはある考えがあったのだ。高校卒業後は、ヒルダを自分の診療所で雇って上げられたらと・・・。

その為にヒルダをアルバイトに誘ってみたが、意外なほどにヒルダは楽し気に働いていた。


(高校を卒業する前に、正式にヒルダにここで働かないか、誘ってみよう・・。)


アレンはヒルダを見つめながら思うのだった―。







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