表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

アレロパシー


 一週間後。

 雲ひとつない晴れ空。照りつける陽射しが少し熱い。

 桜ヶ丘公園に艶やかな香りが舞う。

 桜ヶ丘中の隣。

 桜ヶ丘公園には植物園がある。

 公園の敷地内に併設された植物園には、フラワーガーデンや薬草園、庭園の展示場などが設置されている。

「植物園の手入れは桜ヶ丘女学園の生徒も手伝っているんです。植物係っていうのがクラスに二人いて、休み時間とか放課後に雑草駆除や清掃、成長具合の観察などを行います」

 百合ちゃんは饒舌に言った。

「へー」

「私もその植物係なので公園のことは詳しいですよ

 日曜日。

 百合ちゃんと桜ヶ丘公園に来た。

 百合ちゃんが誘った。 

 最初にフラワーガーデンへ行った。

「バラ園が見頃なのでみんなに見て欲しいなぁって思って」

 赤や黄色、多士済々なバラの花が咲いている。

 空中のバラのアーチ。

 絵本のような素敵な世界。

「伸びすぎた葉っぱとかは私が切ってるんですよ。もちろん……、庭師さんの指示に沿ってですけどね」

「何か、楽しそうだね。青春っぽいじゃんか」

 何だか、羨ましく見えた。

 不登校の私には手の届かない話しだから。

「ねえ、二人で写真撮りませんか。バラのアーチの前で」

「やだよ」

 私は写真が嫌いだ。

 百合ちゃんは残念そうな顔。

 しばらくバラを観賞した。

 その後、他の場所を見学した。 

「この丸っこい花はアリウムです。そっちのびらびらした花はハナショウブ。ちょうど今が見頃ですね」

「百合ちゃん詳しいね」

「いえいえ……これくらい知ってますよぉ。仮にも植物係ですからね。仕事ですもん」

「私なんてあじさいくらいしかわかんない」

 花には興味がない。

 クラブのシンボルマークにあじさいを選んだのは映画の影響。

 その物語は人間嫌いの主人公が、あじさいの毒素を過剰に取り込んでしまい異能を手にするところから始まる。

 毒人間と呼ばれた主人公は、触れただけで生命を枯らす力を使って嫌いだった人間を殺しまくった。

 警察や他の特殊能力持ちのキャラクターが主人公を止めようとするけれど、その強さは最強。誰も止められない。

 だけどそんな主人公にも愛する人が出来た。

 でも毒人間の側には誰も近寄れない。

 愛している。

 でも触れられない。

 愛に葛藤する様が描かれる。

 そうこうするうち事故で愛する人を殺してしまった。

 一人残された主人公は世界を逆恨みし復讐を誓う。

 そんな映画。

 私には愛や恋はよくわからないから物足りない映画だった。

 でもいい映画だと思った。

 よくわからないけど感じる物があった。

 あじさいに毒素があることはその映画で知った。

 映画のタイトルは”エンジェルトランペット”。

「あじさいも向こうにありますよ」

 百合ちゃんと園内を歩いた。

 人工池。

 浅瀬に亀が泳いでいる。

 睡蓮の花。

 その向こうにあじさい。

 紫やピンク。

「えへへ。ねえ、知ってる?。あじさいの花言葉は色によって違うんだよ」

「そうなんですか。花言葉は全然詳しくないので」

「白が寛容。青が辛抱強い愛情、ピンクは元気な女の子って意味なんだよ」

 映画で知った知識だ。

 家にいる時間が多いとテレビや映画から雑学に詳しくなる。

 さらに歩いた

 あじさいを通り過ぎた。

 フラワーガーデンの中央。

 百合ちゃんが言った。

「このキラキラした花はマリーゴールドですよ」

 黄色やオレンジ色が鮮やか。

 強い日光に反射する。

 目映くて目がくらむ。

「綺麗ですよね。マリーゴールドは一年草でいつでも見ることができます。西洋では聖母マリアの象徴にも使われ、とてもポピュラーなお花です」

 案内係百合ちゃん。

 百合ちゃんと居ると花に詳しくなる。

「私好きなんですよねー。マリーゴールド。一番好きかも知れないです」

 綺麗な花。

 神々しい。

「マリーゴールドはそれだけじゃなくて花から出る成分に害虫除去効果があるので、農作物の側に植えておくだけで農薬の代わりをしてくれるんですね。これをアレロパシー効果といいます」

「アレロパシー効果?」

「はい。相互作用、とも言われますね。例えばバジルとトマトの関係。バジルとトマトを一緒に育てると、バジルがトマトの余計な水分を吸ってくれてトマトが甘くなるんです。キク科のカモミールという植物は、甘い匂いを出します。農作物とセットで育てると、甘い匂いにつられてカモミールの方へ害虫が寄ってくるので、農作物を守ることが出来ます。そういう風に、組み合わせると相互作用で一+一が三になるような植物の関係のことをアレロパシー効果っていうんですよ」

 百合ちゃんは植物のことを話すと饒舌になる。

 私は植物には興味がない。

 だけど気になった。

「色んな世界があるんだね」

「そうですね。どの組み合わせが一番育ちが良くなるか長い間たくさんの人が研究してきたんですね。ちなみに、アレロパシーっていう言葉は、役に立つって意味らしいですよ」

 フラワーガーデンを出て薬草園へ行った。

 鼻にツンとくる香り。

 長時間居ると調子が悪くなりそうな場所だ。

「ここには薬草になる植物がたくさん植えられています」

 小さな畑に草が植えられている。

 花が咲いていない植物が多い。ナツメ。ショウガ。ニラ。等、聞いたことのある名前もあるがフラワーガーデンと違って地味な風景。

「あー、これは知ってる。ヨモギ! 傷薬になるんだよね」

「そうそう! よく知ってますね」

「映画で見た!」

 不登校の私の情報源はテレビと映画。

それにインターネットだ。

「あ、ここはハーブのエリアです」

「うわぁ。この匂い嫌い」

 ハーブの独特の香り。

 私は薬草が苦手みたいだ。

「ハーブもアレロパシー効果が有名ですよね。特にこのローズマリーなんかはテレビとかでもよく取り上げられますね」

 隅っこに植えられたハーブ。

 花は咲いておらず葉っぱは緑でキザキザとしている。

 不老川の河川敷に植えられていても、雑草との違いがわからないような見た目。

「ローズマリーには強い毒性があるんです。根から出るその成分のおかげで、ローズマリーが植えてある所には雑草が育たなくなるんですけど、代わりに、他の植物も芽吹かなくなってしまうのです」

 ローズマリーの周囲には何もない。

 ハーブ園の一番、端。

 陽が当たらず暗い。

「なので育てる時は、他の植物とは少し、離して育てるのがいいっていわれてますね」

「なんか、学校みたいだね」

「学校、ですか」

「そうじゃんか。みんなと上手くやれる子は楽しくやれるけど、そうじゃない子は省かれて隅っこに追いやられる」

 私みたいだって思ったんだ。

 嫌われ者のローズマリーは周囲の花を枯らしてしまうからみんなと一緒に居ることは出来ない。

 悪気はなくともみんなのことを傷つけてしまうから誰の側にも居ることが出来ない。

「教室ってそうじゃんか。色んな個性がひしめき合ってる。太陽みたいな子に照らされて、みんなが元気になることもあるだろうし、空気を読めない私みたいなのが居て、雰囲気が悪くなることもあると思う。たった一人の存在で、教室の空気って変わるじゃんか」

 私はローズマリーと同じだ。

 みんなに嫌われているからいつだってひとりぼっちだ。

 だけどアレロパシー効果に則って、私を除外することで教室のみんながすくすくと成長できるのなら、それは仕方がないことなのかもしれない。

「ゆゆちゃん、もういいんじゃないですか」

 百合ちゃんが突然に、話を変えた。

「もう、学校のこととか忘れましょう。嫌なことなんかいつまでも覚えていたってしょうがないですよ。そんなことより今のことを考えましょうよ」

 百合ちゃんの気持ちはわかる。

 私のことを大切に思ってくれていることもわかる。

 だけど私の心のためには逃げてばかりいてもダメなのだ。

「考えてるよ。私はいつだって戦ってるんだ。でも今を楽しく生きるためには、過去を乗りこえないといけないじゃんか」

「逃げたっていいじゃないですか。私はここに居ますよ。メルくんだって。私たちじゃダメなんですか」

 真摯な顔。

 視線をそらさない。

 人に見つめられるのは嫌い。

 私は人の目をあんまり見られない。何か恐いし、すぐに下を向いてしまう。

 私はコミュ症。

 すぐにどもっちゃうし言葉も途切れ途切れ。

 だけど百合ちゃんたちとは最近は普通に話せる。

 二人は仲間。

 でも二人に甘えていたら私はいつまでも変われない気がする。

「ダメじゃないよ。でも、私は変わりたいんだ。虐められるだけで、何も反撃できない私をやめたいんだ。だからクラブを作った。そして超能力を得て、変わる気がした。でも桜ヶ丘中に行って、やっぱり何も変わってないことに気が付いた。私は私のことが嫌いなんだ。変わりたいんだ」

 王川中で車が暴走し体育倉庫が爆発したことは地元テレビのニュースになった。ネットでもいくつかのサイトで報道された。

 狭い世界。

 百合ちゃんが王川中の事件を知らないほうがおかしい。

多分、知ってる

 でも何も言わない。

 怒ってる?

 怒られる?

 何で何も言わないのか、私にはわからない。

 だけど私は間違ってない。

 過去と戦って、過去に勝つことで、弱い私を変えられる気がする。

「だからごめん。ごめんね。百合ちゃん。私弱くて」

「何で謝るんですか?」

「え? いや……、えっと、何か心配してくれてるからって思って」

「そうですね。ゆゆちゃんは冷たいです」

「えー?」

「だから今日からゆゆちゃんのあだ名はローズマリーです」

 百合ちゃんはそう言って私の肩を小突いた。

 百合ちゃんの言いたいことはわかっていた。

 だけど私にはそれを受けいれる強さがなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ